書類の手続き?
部屋に案内され、婚約破棄にまつわる何か書類にサインでもするのかと思った。
ところがフランツ殿下は「終わりましたら、迎えに参りますね」と言い残し、部屋を出て行ってしまう。通された部屋は暖炉、ソファセット、そして衝立があり……。
「失礼します!」
フランツ殿下と入れ替わりで、何人ものメイドが入ってきた。
「それではダイアナ様、お着替えをいたしましょう」
そう声をかけられた。
着替え……?
婚約破棄の手続きで着替えなんて……必要なのかしら?
もしやこれから役所……裁判所でも行くから、イブニングドレスから着替える必要がある……?
そんな風に考えているうちに、メイドの皆様はテキパキと今着ているドレスを脱がせ、新たなドレスを着せてくれた。アップにしていた髪をおろし、綺麗にブラッシングし、メイクもやり直して……。
「完成いたしました」
そう言われて姿見に映る自分を見て「どなた?」と思ってしまう。
なんだかんだ努力してダイアンではなく、ダイアナになろうとしていた。
それでもオーダーメイドのドレスは完成に時間がかかるため、ダイアンのドレスを着ることになった。そうするとどうしたってダイアンっぽくなり、メイクも少し濃く、髪型もそれにあわせ少し華やかになることが多かった。
でも今は……。
どうやってもダイアンになってしまっていた私が、ダイアナになれた瞬間に思えた。
まずドレスが……!
ダイアンが絶対に着ないようなデザインなのだ。
優しいミルキーブルーの生地に、アラベスク柄のレースが重ねられている。そのレースの小花や花に、繊細なグリッターが散りばめられていた。チュールで出来た大き目のパフスリーブは、お姫様気分を盛り上げてくれる。
胸元は鎖骨が綺麗に見えるカッティングで、用意されていたダイヤのネックレスがよく映える!
ネックレスとお揃いの花モチーフのイヤリングもとっても素敵。
おろした髪にはビジューを飾り、それは明かりを受け、キラキラと輝いてくれる。
まさに憧れのプリンセスのような姿に、感動してしまう。
なぜこんな風に着替えるのか、メイドの皆さんに尋ねても分からないということだったが、私はもう嬉しくてたまらない。
メイクもドレスに合わせた淡い色のアイシャドウに、桜色のチークにルージュと、“マドモアゼル”って感じだ。
ダイアンはメリハリボディをしているから、派手でグラマラスなドレスを着たくなる気持ちは分からないでもない。でも転生者の私としては、こんな可愛らしいドレスを着たかった。
「ダイアナ様、とてもよくお似合いですよ」
メイドの皆さんにも褒められ、ご機嫌になったところで扉がノックされ、フランツ殿下が顔をのぞかせた。
殿下は私を見ると、その瞳を大きく見開き、しばし無言になってしまう。
これはもしやあまりにもダイアンにもダイアナとも違う姿に、衝撃を受けてしまったのでは……?
なんだか申し訳なくなり「すみません。ダイアンお姉様とはかけ離れたドレスですよね」と謝罪してしまう。
すると。
「すみません! 言葉を失ってしまいました。あまりにもダイアナ嬢らしくて。ダイアン嬢が着るようなドレスを、ダイアナ嬢も着ていましたが……。正直、双子でそっくりなお二人であっても、何か違うと思っていたのです。……ダイアナ嬢の優しく健気な性格には、今着ているようなドレスがピッタリ。とてもお似合いです。感動しています」
沈黙を詫びたフランツ殿下が、思いがけず全力で肯定的な意見……つまりは褒めてくれているので、もう舞い上がりそうになる。
「わたしの見立てで用意したドレスだったのですが、気に入っていただけましたか?」
「殿下が選んでくださったのですか!?」
「ええ。最初にお会いした時から、あなたはダイアン嬢に見えないよう、工夫されているのに気づきました。でもオーダーメイドでドレスを作ると、完成にはどうしても時間がかかりますから。ダイアン嬢のドレスをかりて着ているのだろうと、分かりました」
実際その通りで。
ダイアンの手持ちのドレスから、私でも合いそうなものを見つけるのは、本当に大変だった。
「王族は公務で急遽衣装を仕立てることもあり、専属の針子が王宮内にいます。今回はそこで仕立てを依頼していたのです。それが奇しくも今日、間に合ってくれました」
これにはもう驚き、感動してしまう。
フランツ殿下はなんて親切で太っ腹なのかしら!
「ありがとうございます。私のためにわざわざ……。というか、今回このように着替えたのは、なぜでしょうか……? こうなるともう、私はダイアンお姉様に見えなくなってしまいましたが……」
「それで問題ございませんよ。そして着替えをしていただいた理由は、この後分かりますから。……参りましょうか」
殿下が私に手を差し出す。「は、はいっ」とエスコートしてもらい、部屋を出て、再び来た通路を戻っていく。
そして……舞踏会が行われているホールに到着した。