カッコイイ兄
「聞いたよ。驚いた。でもビックリするよね? 目覚めて起きたら隣に自分とそっくりの顔の人間が寝ている。普通ならそこで悲鳴をあげて、ベッドから逃げ出しそうだけど……。そうか。妹は……ダイアンは君をベッドから突き落としたと。それは……災難だったね。でも、怪我はないのだろう?」
「はい。それは幸いなことに」
「なら良かった。ではお姫様、機嫌を直して」
そう言って微笑むと、ヒロインの攻略対象の一人であり、ダイアンの兄であるジョシュ・エドワード・ローズが、私の手を取った。そして手の平に乗せてくれたのは、玉虫色の美しい包みにくるまれたお菓子。開けると中には、金粉が飾られた立派な一粒のトリュフチョコレートが出てきた。
「はい、どうぞ」
ジョシュはその細い指でトリュフをつまみ、私の口へと運んでくれる。私はパクリとそれを頬張る。
美味しい……!
私は今、宮殿で開催される舞踏会へ馬車で向かっていた。同乗者は兄であるジョシュ。彼は日中、議会に顔を出しており、帰宅してから私を紹介された。さらに私のエスコート役を両親からまかされ、一緒に馬車に乗っているというわけだ。
この世界で新たな名前を正式に得た私は、両親に連れられ、まず宮殿へ向かった。そこで出生などの登録を行うのだが……。役場みたいなその場所で、そんな簡単に登録が進むのかと思ったけれど。あっという間にそれは済んだ。
どうもこの世界では、隠し子や実は子供が発見された……なんてことは日常茶飯事のようだった。基本的に一夫一妻制で、離婚や不倫が認められないこの世界では、隠れて情事を楽しみ、うっかり子供を作ってしまいました……ということは結構あるようなのだ。
元いた世界だったら、突然、人間が現れたら、その手続きは相当大変だと思うから、これはラッキーだと思う。しかも前世ではアラサーだったのに。ここにきて18歳に若返りできるなんて! ダイアンと双子だから、当然の結果なのだけど。ちなみに兄は20歳で、アーロン先生は23歳。ダイアンの婚約者であるフランツ殿下は19歳だ。
これで身分をがっつり得ることができた私が次にすべきことは……その存在を知ってもらうこと。折しもこの世界は舞踏会シーズンを迎えており、連日あちこちで舞踏会は開催されている。でもやはり行くなら宮殿で開催される舞踏会。
規模は大きく、出席する貴族の数も多く、かつ貴族でも序列が上位の者達が参加するからだ。
善は急げということで、私は兄のジョシュに伴われ、その舞踏会へ参加することになり、昼間より光沢があり、胸や肩の露出が多い、イブニングドレスに着替えることになった。
ロイヤルパープルのそのドレスを着ると……。
あっ、これ知っている、となる。
悪役令嬢ダイアンといえば、赤・紫・黒などのドレスを着ていることが多く、このドレスもそう言った意味で見たことがあるものだった。とりあえず私のためのドレスや宝飾品はちゃんと準備をするが、基本、オーダーメイドで作るから時間がかかる。よってしばらくダイアンの手持ちのドレスを着せてもらうことになったわけだ。
メイド達は放っておくと、私のメイクと髪型も、ダイアンそっくりに仕上げてしまいそうになる。それは困ると私は待ったをかけた。
ダイアンは舞踏会では必ず髪をアップにしている。だから私はハーフアップにしてもらった。ドレスが派手なので、お化粧もある程度濃いめにしないと釣り合わない。それでもアイシャドウやチーク、口紅の色を抑え目にしてもらった結果……。
うん。
おしとやかになりたいダイアン――みたいな完成形になった。
私を見たダイアンは「なんだかあなた、地味ですわね」と評したが「こうすることでダイアンお姉様が引き立ちますし、双子ですが、区別もつきます」と答えると……。ダイアンは「気が利くじゃない」とご機嫌になり、アーロン先生にエスコートされ、舞踏会へと向かった。
宮殿の舞踏会には当然、ダイアンの婚約者であるフランツ殿下がいる。よってダイアンはエスコートをつれず、舞踏会へ向かっていいハズなのだが……どうやら会場につくまでは、アーロン先生にエスコートを頼むようだ。
一方の私は、この舞踏会がお披露目の場であり、社交界デビューも兼ねている。元いた世界で舞踏会なんて行ったことがないのに、大丈夫なのかと心配になるが……。さすがはダイアンのドッペルゲンガー。従者に頼んでダンスができるか試すと、ちゃんと踊れる! 自然と体が動いてくれたのだ。
ダイアンができることは、私もできる。かつ彼女が学んだことは、すべて頭に入っているようなのだ。つまりダンスだけではなく、マナーや礼儀作法は勿論、王太子妃教育についても、バッチリ覚えていた。
これがただの転生だったら、こうはならないだろう。
素晴らしいわ、ドッペルゲンガー!と感動してしまう。
そうしていると、兄であるジョシュがきて、馬車へとエスコートしてくれた。
このダイアンの兄であるジョシュは、ヒロインの王道攻略ルートのフランツ殿下と双璧をなす人気者で、実にカッコいい!
兄の髪色は父親似のミルキーブロンドで、瞳はダイアンと同じ桜色なのだけど、そこに紫が混ざっている。よって日中は濃い桜色、でも夜になるとほぼ紫がかった桜色に見え、それがなんとも美しい。
すべすべのミルク色の肌なのは、ダイアンと一緒。でもダイアンが柔らかそうな体をしているのに対し、ジョシュは引き締まった体をしている。
騎士ではないが、馬術と剣術はマスターしているので、イイ感じの細マッチョに仕上がっているのだ。学業においても主席で学校を卒業しており、現在は議会で議員をしている。
まさに文武両道!
しかも着ている深みのある葡萄色のテールコートが、実に大人っぽくて艶っぽい。
ゆえに兄であるジョシュは、普通にモテる! 兄がちやほやされている分には構わない。でも本気で兄に近づく令嬢がいて、その令嬢がダイアンからして「敵わない」と思う相手なければ……嫌がらせをするのである。
そう、忘れてはならない。ダイアンは悪役令嬢なのだ。
今日は公開初日だったので、3話公開してみました~!
明日も更新しますので、よろしくお願いいたします☆彡