ローズ家の安泰
翌日。
夕方から開催の「絵画サロン」に、兄とダイアンの三人で参加することになった。朝食の席で兄から声をかけられた時、私は「ぜひ行きたい!」と即答した。
ダイアンは「興味ないですわ」と言うかと思ったら……。
「ええ。参加いたしますわ。ただ、絵画サロンの前に、音楽サロンに参加しますから。絵画サロンの会場には、直接向かいますわ」
意外にも快諾してくれた。
ちゃんとフランツ殿下のオペラの件も対応してくれて、そして今日も絵画サロンに参加するという。なんというか、ダイアンが丸くなってくれた気がして、何気に私は嬉しくてたまらない。
ダイアンが丸くなる=断罪は起こらない=ローズ家の安泰、だから。
「しかし不思議なことだ。あのダイアンがこうも気さくにサロンの誘いに応じるなんて」
宮殿へ向かう馬車に、私は舞踏会の時のように、兄と二人で乗り込んでいた。
今日の議会は午前中のみ。兄は昼食の時間に屋敷へ戻っていた。
「ダイアンお姉様は、サロンにあまり参加されないのですか?」
「音楽サロンには、熱心に参加しているがな」
音楽サロン……あ、そうか。
アーロン先生が主催のサロンだから。
音楽サロンには、ヒロインの攻略対象は参加していない。そして主催はあの博学なアーロン先生となったら、きっと平和なサロンに違いない。ダイアンもきっと、大人しく参加しているだろう。
そんなことを思っているうちにも、宮殿に到着した。
今日の私は髪をアップでまとめ、お化粧は控えめに。そしてダイアンが絶対に着ないことで、ウォークインクローゼットの奥深くに眠っていた、パステルピンクのドレスを着ている。原色ではないドレス。少しフリルが多い気もするが、明らかにダイアンが着ないドレス。よって兄がエスコートしていても、私がダイアナだと皆、気づいてくれたようだ。
普通に会釈された。
白藤色のセットアップでカッコよさ全開の兄を、すれ違う貴婦人も、遠慮なく眺めている。もし兄がエスコートしているのがダイアンと分かったら……こうもいかないのだろうが。
でもそんな日常も変わるかもしれない。
私は秘かにそう期待していた。
なにせダイアンは私と予言書について話して以降、なんだか変わっているのだから。
「さあ、私の愛らしい姫君。絵画サロンに到着したよ」
絵画サロンの会場となっている応接室には、ズラリと椅子が並べられ、その椅子が向けられている前方には、五つほどのイーゼルがあり、絵が置かれている。でもその絵には布が被せられており、そこにどんな絵があるかはまだ分からない。
ダイアンの記憶を持つ私は、この絵画サロンで何が行われるか理解していた。
順番に絵を見て、まずは絵画の専門家が絵について分析し、その後は参加者が自由に感想を述べあうのだ。
三十席ほどある椅子は多くが埋まっている。
そこで私は……涙が出そうになる光景を目の当たりにした。
今日のダイアンは、いつもと変わらない原色真っ赤なドレスを着ていた。黒のフリルで子供っぽさはなく、おろされたストリベリーブロンドの巻き髪といい、もうそのド派手ぶりは悪役令嬢そのもの。
それなのに!
ダイアンはヒロインであるロザリーの隣の椅子に、腰をおろしていた。そして二人は……笑顔で談笑していたのだ!
「おや、ダイアンが令嬢と談笑している。しかもあれはロザリー嬢ではないか。取り巻きの令嬢以外とあんな風に笑う姿は……見たことがない。ダイアナ、今日は季節外れで蝉が鳴くかもしれない」
「お兄様、変なこと、言わないでください! もう冬の入口なのですから。蝉が鳴くなんてありませんから。それに……お姉様はきっと変わったのですわ。心を入れ替え、これからは優しく素敵な令嬢になられるのです」
私の言葉に兄は、その美貌の顔を崩すようなポカンとした表情を浮かべたが、すぐに咳ばらいをして「なるほど」と頷いた。
「……これもそれもダイアナのおかげかな? 優しいダイアナを見て、ダイアンも自分の勝気すぎるところに気づいたか。何はともあれ、我々もダイアンのところへ」
「お兄様!」
兄の手をぎゅっと掴む。
エスコートしている手をこんなに強く掴むのはNGだけど、せっかくヒロインであるロザリーと談笑するダイアンを邪魔したくなかった。だからこのままロザリーとダイアンが、二人で仲良く並んで座っている状態にしたいと思ったのだ。
「こっちのここ、空いていますから。こちらに座りましょう」
「……分かったよ、ダイアナ」
すると兄は!
いわゆる恋人つなぎをすると、すぐそばの空いている椅子へ移動し、私を座らせる。
既に着席しているマダムや令嬢、紳士や貴公子の皆様は、笑顔のダイアンに驚き、そしてダイアンに似ているが、ドレスの色も化粧も彼女とは違う私を見て驚き、でも……。平和なのだ。平和だから皆、自然と笑顔になっている。
乙女ゲームの世界に転生しました。
しかも悪役令嬢のドッペルゲンガーという訳の分からない転生でしたが。
悪役令嬢ダイアンは心を入れ替え、ヒロインのロザリーとも仲良くなり、婚約者である王太子様と、末永く幸せに……。
もうエンディングモードに、私は入る気満々だった。