文芸サロン
完璧な兄のおかげで、ロザリーはあのオペラの日、不機嫌にならずに済んでいた。
それはそれでよかったわけだが……。
文芸サロン。
私はまたもダイアンに扮し、宮殿へ向かうことになった。
真っ赤なドレスに髪をおろし、濃い目のメイクをして。
当然、この姿で兄にエスコートされている。
すぐさまダイアン認定され、廊下ですれ違う令嬢は視線を伏せ、頭を下げた。
今日の兄はまた、秀麗な美しさを称えている。
薄紫の上衣とズボン。白シャツに濃い桜色のジャカード織物のベスト、濃い紫のタイ。
見るからに優雅な兄のことを見たいであろうに。
隣に私、ダイアンがいるから、令嬢達は我慢して見ない。
そんな様子に私は気まずいばかり。
「ダイアン嬢!」
文芸サロンが行われる部屋に入ると、フランツ殿下がその碧い瞳をこちらへと向ける。
殿下もまた爽やかな装いをしていた。
草花柄の刺繍されたシアン色の上衣とズボン。白シャツにあわさせられた濃紺のタイには、ダイヤモンドの飾りが光る。ベルベッドのスモークブルーのベストも、実に上品だ。
その殿下の隣には、眼鏡美形男子の宰相の息子ピエールがいる。チョコレート色のセットアップが、彼の知的なイメージを底上げしていた。
「……ジョシュ殿、君は文芸サロンの会員でしたか?」
フランツ殿下は、私の手をとりエスコートする兄に、鋭い一瞥を与えた。
「フランツ殿下、私は確かに文芸サロンの会員ではありません。ただ興味はありまして。今日はダイアンが文芸サロンに顔を出すというので、見学も兼ね、参加させてもらうことにしました」
「そうですか。それは勉強熱心なことで。議会がお忙しいと思ったのですが」
「まあ、確かにそうですが、見聞を広めたいと思いまして」
なぜだか少しピリピリした空気を醸し出しながら、殿下は私の手を兄の手から奪うようにすると「ダイアン嬢、お席へ案内します」と、眩しいばかりの笑顔を向けた。それだけで、なんだかあの馬車での時間を思い出してしまい、全身が熱くなってしまう。ドキドキした状態で、フランツ殿下に席へと案内してもらった。
着席すると、少し室内がザワザワしていると感じる。
それはきっと兄がいるからだと思うが……。
「ダイアン嬢、今日、朗読予定の小説です。前回配布されたものの写しを用意しました。一部しかないので、これはジョシュ殿に渡します。代わりにわたしの小説を一緒に見ましょう」
わざわざ写しを用意してくれているフランツ殿下に、心から感動してしまう。
その一方で……。
自身の小説を一緒に見ましょうと、殿下が体をこちらへ向けた。すると彼と体が触れることになり、心臓が盛大に反応してしまう。
しかもいざ、文芸サロンがスタートすると……。
「では今日はせっかくなので、見学に来られているジョシュ殿、フランツ殿下、その婚約者であるダイアン様に、朗読をお願いしましょうか。折しもその役柄は、身分違いの恋をする二人を引き裂こうとする兄、王子に恋をする平民の妹ですから」
サロンを主催する文学者の粋(?)な計らいに、参加者は喜んで拍手を送る。ちなみにナレーションに当たる地の文は、ピエールが担当だ。
早速朗読がスタートする。
「お忍びで街を訪れた王子フランソワと、恋に落ちた町娘のジュリー。町はずれの森でこっそり会う二人を発見したジュリーの兄、エールが声をかける」
ピエールが早速、朗読を始めた。
「ジュリー、どこにいるのかと思ったら、こんな森の中で! そこいるのはフランソワだな。あれだけ会うのは止めろと言ったのに……」
いつもの優しい雰囲気とは一転。兄はとても怖い声で台詞を読み上げた。
「エール殿、ジュリーに対して怒鳴るのは止めていただきたい」
フランツ殿下もまた、いつもより凛として力強い声で、フランソワ王子の台詞を口にしている。
「フランソワ、貴様、偉そうに。ここは森だ。身分もへったくれもない。ジュリーから離れろ」
「エール殿、そのようにジュリーの手を引っ張るのはお止めください」
「何? 俺の妹だ。俺が何をしようと、口だしされる覚えはない!」
殿下も兄も真に迫り、皆、固唾を呑んで見守っている。
「お兄様、フランソワ殿下、どうか、喧嘩はお止めください!」
私も懸命に二人の喧嘩を止めるつもりで台詞を朗読する。
暫くは喧嘩を止めるための会話が続くが、フランソワ王子と兄のエールは殴り合いの喧嘩へと発展しまう。そして形勢不利と感じたエールは、なんと石を手に、王子を殴ってしまうのだ。