毎日のように……
「お兄様、なんてことをなさるのですか!」
「芝の上に倒れたフランソワ王子は、ピクリとも動かない。こめかみからは血がドクドクと流れている」
ピエールが淡々と状況を伝える。
「くそっ。悪いのはコイツだ。俺は知らん!」
エールの台詞はこれでお終いだ。兄は長い脚を組み、椅子にもたれる。一方の私は倒れた王子に声をかける。
「フランソワ、フランソワ!」
「しばらく動かなかったフランソワだが、ジュリーの必死の問いかけに、ようやく目を開ける」
「ジュリー……、そこに、そこにいるのかい?」
弱々しいフランツ殿下の声に、思わず胸が痛む。真に迫っており、思わず私の声も、緊迫したものになる。
「はい、フランソワ殿下、私はここに!」
「そうか。そこに……。でも、見えない。君の姿が……」
「フランツ殿下!」と思わず言いそうになり、慌てて言い直す。
「フランソワ!」と。
「なんだかとても寒く感じるよ。今はまだ、ヒマワリが咲き誇る季節のはずなのに」
「殿下! 気を確かにお持ちください! 今すぐ、医者を呼んできますから!」
「どこにも行かないで、ジュリー」
フランツ殿下がすがるような瞳を私に向けた。
もう心臓がきゅっと苦しくなる。
「殿下……」
「君と過ごした時間は永遠に忘れない。今度生まれ変わったら、必ず添い遂げよう」
「殿下ーっ!」
私が台詞を終えた瞬間。
一瞬の沈黙の後に拍手が起きる。
令嬢達はすすり泣き、文学者も「素晴らしい朗読をありがとうございます」と惜しみない拍手を送ってくれる。
ほっとするの同時に、フランツ殿下が私の頬に優しく触れ、ドキッとすると……。
「ダイアン嬢、とても素晴らしい朗読でした。あなたの声に導かれ、わたしの朗読の質も上がったように思えます」
殿下は微笑み、そして私は自分が涙をこぼしていたことに気づく。
うっかり感情移入し過ぎて、朗読をしながら、泣いてしまっていたようだ。
その涙をフランツ殿下は優しく拭ってくれたのだと、気が付くことになる。
「あのダイアン様が涙をこぼすなんて」「でもジュリーを演じていたダイアン様は、素敵でしたわ」そんな囁き声が聞こえてくる。
怖いと恐れられているダイアンの名声が、少しでも上がったのなら。ここに来た甲斐もある。
それにフランツ殿下はこの上なくご機嫌。
間違いない。
殿下の中でダイアンの好感度はアップした。
私は心から安堵していたのだが……。
「え、ダイアンのドッペルゲンガーがいると、噂になっているのですか!?」
それを兄が教えてくれたのは、文芸サロンに参加した週の日曜日のことだ。
この週、文芸サロンが終わる間際、フランツ殿下から翌日のティータイムでお茶に誘われた。勿論、断ることなどできず、ちゃんと参加した。ダイアンに頼んでも断られると分かったので、もう私がダイアンとして参加することにしたのだ。
ティータイムでは、文芸サロンで朗読した小説について話し、さらに殿下が持参した小説を二人で朗読した。その時間は……正直、とても楽しかった。ダイアンの代理でその場にいることを、忘れそうになっていた。
ティータイムが終わる間際、明日の舞踏会に加え、明後日。
街へ買い物に付き合って欲しいと頼まれた。
ピエールの誕生日の贈り物を買いたいと言うのだ。
これも断ることができず、付き合うことになったのだが……。
舞踏会はダイアンが参加すると分かっている。
つまり舞踏会については、フランツ殿下は本物のダイアンと過ごすことになるのだ。急に態度が冷たいことに、殿下は驚くことになるだろう……。
もうこうなったらその翌日、買い物を一緒にしながら、舞踏会では気分が優れなかったなどと誤魔化すしかないと思った。
ところが舞踏会の翌日。
街への買い物で待ち合わせしたが……。
フランツ殿下の様子はいつもと変わらない。
それどころか、彼は大喜びしてくれた。
というのも。兄がいることで、男性が欲しいものについて、私は意外と詳しかった。そこでピエールへの贈り物として、高級羽ペンとインクのセットを提案したのだが……。
フランソワ殿下は「なるほど。ピエールは勉強熱心であり、羽ペンもインクも、いくつあっても困るものではない。しかもこの羽ペンは実に美しい。……ダイアン嬢、あなたのギフト選びは実に素晴らしいです」と大満足してくれたのだ。
この買い物の後、夕食を共にし、屋敷へ送ってもらった。
すると明日、宮殿の庭園を散歩しないかと誘われ……。
つまりは文芸サロン以降、ほぼ毎日のように、私はダイアンになりすまし、フランツ殿下に会っていたわけだが……。
その間、当然だがダイアンは自身の好きなように行動していた。
その結果不可解な事態が起きる。
宮殿のそれぞれ別の場所で、同時にダイアンを見かけたという目撃情報。
宮殿と街中で、同時刻でダイアンを見たという噂。
宮殿の庭園と街中で、ほぼ同じ時間にダイアンに会ったという証言。
そこから皆、ダイアンのドッペルゲンガーがいるのでは?と、密やかに語り合っているというのだ。
アフタヌーンティーを、兄と二人で楽しみ始めたところでの、ダイアンのドッペルゲンガー話。おかげで私はスコーンを食べる手を、止めることになった。
「でもまあ、実際。ダイアナは、ダイアンのドッペルゲンガーなのだろう? あながち嘘ではないわけだ」
兄は実にあっけらかんとそう言いながら、クロテッドクリームをスコーンに塗っている。
それはその通りなのだけど……。
皆、「ダイアンがいる!」と思っても。
そこで双子と紹介された私である可能性を、思いつかないのかしら?
その疑問を兄に向けると……。
「みんなオカルト好きだからな。それにダイアンのインパクトの前では、ダイアナはどうしても霞んでしまう。これは悪い意味ではないぞ。いい意味でだ。ダイアンは悪目立ちするから」
それはまあ……そうだろう。











































