悲しむ暇はない
泣きそうな私だったが、父親が帰宅してからは、もう大変な事態になる。
いつ私は消えるのだろうと、悲しむ暇はなかった。
なぜなら。
父親はすぐに事態を王家に相談することになった。
もう怒り心頭の国王陛下により、不敬罪から始まり、爵位剥奪、国外追放など様々な厳罰をくだされてもおかしくない……と思ったのだが。
フランツ殿下は、一体どんな風に国王陛下を説得したのか?
とにかく厳罰を下されることにはならなかった。
ただ、ダイアンの行動は許されるものではない。しかも王族の顔に泥を塗るような行為。よって今回の婚約破棄は、王家からしたものと示すため、明日の舞踏会に、ダイアンを連れてくるように。貴族達の面前で婚約破棄を伝える――そう父親は王家から言われたのだ。
つまり……ダイアンそっくりの双子の妹である私に、ダイアンのフリをして舞踏会に参加させ、そこでフランツ殿下から婚約破棄を伝えるというのだ。
そんな見せしめのようなことをするなんて……と思うが、王家からしたら、ダイアンの行動は青天の霹靂だったはずだ。水面下ではいくら火花を散らそうと、対外的には上手くやっているように見えたフランツ殿下とダイアンなのだから。
それに。
この一週間。ほぼ毎日の時間を共に過ごし、その仲は深まっているとフランツ殿下は思っていたはずだ。それがここにきてのまさかの裏切り。許せるはずがない。むしろこの程度で済ませようとしていることに、感謝すべきではないか?
ただ、不安なのは私がいつ消えるかだ。
ダイアンの願いは叶った。ただ、ダイアンと私は離れた場所にいるから、すぐ消えないだけなのか、消えるまでに猶予があるのか。それは分からない。でも婚約破棄を伝えられているその場で、消えることになったら……。
それを兄に相談すると。
「まあ、そうなったらそこまでだ。ダイアナのせいではない。ただ兄が思うに、ダイアナが消えないのは、理由があるのだろう。例えばダイアンの悩みは、まだ完全に解決していない。もしくは……」
もしくはの後は考え込み、「どうだろうな。この兄でも分からない。ただ、ここ最近のダイアナの行動から思い当たることが一つだけある。それが正解なら、必ずしも我々は不幸にならないと思うぞ」と笑うばかり。
ともかく父親は私に土下座する勢いで、明日、舞踏会に行くように頼んだ。私は自分のせいでもあると思ったので「行きます」と即答した。
こうして翌日。
ダイアンが好んで着ていたシルクの光沢のある赤いドレス、派手な宝飾品、濃いメイク、アップにした髪。どこからどう見てもダイアンの姿になった私は、両親と兄と共に、舞踏会に向かうことになった。父と兄は黒のテールコートで、母親は光沢はあるが黒いドレス。
いつも明るい装いで舞踏会に顔を出す兄が、黒のテールコートを着ているだけで、その場の雰囲気が暗く感じられてしまう。
それでも馬車の中で兄は懸命に明るく振舞うが、母親は目を閉じ、微動だにしない。父親は兄の言葉に応じるが、表情は硬い。私は相槌を打つも、笑うことはできない。
会場に着くと、これから何があるか知らない令嬢が、いつも通りの気の強そうなダイアンを見て、すぐに視線を逸らす。
ここ最近のフランツ殿下を思い出すと、婚約破棄を告げる姿なんて想像できなかった。でも思い出す。ゲーム画面で彼が断罪の場でどう振舞っていたのか。それがこれから起こると思うと……。
いや、これは私の最後の舞台だと思おう。
どうせ消える身なのだ。
悪役令嬢のドッペルゲンガーとして、有終の美を飾ろう。
ホールに到着すると、驚いたことに、既に国王陛下とフランツ殿下が、天幕のはられた定位置に登場している。これには貴族達が皆、驚いていた。通常であれば、多くの貴族が揃ったタイミングで登場なのだから。
フランツ殿下は、真っ白なテールコートで、上衣とベストには金糸で草花模様が刺繍されている。タイはアンティークゴールドで、ブロンズ色の革ブーツと、この上なく洗練されていた。
こんなに早くから勢揃いしているなんて。
今回の婚約破棄を言い渡すことを、重要事項と捉えているのだろう。
「大丈夫だ、ダイアナ。最後までみんなで見届けるから」
私をエスコートしてくれた兄の言葉に、力強く頷く。
婚約破棄は、舞踏会の開催の挨拶と共に伝えられることになっている。その時までまだ15分程あった。この15分はとても長く感じた。
そして。
ホールに沢山の貴族が集まった。
いよいよだ。
心臓が早鐘を打っている。
「舞踏会の開会を前に、皆に報告が一つある。それは我が国の王太子であるフランツ・W・シモンズの婚約に関する事項である」
国王陛下がそう言った後に、「王太子はこちら。そしてダイアン・リリアン・ローズもこちらへ」と告げる。
両親と兄に見送られ、貴族達の間をぬって前に出た。
何事かとヒソヒソ声が聞こえる。
フランツ殿下と向き合う形になった。
こんな状況であるのに。
プラチナブロンドの髪はシャンデリアの光を受け、キラキラと輝いている。その碧い瞳といい、スラリとした長身と、やはり殿下は……素敵だった。
一週間前の今日。
オペラを観て、手を握られていたことが嘘のようだ。
「ダイアン・リリアン・ローズ。あなたに今日はお伝えすることがあります」
フランツ殿下がゆっくり口を開いた。