正論過ぎて、反撃不可能
ダイアンがすっぽかしたオペラの観劇。
その一度だけ、ダイアンの身代わりになるつもりだった。
それなのに。
ようやく役目が終わったと思った別れの間際。
フランツ殿下は、文芸サロンに顔をだすことを、私に……ダイアンに求めた。
ここで「嫌ですわ。文芸サロンより音楽サロンに行きますから」とはねつけるのが、ダイアンなのでは?とも思った。
でも……。
レストランを出て、馬車に乗り、屋敷につくまでの間。
殿下は私を……ダイアンの手を握り、額にキスをした後。
ずっと屋敷に着くまで、抱きしめ続けたのだ。
抱きしめるだけで、それ以上はない。
しかもその抱きしめ方はとても優しいもので、兄がしたような「それが男というもの」という、やらしさはなかった。
その胸の中で感じたフランツ殿下の鼓動は……。
私と同じぐらいドキドキしていて。
純粋なダイアンへの愛情を感じられた。
本当は好きなのに。
人前では火花を散らしている。
でも二人きりだったら。
しかもこちらが素直になれば、殿下はとても優しくしてくれる……と分かった。
間違いなく、フランツ殿下とダイアンは、この馬車の中で抱き合う時間を通じ、想いが深まったはず。それなのに文芸サロンで会うことを提案され、断っては……。
結局、「伺います」と返事をすることになった。
勿論、翌日。
ダイアンを捕まえ、オペラに行かなかったことを問い詰めると……。
「そもそも無理なことなのよ。ロザリー男爵令嬢とフランツ殿下の両方にいい顔するなんて」
開口一番、バッサリ斬られた。
「だってロザリー男爵令嬢は殿下と仲良くなりたいのよ? それなのに私が殿下と仲良くしたら、ロザリー男爵令嬢はどうしたって不機嫌になるしかないわよね?」
正論過ぎて、反撃不可能。
「今回は、ロザリー男爵令嬢が殿下と仲良くできるようにしたの。それにロイヤルボックス席なんて、男爵令嬢が足を運べるような場所ではないでしょう。ロザリー男爵令嬢が喜ぶと思ったのよ」
もうこう言われてしまうと、確かに……となるが。
ロザリーと仲良くして欲しいが、だからってお膳立てをする必要はないのだ。ロザリーとはただ友人として平穏無事に。フランツ殿下とは婚約者として、火花は散らさず、円満に過ごして欲しいのだと説得するが……。
「私と殿下が円満婚約者のフリをしたら、ロザリー男爵令嬢がその恋心を諦める? そんなわけないと思うわ。障害がある恋ほど、燃えるのよ。間違いないわ。私が殿下と仲良くすればするほど、ロザリー男爵令嬢は、彼を手に入れたいと思うわよ」
どうしたって最後はダイアンに言い負かされてしまう。その上で。
「文芸サロン? 嫌よ。退屈だから。私はもっと動きがあるものの方がいいの。音楽サロンでは歌ったり、楽器を演奏してアクティブで楽しいわ。でも詩の朗読とか、小説を読むとかって……地味よ」
ひどい! 詩の朗読だって感情を込めればドラマティックになるのに。そう反論すると、矛先を変えられてしまう。
「それにフランツ殿下と約束したのはダイアナ、あなたよ。勝手に私のフリをして約束したのはダイアナなの。私にその責任を押し付けないで欲しいわ。しかも私の予定も確認せずに。その日は音楽サロンに参加して、その後、みんなで街へ行くの。だから無理よ」
けんもほろろに断られてしまう。
しかも指摘する内容がこれまた正論過ぎて……。
確かに「予定を確認してからお返事します」でもよかったはずだ。
どう考えてもあの場の雰囲気に、私が流されてしまった……としか思えない。
だが落ち込む私に救いの手を差し伸べてくれたのは……兄だ!
「文芸サロン。私は顔を出したことがないけれど、興味がないわけではないよ、ダイアナ。……うん、いい機会だ。この兄が一緒に参加しよう」
本当に。
ダイアンと違い、兄は協力的で神様みたいだ。
しかもあのオペラの日。
兄は実にうまく振舞ってくれた。
フランツ殿下と二人で特別な席……「プレミアム・ロイヤル・キング」でオペラの観劇ができると思ったのに。いきなりダイアンの兄と観劇することになるのだから、ロザリーは驚き、意味が分からない状態になっていた。
兄はそこでロザリーに告げる。
「ロザリー嬢。私は一度、『プレミアム・ロイヤル・キング』でオペラを観劇したいと思っていました。しかも素敵なレディと。この夢を、お優しいフランツ殿下が叶えてくださったのです。あなたと観劇できるこの栄誉に、私は涙がでそうですよ」
婚約者のいない兄は今、この国の令嬢が最も熱い視線を送る男性だった。その兄からこんな言葉を言われ、まんざらにならない令嬢は、いないのではないか。
さらに上演が始まるまでの間、兄はロザリーのことを蝶よ花よと褒めたたえ、すっかり彼女の気分をよくさせることに成功した。何度かはさまれた休憩では、彼女が喜びそうなスイーツを出してもらい、それを手ずから食べさせることもしたのだ。その上で上演終了後。王都ではとても有名なレストランにエスコート。
そこは完全予約制のレストランで、その予約は一年先までとれないと言われているのに。兄がどんな手を使ったかは分からないが、いきなり当日の来店で個室へ案内してもらえたというのだから……。
本当に兄は只者ではない。
ロザリーでもその名を知っているレストラン。その個室で、美食を楽しみ、兄のウイットに富んだ会話を楽しんだのだ。もうロザリーは完全にご機嫌で、そもそもフランツ殿下とオペラを観劇する予定だったことも忘れ、夢見心地で屋敷へ戻ることになる。
ちゃんと兄は屋敷まで送った。
送り狼になることもなく、実に紳士的に。
手を握ることも抱きしめることもなく、最初から最後までジェントルマンに振舞った。