フランツ殿下~わたしとダイアン~
王太子妃教育が始まる前までは、普通だったと思う。
お互いに政略結婚であることを理解し、割り切った関係で行こうと、暗黙の了解で分かり合うことができていた。
人前では婚約者同士、仲良くふるまう。
でも舞台を降りれば、つないでいた手をただ静かに離す。
決して水面下で足を蹴り合い、火花を散らすような関係ではなかったはずだ。
わたしとダイアンは。
ダイアンは変ってしまった――と、思う。
王太子教育だって辛いものだった。
当然だが、王太子妃教育も厳しい。
そこでダイアンは心が折れてしまったのだろうか?
今となっては本当に。
わざとわたしに嫌われようとしているとしか思えない言動ばかりする。
このままダイアンと結婚するのかと思うと、憂鬱でしかない。
そんな日々を送る中。
突然現れたダイアンの双子、ダイアナ。
彼女は見た目はダイアンそのもの。
でも性格は……多分、ダイアンの真逆だ。
いきなりわたしに謝罪したのだ。
オペラの観劇で我がままを言ったことを。
それどころか「公務もお忙しい中、お手を煩わすことになり、本当に申し訳ありませんでした」とまで言ったのだ。
しかも自分はダイアナなのに、ダイアンのフリをしてわたしに謝罪した。
本当に驚くことになった。
しかも「どうかダイアンお姉様をお願いします」と、わたしに頭を下げたその姿は……。
見た目はダイアンなのに。
私の心は大きく揺さぶられることになる。
そんなダイアナと再会したのは、文芸サロンが終わった直後。
ダイアンを追い、サロンに参加したかったのに。
時間を確認していなかったため、間に合わなかったと、しょんぼりしたダイアナは……。
申し訳ないが、とても可愛らしかった。
ダイアンが絶対にしない、愛らしい表情。
あの顔がこんな可愛らしい表情をできるなんて。
でもこの顔は、文学サロンに参加できず、悲しいから表出した表情なのだ。笑顔にしてあげたい。そう自然に思っていた。だからダイアナに声をかけ、詩の朗読を一緒にすることにしたのだ。
最初は、私とピエールで詩を朗読して聞かせていたが……。
ダイアナも朗読に挑戦すると、それは演劇を鑑賞しているようだった。
情感豊かで、ダイアナの声が紡ぐ景色が目に浮かび、感情を喚起される。
もっとダイアナと話したい……。
自然とそんな気持ちになってしまう。
さらにダイアナの影響で、ダイアンまでなんだか様子が変わった。
それは……わたしにとって嬉しいような、困ったような。
その後行われた舞踏会では、ダイアンとは喧々諤々とならず、最初から最後まで穏やかに過ごすことになった。離れた場所に見えるダイアナは、わたしとダイアンの様子を見て、とても嬉しそうな顔をしている。
それはどう見ても、姉と婚約者が仲良くしている様子を見て、嬉しくて仕方ないという表情だ。
姉想いの優しいダイアナ……。
ダイアナが笑顔でいるためには、わたしがダイアンと仲良くする必要があるのか。
そう理解してしまうと、なんとも言えない気持ちになる。
そうして迎えたオペラ観劇の日。
あれだけ劇場を貸し切りにしろと言っていたダイアンが折れた。ダイアナの助言を受けて。つまりダイアナは今日、わたしとダイアンがオペラを観劇することを楽しみにしているはずだ。
もしかすると、ダイアナも観劇に来ているかもしれない。
王族専用のロイヤルボックス席――「プレミアム・ロイヤル・キング」は、舞台上部にある。そこで王族が観劇していることは、観客は確認することができた。場内にいれば、確認できる。きっとダイアナも来ているはずだ。
ダイアナに会えるかもしれない……!
ダイアンとは座席で落ち合うことになっていた。よって早めに劇場に到着したわたしは、エントランス、ロビー、座席で、ダイアナの姿を探すことになる。
でも……見つからない。
わたしの後を追う護衛騎士も、何をしているのかと不思議そうな表情をしている。
仕方ない。
プログラムでも買い、席にでも戻ろう。
灯台下暗しとはまさにこのこと。
プレミアム・ロイヤル・キングにつながる通路で、ジョシュを見つけた。
ダイアンとダイアナの兄だ。
公爵家の嫡男であり、恵まれた容貌を持ち、わたしとは一歳違いで議員をやっている。家柄、容姿、頭脳。そのすべてが完璧でありながら、未だに婚約者がいない。ゆえに妙齢の令嬢を今一番ときめきかせている貴公子だ。
その彼が背に庇うようにしているのは……。
ダイアン……?
何をしているのだろう、あの二人は?
そう思い、声をかけたが……。ダイアンはわたしの方を振り向こうとしない。
怪訝に思いながらその名を呼び、振り返った顔を見た瞬間。
心臓が歓喜で震えた。
最初は見た目がそっくりだと思った。
だがダイアナは、ダイアンとの区別がつくよう、髪型、ドレス、化粧をダイアンとは真逆にするようになっていたが。
そんな必要などなかった。
わたしには分かる。
彼女のその慎ましやかな仕草。
誰かの一歩後ろに続く謙虚さ。
この世界を深く知ろうと、好奇心で輝く瞳を。
まるでダイアンのような髪型、ドレス、化粧をしている。
でも間違いない。
わたしの目の前にるのは、ダイアナだ――!