ど、どうしてここに!?
兄の背に隠れる私の肩を、ぽんぽんと叩く人物がいる。
驚いて声を出しそうになるのを堪え、無視を決め込む。
今いる場所は、王族以外は立ち入り禁止の場所ではない。
知り合いが偶然、私を見つけ、声をかけようとしている。
そう判断した。
再び、肩をぽんぽんと叩かれる。
無視する。
またも叩かれる。
ハエを追い払おうように、手を肩の辺りでふると。
「ダイアン嬢、何をしているのですか?」
「!」
驚いて振り返ると、そこには瞳と同じ、碧いテールコート姿のフランツ殿下がいる。
ど、どうしてここに!?
そう思ったが彼の手にはプログラムがある。
どうやらプログラムを買いに行っていたようだ。
フランツ殿下がここに登場するのは、完全に想定外。
だって既に席で座っていると思ったから。
さすがの兄も「これはフランツ殿下、こんばんは」と挨拶するも、その後の言葉が続かない。
一方のフランツ殿下は私をじっと見た後、パン警備隊長の方を見る。
そして――。
最悪な事態になる。
「パン警備隊長、そのご令嬢はどなたですか?」
パン警備隊長とロザリーが振り返ると分かったので、兄はこのような事態でも、私を背に庇ってくれる。もう兄には一生頭が上がらないと思う。
「フランツ殿下! こちらはロザリー男爵令嬢です。ロイヤルボックス席のチケットをお持ちですので、席へご案内しようと思っています」
これを聞いたフランツ殿下は再び私を見た。
その澄んだ碧い瞳に見つめられると、全てを見透かされているような気持ちになる。
堪らず視線を伏せることしかできない。
「そうか。ではそのまま案内してくれたまえ」
「はっ、かしこまりました」
パン警備隊長が実直そうに返事をする。
しばらく、誰も何も言わない。
もう全身から汗が噴き出す思いだ。
フランツ殿下は、この事態をどう理解したのだろう?
そして、どうするつもりなのだろう?
「さて。ジョシュ殿」
フランツ殿下が兄に声をかける。
「はい。殿下、何でしょうか」
「チケットを交換しましょう」
「は……い?」
兄は驚き過ぎて、殿下相手に、次期公爵家当主と思えない返事をしている。でもそうなるのは、仕方ないと思う。
「これはロイヤルボックス席の半券です。これを持ち、君はロザリー男爵令嬢とオペラを観劇するといいでしょう。代わりに君が持つチケットで、わたしはダイアン嬢と観劇させていただきます」
「で、ですが殿下、『プレミアム・ロイヤル・キング』は、王族の皆様が観劇するためのお席です」
兄は至極真っ当な指摘をしたと思う。でもフランツ殿下は……。
「ジョシュ殿、チケットを出していただきたい」
相手は王太子だ。
出せと言われたチケットは、出すしかない。
兄はテールコートの胸ポケットから半券を取り出し、フランツ殿下に渡す。
「5番のボックス席……。問題ないな」
独り言のように殿下は呟く。
そして兄から受け取ったチケットしまい、代わりに「プレミアム・ロイヤル・キング」の半券を兄に渡す。
「ではダイアン嬢、行きましょうか」
もはや今の状況が、どういう状態なのか解析不可能だ。
言われるままに、フランツ殿下のエスコートを受けた。
チラリと兄を見ると、その顔は「お手上げだ」と言っている。
南無三宝! 困った事態になった。
だが兄は何も悪くない。
改めて今の事態を整理する。
ロザリーは殿下と観劇できると思っているのに。
なぜか兄が着席するのだ。
勿論、兄もヒロインであるロザリーの攻略対象の一人。
でもロザリーはフランツ殿下を選んでいるのだ。
当然「なぜ?」と思うだろう。
王族専用の「プレミアム・ロイヤル・キング」席なのに。
男爵令嬢と次期公爵家当主の二人で観劇する。
シュール過ぎる。
警備の騎士達も困惑だろう。
ただ、兄は……ロザリーの機嫌が悪くならないよう、最大限の配慮をしてくれるはずだ。
何しろロザリーには、この劇場に私……ダイアンがいることは、奇跡的にバレていない。だからダイアンが意地悪をしたとは、思われないで済む……はず。
問題は殿下が今、何を考えているかだ。
ロザリーにチケットをダイアンが譲ったことは、バレているだろう。
なぜ譲ったのか。譲ったのになぜダイアンはここにいるのか。
彼は……どう解釈したのだろう……?
「ダイアン嬢。5番ボックス席での観劇で、文句はないのですよね? だってあなたが持っているチケットは、そのボックス席のものでしょう」
不意にフランツ殿下に声をかけられ、ドキッとしながら「……はい。文句などありません」と返事をするしかない。私の返事を聞いて、殿下がクスリと笑う。
散々、劇場を貸し切りにしろとごねていたのに。
王族専用のロイヤルボックス席でもなく、劇場の会員である上流貴族が案内される席に、大幅格下げされている。いつものダイアンなら文句を言うはずだ。でもフランツ殿下が指摘した通り、チケットを持っているのだ。もう反論のしようがない。
「さあ、着きました。ダイアン嬢、どうぞ」
「……ありがとうございます」
チラリと見ると、護衛騎士はちゃんとついて来ている。彼らは鋭く周囲に視線を走らせていた。突然、こんなボックス席での観劇になり、困惑しているだろうに。おくびにも出さないのはさすが精鋭。プロだ。
対するポンコツな私は、トホホの思いで、中に入った。











































