ダイアン認定
まさかこのドレスのせいで、フランツ殿下がオオカミに変身してしまうと!?
しかも「男とはそういう生き物だ」と兄に断言されると、「そ、そうなのですね」と答えることしかできない。
さらに兄はこんなことまで言う。
「それにこういう時は、男は自分のいいように解釈する。嫌よ、ダメよも好きのうち、とな。それに抵抗する姿が、余計に煽ることにもなりかねない」
「で、ではどうしたらいいのですか、お兄様!」
「それはもうキッパリ、否定だろうな。ダイアンだったらそうするだろう。もうバッサリ。『この芋虫、何してくださるの?』ぐらいの勢いで」
あの美貌のフランツ殿下を芋虫呼ばわり!?
まさかそんな……!
……いや、確かにダイアンならそうするかもしれない。
でもそんなことをしたら、ダイアンと殿下の仲は、ますます険悪になってしまう。それは私の望むことではない。
ど、どうしたらいいの……?
あ、そうか!
二人きりにならなければいいんだ!
つまり帰りは一人で馬車に乗る。
ロイヤルボックスではとにかく熱心にオペラを観劇し、そんな雰囲気にならないようにすればいい。
うん。そうだ。それで……間違いないハズ!
「ダイアナ、答えは見つかったかな?」
「は、はい。見つかったと思います。……ですからお兄様、顔を……離してください」
「そうだったね」
即答しながらも、実にゆっくりした動作で、兄は私から体を離した。
そして。
「そもそもそんなドレスを着ない。それが一番だろうな」
「そうですね……」
これだったら原色赤の、露出少な目のドレスを選んでいれば……。
色は派手だが、男性を変な気持ちにさせなかったかもしれない。
そんな風に反省しているうちに、劇場に到着した。
兄にエスコートされ、馬車から降り、建物に入ると……。
豪華!
エントランスは吹き抜けで天井も高く、その天井に描かれているフレスコ画も秀逸。場内を照らす燭台のレリーフも実に豪華だ。さらに中央階段はまさにレッドカーペットで、着飾った男女が上っている様子を含め、絵になる。
「うん。どうやらダイアナは、ダイアン認定されたようだ。誰も私に話しかけてこない」
兄の言葉にハッとして周囲を見る。
すると並み居る令嬢が慌てて視線を逸らす。
どうやらいつも以上にハンサム度が増している兄を眺めたいのだが、私……ダイアンがいるので、どの令嬢も怯え、こちらに近づくこともない。
「まずはフランツ殿下が来ているか、そこから確認してみようか」
兄によると、王族がこの劇場で利用するロイヤルボックス席は「プレミアム・ロイヤル・キング」と呼ばれ、舞台上部に設置されている。そしてここで王族が観劇しているかどうかは、スタッフに尋ねることで、分かるというのだ。
「やあ、美しいレディ。今宵は獅子の姿を見ることはできるかな?」
案内係の女性に兄が声をかける。
獅子……王家の紋章には、確かに獅子の姿が描かれているが、もしやそれを示しているのかしら?
「こんばんは、お客様。今宵は若き獅子が、既にその姿を現していますよ」
ニッコリ笑顔で、係の女性は答えてくれる。
「ダイアン、どうやらフランツ殿下は既に入場しているようだ」
つまりダイアンは、殿下からチケットを事前に受け取っていると。そのチケットは当然だが、ダイアンが持っている。そして私はチケットを持っていない。でも兄は自分に任せろと言っていたが……。
兄は先程の女性の案内係と会話を続け、その結果。
神々しいほどの笑顔で、こう告げた。
「私の色っぽい姫君、チケットは手に入る。安心するといい」
「え、どうやって!?」
「私の知り合いでオペラ好きがいてね。彼はこの劇場の会員だ。そして彼の専用席が用意されている。開場後、30分経って、彼の入場がなければ……。劇場は、他の客に販売していいことになっているんだよ。でもこれを知っている者は限られるからね」
な、なるほど!
流石、兄は人脈が広い。
こうして兄のおかげでチケットを手に入れ、中に入ることはできた。
そのまま兄にエスコートされ、美しい回廊を進み、「プレミアム・ロイヤル・キング」へ向かう。
最初は、沢山の貴族がいた。
でも通路を進むにつれ、人が減り、明らかに警備を担う騎士の姿だけになった。
「もうすぐだよ」
兄がそう言ったところで、警備の騎士から声がかかった。
「ジョシュ、なぜお前が殿下の婚約者をエスコートしている? それにここから先は、王族以外の立ち入りは禁止されている。だが彼女は別だ。ダイアン様、チケットの半券を確認してもよろしいですか?」
「やあ、パン警備隊長! 実は妹は、今日のオペラのチケットを紛失してしまったようでな。これではフランツ殿下との約束を守られないと泣いていた。そこで私がエスコートし、ちょっと魔法を使い、ここまで見送りに来たわけだ」
パン警備隊長は「魔法!?」と顔しかめ、私を見る。
「ダイアン様、チケットを紛失されたとは本当ですか?」
「はい、実は……」「す、すみません、遅くなりました!」
私が答えた瞬間に聞こえてきたこの声は……。