フランツ殿下~可愛い……~
ダイアンのような装いのダイアナが、なぜここにいるのか。
さらに確認すると、ロイヤルボックス席のチケットを持つ、ロザリー男爵令嬢がいることが判明した。
なるほど。
ダイアン、君は……。
心優しい双子の妹を得て、心を入れ替えたと思ったのに。
そうではなかったのか。
すぐに推理できた。
ダイアンは今日のオペラのチケットを、ロザリー男爵令嬢に譲った。
ダイアナは……ダイアンが観劇をすっぽかしたことには気が付いた。
だがチケットを持って、ロザリー男爵令嬢が現れることは……予想していなかったのか。
逃げた姉の代わりに、ダイアンに化け、ダイアナはここに来た。
でも正しいチケットを持つロザリー男爵令嬢に、場を譲ることにしたというわけだ。
心優しいダイアナらしい決断。
そしてロザリー男爵令嬢にここいるとバレたくないから、ジョシュの背中に隠れている。
状況は理解できた。
これは……好都合だ。
ロザリー男爵令嬢と観劇しても、何も面白くない。
ダイアナは詩の朗読でも、素晴らしい感性を見せてくれた。
彼女と観劇した方が、数百倍楽しめる。
ジョシュには申し訳ないが、ロザリー男爵令嬢の相手をしてもらおう。
プレミアム・ロイヤル・キングの半券をジョシュに渡し、代わりに得たのは5番のボックス席。
悪くない。
5番のボックス席は、劇場の会員が年間契約で与えられる席だ。
劇場の会員貴族であれば、かなりの上流貴族。
彼らが座る席があるエリアは、元々防犯も配慮されている。
そこであれば、護衛騎士だけでも警備はできるだろう。
「ではダイアン嬢、行きましょうか」
わたしに声をかけられたダイアナは、もう観念したという顔になっている。
ダイアンに化けているのに。
ダイアンなら絶対にしない表情をするダイアナを見るのは……。
なんだかあの煮ても焼いても食えぬダイアンを、ぎゃふんと言わせたような気持ちになる。
「ダイアン嬢。5番ボックス席での観劇で、文句はないのですよね? だってあなたが持っているチケットは、そのボックス席のものでしょう」
思わずそんな嫌味を言い、「……はい。文句などありません」と答えるダイアナを見て、ほくそ笑んでしまったが……。
わたしは別にダイアナをいじめたいわけではないのだから。
5番ボックス席に着席すると、プログラムをダイアナに見せた。
案の定、ダイアナの瞳が好奇心で輝く。
わたしがいろいろ演目について説明すると、ダイアナはキラキラした目でこちらを見て、熱心に話を聞いている。
ダイアンのような見た目なのに。
全くの別人に思える。
ダイアンに対し、美しいと思ってしまったことは、何度もあった。それは芸術作品を見て、素晴らしいと思う気持ちに近い。恋愛の要素はない。その一方で、ダイアンを可愛らしいと思ったことは、一度もない。
だがダイアナは……素直で、とても……可愛らしい。
場内が暗くなった。
いよいよオペラが始まる。
チラリと横を見ると、ダイアナの目は真剣で、そして舞台に視線が注がれていた。
その姿を見ると、二つの想いに駆られる。
さっきまで。
わたしの説明を熱心に聞き、その美しい桜色の瞳はわたしに向けられていた。それなのに今、その瞳はわたしではなく、舞台に向けられている……。
オペラを観劇するのだ。
舞台を見て、当然だった。
それなのに……。
わたしを見て欲しい――という気持ちになっていた。
さらに。
それはもう単純に。
ダイアナがあまりにも可愛らしく、触れたいと思っていた。
だからそっと手を伸ばし、彼女の手を握りしめる。
その時のダイアナの初々しい反応。
声を出すまいとする姿。
手を引っ込めようとするも、それを止めたのは……。
わたしは既に、彼女がダイアンではないと気づいている。
でもダイアナは、わたしを騙せていると思っていた。
ダイアンとわたしの距離感が、ダイアナは分からない。
手を握っても当然の仲であるならば、このままにしないと、正体がバレる……そう思ってくれたようだ。
これまた私には好都合だった。
正直、ダイアンの肌に触れるのは、エスコートとダンスの時のみ。
だから女性の手をこんなにじっくり握りしめるのは……初めてのことだった。
まるでシルクのような触り心地で、なめらかで柔らかく温かい。
何よりも小さく、わたしの手にすっぽり収まる。
とても愛しく思え、我慢できなくなった。
その手を持ち上げ、思わずその甲に何度も口づけしてしまう。
唇で感じるダイアナの素肌もまた、実に甘美だった。
ずっと触れていたいと思ってしまう。
オペラの観劇中なのだ。
さすがに手の甲への口づけは自粛しようと思うのだが……。
無理だった。
手を握っているとあの触れ心地を唇が思い出し、欲してしまう。
まるで発作のように止められなくなり、何度もダイアナの甲に口づけをしてしまった。
手の甲への口づけを受けるダイアナは、どんな気持ちなのだろう?
少しでもわたしを異性と意識し、胸を高鳴らせてくれているのだろうか?