エンディング
私はエンディングモードに入る気満々だった。
だって絵画サロンに参加したその週、ダイアンは参加した舞踏会でも、ロザリーと仲良く談笑していたのだ。取り巻きの令嬢と共に。
さらにこの日のダンスでは、フランツ殿下とも足の踏み合い合戦をすることもなく、実に平和に踊っていたのだ。火花が散ることもない。
「私の可愛らしい姫君。どうしたんだい? 今にも泣きそうな顔をしているが?」
舞踏会に、今日も私をエスコートしてくれた、コバルトブルーのテールコートを着た兄が尋ねる。
「これは感動で泣きそうになっているだけです、お兄様」
深みのあるグリーンのドレスを着た私は、もう本当に。
安堵の気持ちでいっぱいだった。
婚約者であるフランツ殿下とも、ダイアンは実にうまくやってくれている。長年に渡り、火花を散らしてきた二人が、穏やかに過ごしていた。まさに感無量。
この日の舞踏会で、私はご機嫌で兄とダンスをし、実に満たされた気持ちで、屋敷に戻ることになった。
そして翌日。
舞踏会を楽しみ過ぎて寝坊した私は、一人部屋でブランチになった。
その後はレモンイエローのドレスに着替え、ダイアンの部屋に遊びに行くことにした。
遊びに行く……というより、御礼を言いたかったのだ。
私の助言に応じてくれたこと。
ロザリー男爵令嬢とフレンドリーでいてくれたこと。
フランツ殿下と仲良くしてくれたこと。
ダイアンに、感謝の気持ちを伝えたかった。
「本当にダイアンお姉様、ありがとうございます!」
この言葉を伝えるため、ダイアンの部屋を訪ねると……。
いない。
でもドアに鍵はかかっておらず、中に入ることができた。
なんとなく部屋に入り、カレンダーを見ると……。
今日の日付に「opera」と書かれている。
もしかして……。
私はダイアンの部屋を出て、メイドに声をかける。
すると……。
「ダイアン様は今晩、外出があるそうで、仕立てたドレスを受け取りに、街へ行かれましたよ」
そう教えてもらうことが出来た。
そうか、そうか、そうなのね、ダイアン!
今日はフランツ殿下と、例のロイヤルボックスでのオペラ観劇の日なのね。
せっかくの観劇だから、仕立てたばかりのドレスを着るつもりなのね、きっと。
ちゃんと殿下と仲の良い姿を、貴族の方々に見せてくださいね、ダイアンお姉様。
カレンダーに向け、心の中で思わず話しかけてしまう。
ほっこりし、安心した私が自室に戻ろうとすると。
「私の可愛らしい姫君! 今朝はお寝坊をしたようだね。食事はちゃんと食べたかい?」
兄はまあ、朝からなんとも目の保養になる装いをしている。
白シャツにミルキーピンクの上衣にズボン、シルバーグレーのベストにロイヤルパープルのタイ。ミルキーブロンドのサラサラの髪にあうコーディネートだ。
何よりその濃い桜色の瞳がキラキラと輝き、カッコよさを増し増しにしている。
「こんにちは、お兄様。食事は先程、いただきましたわ」
「ならば丁度いい。今朝見たところ、クリスマスローズがとても美しく咲いている。ダイアナにも見せてあげよう」
兄の案内で屋敷の庭園を見学し、さらにその足で温室も案内してもらい、庭師がクリスマスリースを作るのを手伝ったりした。
「ダイアン、そろそろアフタヌーンティーにしようか。ブランチをとったなら、この時間、お腹が空いてきたのでは?」
この兄の提案に私は大喜びで頷く。
兄が声をかけると、メイドと従者がすぐに温室に置かれたテーブルに、クロスを敷き始める。椅子にはクッションを用意し、銀食器が並べられ、まずはティーセットが用意された。
そこにティーフーズが揃えられた三段スタンドが到着する。
スコーン、サンドイッチ、ペイストリー。
どれもとっても美味しそうなものばかり。
「さあ、私の可愛らしい姫君。好きなだけ、召し上がれ」
兄の言葉に、まずはキューカンバサンドをいただく。
たっぷりのバターとキュウリと食パン。
シンプルなのにとっても合う!
次に卵サンドをとろうと手を伸ばした時、母親が温室にやって来た。
「楽しそうね。わたくしもお邪魔していいかしら?」
「勿論ですよ、母君、どうぞお座りください」
兄が笑顔で応じ、母親は椅子に腰をおろす。
休日の親子水入らずのアフタヌーンティーに幸せを噛みしめた時。
「ダイアンも一緒だったら良かったのに」
兄の言葉に母親が応じる。
「そうね。でもあの子は今日、アーロン先生と演奏会に行くと言っていたわ。夕方からなのに。仕立屋でドレスを受け取ったら、そのままアーロン先生のお屋敷へ向かうそうよ。そちらで昼食をいただき、お茶を楽しんで、新しいドレスに着替えて、演奏会へ向かうそうよ。まったくもう王太子妃教育も終わったのに。アーロン先生にはお世話になりっぱなしよね」
この言葉に、私は一瞬固まる。
今日はフランツ殿下とオペラの日ではないの?と疑問が浮かぶ。
そこで兄に尋ねる。
今、街で人気のオペラは今日、公演があるか知っているかと。
「週末だから。当然あるだろうよ。昼と夕方からの二回公演が普通だ。そういえば昨日の舞踏会でピエール殿が、今日は殿下がロイヤルボックスで、オペラを観劇すると言っていたぞ」
まさか。
まさか。
いや、そんなことはないはず。
だってダイアンは心を入れ替えたはずよ。
でも、もしかしたら……。
「お母様、お兄様、私、着替えをして、ダイアンお姉様に会いに行ってきます!」
私は椅子から立ち上がった。