婚約破棄
涙が出そうになるが、それをこらえる。
そしてしっかりとフランツ殿下の碧い瞳を見た。
「……長年に渡り、あなたと過ごす中で、価値観の違いを感じていました。あなたは商才があり、貿易でその才覚を発揮されたいと言われていましたね。確かにあなたがその能力を発揮すれば、国益になるでしょう。あなたの夢の実現と国益のために。わたし達の婚約を解消させていただきます」
アローンとダイアンの関係が暴露され、そして婚約破棄だ!と言われることを想像していた。でも告げられた言葉は、全然違う。なんと円満な婚約解消だった。
殿下がとても丁寧で優しくそう告げると、国王陛下が後を引き取った。
「今回、ダイアン・リリアン・ローズと王太子は婚約を解消することになったが、この後、別の発表予定している。準備が整うまで、それはお持ちいただきたい。そこで最初のダンスをお願いしようと思う。ジョシュ・エドワード・ローズ、王女ミラこちらへ」
兄が名誉ある最初のダンスに王女と共に指名され、驚く私はそのままフランツ殿下にエスコートされ、ホールから廊下に出た。
兄が最初のダンスに、王女と共に指名された。それすなわち、王家は今回のローズ公爵家との婚約解消を、前向きにとらえている。それをこの舞踏会に参加している貴族達に、示すこともできていた。
「ダイアナ嬢、ありがとうございます。協力いただけたこと、心から感謝しています。無茶な役目を押し付けしてしまい、本当に申し訳ありません。でもおかげでダイアン嬢との婚約は、円満に破棄することができました。あともう少しだけ、お付き合いいただけますか」
そんな風に言われるとは思わず、驚きながらも、頷く。
するとそのまま殿下は私をエスコートし、歩き出す。
後ろに護衛の騎士が続いている。
「実は、ダイアン嬢から手紙が届いていたのです。わたしとは婚約を破棄したいと。ただ自分は公爵家の令嬢であるから、こちらから婚約破棄の申し出はできない。よって円満な婚約破棄ができるよう、この手紙にしたためた内容を発表するのでどうでしょうかと」
「え、ということは、先程発表された内容は、ダイアンお姉様が考えたことなのですか……?」
「そうです。実際、ダイアン嬢は海を渡り、これから貿易を行いたい国に、アーロン殿と向かったそうですよ」
フランツ殿下が、アローンのことも知っていることに、衝撃を受けてしまう。
「フ、フランツ殿下は、ダイアンお姉様とアーロン先生の件を、ご存知だったのですか……?」
「ダイアン嬢からの手紙で、知ることになりました。でも結果として、これまでのことがすべて腹落ちできましたよ。ダイアン嬢が、我がままとも言える態度を取り続けた理由も、分かりました。……ずっとわたしと婚約破棄したかったのだと」
ダイアンは、明確に王太子より好きな人がいると告げたのに、殿下が怒っている様子はない。これはなぜなのかしら……?
「わたしは……ダイアン嬢との婚約が政治的な理由であると理解していましたから、自分から婚約破棄することは考えていませんでした。でも今回、ダイアン嬢から婚約破棄の申し出を受けたことは、わたしにとっても好都合。ダイアン嬢の提案を飲むことにしました」
これはもう衝撃。
いや、でも、ゲーム上では悪役令嬢は婚約破棄されるのだから、この流れで正解なのだろう。そうなると……。
「フランツ殿下はやはり、ロザリー男爵令嬢がお好きなのですね」
「ロザリー男爵令嬢? どうして彼女の名前が? ……確かに一週間前、これまたダイアン嬢の手引きだと思いますが、オペラ観劇でロザリー男爵令嬢にお会いしましたが……。それ以降、彼女とは話していませんよ」
!?
これはどいうことなのかしら?
でもロザリーの気持ちは兄に向かっているようだし、フランツ殿下がロザリーに興味がなく、ロザリーも殿下に興味がないのであれば。これはこれでいいと思うのだけど……。
それにしても。
ダイアンが今回のことを計画したのなら。
自分で婚約破棄されてから海を渡ればいいのに!
ちょっとヒドイわ……と、思ってしまう。
「今回、ダイアナ嬢が婚約破棄されるダイアン嬢を演じることになったのは……申し訳なく思います。ただ、ダイアン嬢としては、賭けだったのだと思います」
「賭け……?」
「婚約破棄の申し出に、わたしが応じるかどうか。それはダイアン嬢にとっても、賭けだったわけです。もしわたしが『何を言っているのですか、ダイアン嬢』と激怒すれば、彼女は捕まり、アーロン殿とも離れ離れになってしまう。彼女自身もどうなったことか。よって婚約破棄の申し出を伝えつつ、もしもに備え、先へ国外へ出たのでしょう」
なるほど。
それだけハイリスクな行動をとったのね、ダイアンは。
そうでもしてまで、アーロン先生と結ばれたかったと。
「そのせいでダイアナ嬢、無関係なあなたが貴族達の面前で婚約破棄を受けることになったのは……心から申し訳なく思います」
「! そんな無関係ではないですから。それに円満な婚約解消でしたので、恥をかくこともなく、私としては何も問題なかったです」
「そう言っていただけると……。いえ、本当にダイアナ嬢はお優しいですね」
そこでフランツ殿下が立ち止まり、私は部屋へ案内された。