男とはそういう生き物だ
私はダイアンの言葉を思い出していた。
――「だからダイアナ、あなた、殿下のお相手をしておいて」
フランツ殿下と火花を散らしてダンスをする様子を見かねて、それでは殿下が可哀そうではないかと指摘した。するとダイアンは「でも……そうね。フランツ殿下が可哀そうという指摘。それは……そうかもしれないわね」と同意を示した。
その上で「どうせロザリー男爵令嬢と殿下は結ばれて、私は婚約破棄で国外追放よ。それならそれに向け、準備をするわ」とダイアンは言い、フランツ殿下の相手は私がすればいいと言ったのだ。
そして今日。
ダイアンは殿下とオペラ観劇に行くと思っていた。
でもアーロン先生と演奏会に行くと言うではないか!
そうなるとフランツ殿下は待ちぼうけした上で、一人でロイヤルボックスでオペラ観劇をすることになる。
そんなことをしたら……。
ダイアンへの好感度は地に落ちる。
ここ数日、仲が良くなっていた分、その反動も加わるはずだ。
もう二度とこんな女、信じない!になってしまうだろう。
ダメだ。
それだけはダメ!
ローズ家のみんなが不幸になる!
「ダイアナ様、今日はダイアン様のようなドレスとお化粧でよろしいのですか?」
「よろしいのです。それでお願いします」
メイドにそうお願いした結果……。
それでも原色赤や紫のドレスは厳しい。
代わりにオペラ観劇では定番の黒のドレスに着替えたが……。
む、胸元がかなりあいている。背中も!
でも仕方ない。
これがダイアンなのだ。
真っ赤なルージュ。
こってりアイメイク。
鏡に映る私は確かにダイアンだ。
セクシーでグラマーでザ・悪役令嬢……!
時間を確認すると、今から行けばオペラには間に合う!
ということでエントランスへ向かうと。
黒のテールコートをビシッと着こなし、前髪の半分を後ろに流し、いつもより艶やかさを増した兄がそこにいた。
「おやおや、私の可愛らしい姫君が、今日は随分と色っぽい姫君になってしまったね」
「お、お兄様、どこへ行かれるのですか?」
「それは勿論、ダイアナに付き合おうかと。演奏会に行くのかな? オペラに行くのかな? でもそのドレスとお化粧だと、オペラかな?」
兄は勘がいい!
長年ダイアンを見てきたのだ。
急にダイアンが心を入れ替えるとは思っていない。
先程の会話から、ダイアンが本当はオペラに行く日なのではないかと気付いた。でもダイアンはアーロン先生と演奏会に行っている。ここで私の行動を分析する。
演奏会に向かい、ダイアンを引っ張り出し、オペラへ連れて行く。
私がダイアンの代わりになり、ダイアンのふりをして、オペラへ向かう。
そして今、私のドレスとメイクを見て、私がダイアンのふりをしてオペラに行くと判断したわけだ。
「時間的に、丁度いいタイミングで劇場に着くだろう。さあ、ダイアナ、馬車に乗ろう」
エスコートしてくれる兄に従い、馬車に乗り込んだ。
兄が乗り込むとすぐに馬車は出発する。
「ダイアナ、お前は母君の話を聞き、ダイアンがフランツ殿下とのオペラ観劇をすっぽかすと考えた。そして自分がダイアンの身代わりで、オペラを観劇するつもりになったのだろう。でも二つのことを考えているかな?」
「二つのこと……?」
首を傾げる私に兄は、ズバリ指摘する。
「まず、待ち合わせがどうなっているか分からない。劇場のホールで待ち合わせをする人が多いことは、ダイアナも分かるだろう? もしかすると直接ロイヤルボックス席で、フランツ殿下と落ち合うことになっているかもしれない。そうなるとチケットが必要だ」
「そ、それは……その通りです」
「しかも人気のオペラだ。チケットは事前にソールドアウトだろう」
これはまさに「なんてこった!」だ。
せっかくダイアンに化けたのに。
中に入れないのでは意味がない。
「だが、大丈夫だ。ダイアナ。この兄に任せるといい」
私は驚いて兄の顔を、穴が開くほど見てしまう。
すると兄は突然、私の顎を持ち上げ、自身の顔を近づけた。
突然、ハンサム顔が眼前に迫り、「ひゃあぁ」とへんてこりんな声を出してしまう。私の知る兄だったら、ここでクスクス笑い、顔を離すと思うのだが。
兄の顔はどんどん近づく。
え、どういうことです?
キ、キスを……。
「うん!」
全くの想定外で兄の手が、私の鎖骨を撫でるように触れた。
「お、お兄様!?」
その手を掴もうとすると、逆に私の手を兄が掴んでしまう。
近づいた顔は私の耳元で止まると、頬に耳朶にと唇が触れる。
完全にパニックになる私に兄が囁く。
「これが二つ目だ、ダイアナ。フランツ殿下は婚約者なんだ。ダイアンに対して、キスをしたり、手をつないだり、触れることが許されている。勿論、婚儀を挙げるまで、最後まではダメだがな。こんな風にフランツ殿下にされたら、どうするつもりだ?」
「そ、それは……」
一切想像していなかった、そんな事態は!
そもそもフランツ殿下がそんなことをすると思えなかった。それを指摘すると、兄の手が私の腕から肩へとゆっくり移動する。その手の動きに、なんだか体がゾワゾワして落ち着かない。
「こんなに肌も露出しているんだ。いつもは冷静な殿下だが、そこはどうなるか分からない。男とはそういう生き物だ」