実に興味深い
「ドッペルゲンガーですね」
そう落ち着いた声で告げたのは、悪役令嬢ダイアンの、王太子妃教育を担当した家庭教師の一人アーロン・E・パートリッジだ。
ダイアンは、ヒロインの攻略対象の一人であるこの国の王太子フランツ・W・シモンズの婚約者。ゆえに幼少の頃より、王太子妃教育を受けている。アーロンは宮廷音楽家を父に持つ次男で、ダイアンにはピアノを教えていた。
ゲーム内では、ダイアン登場シーンにたまに出てくる、いわゆるモブだった。だがしかし。その見た目の美しさから、攻略対象への昇格を望まれているキャラクターの一人でもある。
ホワイトブロンドの長い髪はサラサラで、後ろで一本に束ねられていた。エメラルドグリーンの美しい瞳をしており、鼻も高い。肌も女性のようになめらかで、優美な佇まいの青年だった。
そのアーロンは音楽の才格はもちろん、神秘学や宗教学についても精通しており、その知識は多岐に渡っている。そのことからダイアンは、彼を呼び出した。
現在、アーロン、ダイアン、そして私の三人は、ダイアンの自宅であるローズ家の屋敷の応接室にいた。晩秋の穏やかな陽射しが窓から差し込み、窓の外では庭の木々が、黄色に赤にと綺麗に色づいてた。
一方、応接室の中でダイアンと私は、向き合う形でローテーブルを挟み、それぞれソファに座っている。アーロンは窓際に立ち、ホワイトブロンドの髪を、射しこむ陽射しで輝かせながら、ダイアンから私についての話を聞いていた。
一通り私について説明したダイアンは、私が何者であるかとアーロンに尋ねた。するとアーロンは、ダイアンと瓜二つの私のことを『ドッペルゲンガー』だと表現した。
ドッペルゲンガー。
聞いたことはある。自分とそっくりな人物で、もし本人がドッペルゲンガーに会うと、死んでしまうのではなかったかしら? でもダイアンは、元気な姿で赤いドレスを着て、ソファに座っている。ドッペルゲンガーに出会うと死ぬというのは……迷信なのかもしれない。
「ドッペルゲンガーが何であるのか、どうして現れるのか、そういったことはすべて科学的に解明されていません。一説には自身の心の不安が投影され、幻のように現れる……ということですが、ここにいるダイアナ様はこうしてちゃんと触れることができ、会話もできます。私の声が聞こえますよね、ダイアナ様?」
深みのあるグリーンのスーツを着たアーロンが、私の肩に手を置いた。
ちなみにダイアンそっくりの私は、暫定でダイアナと呼ぶと、ダイアンが決めたのだ。
「はい。ちゃんと声が聞こえ、アーロン先生の手の感触も伝わっています」
ダイアンが貸してくれた明るいプラム色のドレスを着た私が返事をすると、アーロンはクスリと笑い「本当に。声もダイアンお嬢様そのものですね」と感嘆している。
「とても珍しいケースだと思います。しかもダイアナ様は、自身が何者であるか分かっていらっしゃる。この世界ではない別の世界、未来の異国で暮らしていたと。そこからこの世界に転生してきたとは……。つまり前世の記憶を持つドッペルゲンガー。実に興味深い」
ひとまずここが乙女ゲームの世界である……ということは伏せている。だって乙女ゲームがなんであるか説明するのは、難しいと思うのだ、この中世っぽい世界において。
どうしても、となれば説明するけれど。
よってこことは全く違う世界で、恐らくは死亡してこの世界に転生したようだ……ということは話してあった。
「ダイアナ様が魂だけの存在で、ダイアンお嬢様のドッペルゲンガーに宿っているのあれば。ダイアンお嬢様に万一のことがあると、ドッペルゲンガーも消える可能性が高い。そうなるとダイアナ様は……もしかするとその魂が、元いた世界に戻れる可能性も……あると思います」
まさか元の世界に戻れる可能性があるとは!
「アーロン、私を殺すおつもりです!?」
「そんなことするわけがありません」
「あの……」
遠慮がちに手をあげると、アーロンとダイアンが一斉に私を見る。
「もし私に何かあると、どうなるのでしょうか?」
「ドッペルゲンガーで言われる説の一つに、本体と魂というものがあります。ダイアンお嬢様が本体で、そのダイアンお嬢様の魂が抜け出たもの、それがドッペルゲンガーという説ですね。ダイアナ様に何かあれば、それはダイアンお嬢様の魂が消えるかもしれない……という仮説は捨てきれません」
アーロンが答えると、ダイアンがため息をつく。
「ということは私はこのダイアナを、保護し続ける必要があるのね……」
「そうですね。ダイアンお嬢様と一心同体と思い、そうされることをおススメします」
このアーロンの発言のおかげで、この世界で私はダイアンの保護下に置かれることが決定する。
ヒロインでもモブでも悪役令嬢でもなく、悪役令嬢のドッペルゲンガーに転生してしまったのだ。ここで放置されても……どう生きて行けばいいのか分からないので、とりあえず居場所ができたことに安堵する。
「世間にはなんて言えばいいの? 私のドッペルゲンガーだと公表するの?」
若干ウンザリ気味のダイアンに対し、アーロンは、生き別れていた双子の妹が発見された、ということにしてはどうかと提案した。そんな安易な……と思ったが、ダイアンはアーロンと私を連れ、自身の両親のところへ向かった。
そして仰天する両親に、私がダイアンのドッペルゲンガーであることを打ち明ける。さらに双子としてこれから一緒に暮らすつもりだと話しだすと……。
当然だが、ダイアンの両親は驚く。
だが、どう見ても私はダイアンそのもの。双子……と言われれば、まさに納得。
何よりダイアンの生家であるローズ公爵家は、公爵家の序列の中でもかなり上位。財力もある。それでいて子供はこのダイアンと嫡男のジョシュの二人だけ。さらに弁の立つアーロンが私の来歴を分かりやすく説明してくれる。
その結果……もう奇跡。受け入れられた。ダイアンの両親に!
この日から私はダイアナ・エル・ローズとして、この世界で正式(?)に、生きていくことになった。