思わず感無量になる
もう何というのだろうか。
ダイアンのドッペルゲンガーであるダイアナは、ダイアンと瓜二つ……なのは見た目だけで、中身はポンコツなのかしら?
そんな風に思ったが。
それは違う。
私が……ポンコツなのだ。
ダイアンの記憶を持ち、スキルを持ち合わせているドッペルゲンガーなのに、主となる人格がダイアンではなく、転生者の私だから、ダイアンと話せばいい感じにあしらわれ、丸めこまれる。そして今も……。
「文芸サロン」が今日、何時から何時までなのか。
それはダイアンの部屋の美しい花の挿絵が描かれたカレンダーに記入されていたはずだ。それを見てから屋敷へ行けばよかったのに。ダイアンの記憶を持つとはいえ、さすがに文芸サロンが何時までかなんて、覚えていなかった。
そう、そうなのだ!
宮殿に着くと、今日の文芸サロンはもう終わっていたのだ……。
しかも終わった直後に思えたが、ダイアンの姿はない。
肩をがくっと落とした私は、宮殿の入口へと続く長い廊下を、重い足取りで歩き出す。
「ダイアン……? いや、ダイアナ嬢?」
後ろから聞こえる声は……。フランツ殿下!
「ああ、やっぱりダイアナ嬢ですよね?」
日中のダイアンは髪をおろしていることが多い。だから私は髪をサイドポニーテールにして、お化粧は、いわゆるスッピン風メイクに見えるよう、調整していた。フランツ殿下はさすが婚約者。その違いを分かってくれたようだ。
「フランツ殿下、こんにちは。昨晩はお騒がせし、申し訳ありませんでした」
「いえ、こちらこそ。無事……いえ、いつも通り、ちゃんとダイアン嬢のことはエスコートできましたから」
いつも通り……。
あんな火花を散らした状態が日常なんて。
そう思い、フランツ殿下を見るが、実に穏やかな表情をしている。
昨日、ダイアンとダンスしていた時は別人だ。そして彼の隣には、宰相の息子のピエールもいた。
「ダイアナ嬢、今日はどうされたのですか? 何か手続きで宮殿へいらしたのですか?」
「いえ、ダイアンお姉様が文芸サロンに参加されていると聞き、興味を持ち、追いかけてここまで来たのですが……。既に終了時間でした。ちゃんと時間を確認してから、屋敷を出ればよかったです」
「なるほど。そうだったのですね。……ピエール、少し時間はあるかな?」
「勿論、ございますよ、殿下」
「ダイアナ嬢。文芸サロンには丁度、わたしとピエールも参加していました。そこで朗読した詩を、お聞かせしましょうか」
……! フランツ殿下、なんてお優しいのだろう。
これにはもう、感動してしまう。
詩も小説も。
読書は私の前世での趣味だった。
それに夕ご飯に間に合うように帰れば、問題ないはずだ。
「ぜひ、お願いします」
私が即答すると、微笑んだフランツ殿下は、私の手をとり歩き出す。
ピエールは殿下の隣に並んで歩き出した。
「あの、フランツ殿下。昨晩、少しお話しに出たオペラの件、解決しましたか?」
するとフランツ殿下は「ああ」という顔になり、苦笑する。
「ダイアン嬢は、ダイアナ嬢とは違いますからね。昨晩、貸しきりは難しいと話しましたが、けんもほろろで……。でも先程、文芸サロンに珍しく顔を出したダイアン嬢は『オペラの件、貸し切りではなく、ロイヤルボックス席での観劇でよくてよ』と言われました」
「そうなのですね!」
「ええ。驚きました。理由を尋ねると『双子の妹から、殿下を困らせてはいけない、と言われてしまいましたの』そう言っていました」
フランツ殿下のこの言葉を聞いた私は……思わず感無量になる。
あの場では話の途中で部屋から出て行ってしまったダイアンだったが、私の言葉はちゃんと届いていたのね……!
「ではダイアンお姉様と、ロイヤルボックスでオペラ観劇されるのですね?」
「ええ。これはダイアナ嬢のおかげですよ、本当にありがとうございます」
碧眼の瞳を細め、笑顔になるフランツ殿下は、とても嬉しそうに見える。
その姿を目の当たりにした私は……良かったと心から思った。
ダイアンがちゃんと殿下と仲良くし、そしてヒロインであるロザリーに嫌がらせをしないようにしてくれれば……。ローズ家は安泰だ。平和に生きていける!
フランツ殿下に対しても、すぐに対応を変えてくれた。きっとロザリーに対する態度も改めてくれるはず。
安堵した私は案内された応接室で、殿下とピエールと三人、一時間ほど詩の朗読を、心から楽しむことが出来た。最初はフランツ殿下とピエールが朗読し、美しい詩を聞かせてくれる。その詩が作られた背景、込められた想いを殿下が説明した後は……。私も二人を真似して、朗読に挑戦した。
すると……。
「ダイアナ嬢、あなたは詩の朗読がお上手ですね。感情がこもっていて、胸にグッときます」
フランツ殿下はそう言って、私の朗読を褒めてくれる。
優しい。殿下はとても優しい!
ダイアンだって素直にしていれば、きっと彼は優しくしてくれるはずだ。
どうかフランツ殿下と円満に。穏便に。
思わず祈ってしまう。
ともかく朗読を終えた私は、宮殿のエントランスまで、殿下とピエールに送ってもらった。
するとそこに……。
「これはフランツ殿下、ピエール殿。そして私の可愛らしい姫君。ダイアンではなくダイアナとこのお二人がいるとは。これはどうされたのでしょう?」
議会に顔を出していた兄は、この日の業務が終わったのだろう。
議会で着る黒のローブを纏い、屋敷に戻るため、従者を連れ、このエントランスにやってきたようだ。
「ジョシュ殿、ダイアナ嬢は文芸サロンに興味を持ち、宮殿に来られていたのですよ。本当はダイアン嬢と参加する予定が、時間を間違え、ダイアナ嬢が宮殿に到着した時、既に文芸サロンは終わっていました。わたしとピエールは文芸サロンに所属していますから。ダイアナ嬢に今日、朗読した詩を共有していたのです」
私が答える前に、フランツ殿下がすらすらと答えてくれた。兄は「なるほど」と納得し、私の相手をしてくれた殿下とピエールに御礼を伝えている。
「これから屋敷に帰るのであろう、ダイアナ?」
「はい。お兄様」
「では兄の馬車に乗るがいい。ダイアナが乗ってきた馬車には、従者に乗って帰ってもらおう」
こうして私は、フランツ殿下とピエールに見送られ、兄と二人、馬車に乗り込み、屋敷へ戻った。