令嬢が暴動を起こしそう
ドッペルゲンガーの噂が立つ一方で。
毎日のように私が演じるダイアンは、フランツ殿下と会っている。間違いなく、殿下はダイアンをどんどん好きになっていると思う。ただ、変わらず手を握ったり、額へのキス、抱きしめるはあるが、それ以上はない。
それがいい兆しなのかどうかは分からなかった。
その間、ダイアンは何をしていたのか?
正直、不明だ。
私は連日、フランツ殿下に会うのに忙しく、そしてダイアンは詮索を嫌う。ただ毎日のようにどこかへ行き、忙しそうにしているのは事実。ただ銀行や役場など、なんだかお堅い場所に足を運んでいるようなのだが、その意図は不明。一度尋ねたが「秘密よ」としか答えてもらえない。
ではヒロインであるロザリーはどうしているのかと言うと……。
オペラ観劇以降、ロザリーは兄とお茶をし、演劇を観に行っている。それは兄から誘ったわけではなく、ロザリーから声がかかった結果だ。
あのオペラ観劇で、ロザリーは兄にたっぷり甘やかされた。そこですっかり味をしめてしまったようだ。兄とロザリーがそうやって会っていることに、ダイアンは気づいていない。というか、ダイアンは何かに夢中で、もはやロザリーのことなど眼中にない……。
もしも。
このままフランツ殿下のダイアンへの好感度が高まり、ロザリーは兄を好きになり、ダイアンがロザリーに何もしなければ……。
断罪は起きないのでは?
断罪が起きない=平和なローズ家。
実に好ましい状況だ。
唯一気になるのは……私がいつまでもダイアンを演じていいわけがない、ということだ。このままでは、私がダイアンとしてフランツ殿下と婚儀まで挙げることになりかねない。
「ところでダイアナ」
兄が手ずからで私のカップに紅茶を注いでくれながら、こちらを見た。
「巷でドッペルゲンガーが話題になっている。そこで私の知り合いのオカルトに詳しいというマダムからも話を聞いたのだが……。当人が心理的に何か追い詰められている時。その人物の魂の一部が体から抜け出てしまうことがあるそうだ。その抜け出た魂、それすなわちドッペルゲンガーだ。そのドッペルゲンガーは当人に代わり、その人物が苦手とすることや後回しにすることをやってのけると。つまりは身代わりとなり、行動すると」
この兄の話は、なんだかまさに自分のことだと思ってしまう。
ダイアンは、フランツ殿下と火花を散らし、好んで会うことはなかった。でも今、私はダイアンの代わりで連日、殿下に会っている。
「当人の悩みが解決された時。その魂の一部であるドッペルゲンガーは、当人の中に戻ると言われている」
「! もしかすると私は、ダイアンお姉様の体に戻る可能性があるのですか?」
兄はフィナンシェを口に運び、頷く。
アローン先生と話した時、ドッペルゲンガーは魂の可能性があると、先生も指摘していた。でもそれはダイアンの身に何かあれば、魂であるドッペルゲンガーは消えるという話しかしていない。
ダイアンの中に戻る……。
その可能性は初めて聞いた。
そうなったら私の自我って、どうなるのかしら?
消える。
まあ、そうなるだろう。
一人の人間の体、魂は一つのはずだ。
悪役令嬢のドッペルゲンガーなんかに転生しているから、私。
仕方ないと、理論的には思えた。
それでも……。
突然、口元にマカロンを運ばれ、反射的に口を開け、頬張ってしまう。そんな私を見て、兄は妹に対するものとしては、眩し過ぎる笑顔を向けた。
「私の可愛らしい姫君。そんな暗い顔をなさるな。ドッペルゲンガーが、この世界に残れる方法があるそうだ」
「そうなのですか! それはどんな方法ですか?」
「相思相愛の相手を見つけること――だそうだ。惹かれ合う魂があるのに、それを元の体に戻すのは難しい。そこで一つだった魂は、二つに正式に別れ、別々の道を歩むことになる」
なんと。
それは……簡単なような、難しいような。
今、ダイアンの身代わりをしている私に、相思相愛につながる相手を見つける時間などない。
いや、今すぐでもなくていいのかしら?
うん?
でもダイアンが直面している問題が解決したら、私はダイアンの中に戻る必要がある。そしてダイアンが悩んでいることって何?
「思うに。ダイアンが悩んでいるのは、フランツ殿下のことであろうな。ダイアンは殿下との結婚に前向きではないから。もし殿下との婚約が破棄されるようなことがあれば、ダイアナが消える可能性が浮上するが……」
そこで兄は、笑顔で紅茶を口に運ぶ。
「心配するな。いざとなれば兄がお前を心から愛そう」
「それはありが……いえ、お兄様、それは無理では!? 私とお兄様は兄妹ですよ!」
「それは表向きだろう、ダイアナ。お前はダイアンのドッペルゲンガーだが、中身は全くの別人。ダイアンとは別人格だ。だから大丈夫。兄はちゃんとダイアナのことを愛せるぞ」
そう言われてしまうと……確かにダイアンと私は別人。
いや、でも、この世界では兄妹なんですから、世間体が!
しかも双子の妹なんですから。
実は血のつながらない養女とかでは、誤魔化せない。
というか兄が私と婚約なんかしたら、この国の令嬢が暴動を起こしそうだ。
それに。
兄は今、ロザリーといい感じなのだ。
このまま上手く行ってくれれば、ヒロインとの対決をダイアンは避けられる。
あれ?
そうなると。
兄とロザリーが上手く行き、ダイアンがロザリーをいじめなければ、例えフランツ殿下とダイアンが上手く行かなくても、断罪はないのでは?
「お兄様、お気持ちは嬉しいのですが、それではローズ家が安泰とはなりません! 今、ロザリー男爵令嬢と上手くいっているのであれば。その仲を深めていただくことが、私の供養になりますから!」
「ダイアナ、供養って……。お前は消える気満々なのだな。例え兄がダメでも、他に想う相手を見つけ、恋愛すればよいのでは?」
「それは……その通りですね」