誰よ、それ?
ダイアンが黙り込んだので、これはもしや効果あり!かと思った。
「ダイアナが見た予言の書で、私とフランツ殿下は、仲がいいのかしら?」
「え……」
「仲良くしていれば、ヒロインは現れないの? それで殿下と私は幸せになれるの?」
痛いところをつく。
殿下と仲良くしていても……ヒロインは現れる。現れて殿下の心を持っていく。それを回避するには……ヒロインに嫌がらせをしない。その上で殿下と仲良く、ではないだろうか。
それを話すと……。
「なるほどね。私はそのヒロインに嫌がらせをすればいいのね」
「!? 違います、嫌がらせをしないのです!」
「あ、あと、フランツ殿下と仲良くしても、どうせヒロインが現れるのでしょう。それなら殿下と仲が悪かろうが、よかろうが、どっちも同じなのだから。気にしても仕方ないわよ」
さっき、いい兆しが見えたと思ったのに!
「ダイアンお姉様、そうではなくて、ですね」
「それで。ヒロインはもう現れているの? 嫌がらせをやめろ、というのなら、それを教えてくれないと。私、基本的にこの性格で、周囲に敵は多いと思うから」
周囲はみんな敵。それはそうだろうと思ってしまう。
ヒロインのために、兄は婚約者がいないというゲームのご都合があるのは事実。
でもそもそもとして兄に多くの令嬢が近寄れないのは、ダイアンがいるからで……。
もうヒロインであろうが、そうでなかろうが、今のダイアンだったらお構いなしで、みんなに嫌がらせをしているも同然の状態。
ヒロインが誰であるか分からないと、嫌がらせをやめることができない――。
それはそうだろうけど、そもそももう少し、性格を丸くできないのかしら?
でも三つ子の魂百までというし。
それは相当難しいだろう。
ならばせめてヒロインに対しては、穏やかに接して欲しい。
「ヒロインはロザリー男爵令嬢です」
「誰よ、それ?」
……! やっぱり、自覚はない!
でも昨晩の様子を見る限り、ロザリー男爵令嬢は怯えていた。向こうは既に“ダイアンから嫌がらせを受けています”という気分満々だろう。
「ともかく、そのロザリー男爵令嬢とは仲良くしろとは言いません。でも近づかず、何もしないでください。そしてフランツ殿下とは穏便に。できれば仲良くし」
「いやよ」
「ど、どうしてですか!」
「いやなものはいやなの。あなたの指図なんて受けないわ。それに婚約破棄だろうが、国外追放だろうが、私は気にしないから」
もう完全な平行線。
こうなると堂々巡りだ。
同じ事を何度も繰り返すだけ……。
「でも……そうね。フランツ殿下が可哀そうという指摘。それは……そうかもしれないわね」
そこでしばし考え込んだダイアンは、とんでもないことを言い出した。
「どうせロザリー男爵令嬢とフランツ殿下は結ばれて、私は婚約破棄で国外追放よ。それならそれに向け、準備をするわ。だからダイアナ、あなた、殿下のお相手をしておいて」
「え!?」
「まだ婚約者なのに。公務を押し付けられるのよ。どうせ会ったら私とフランツ殿下は見えない火花を散らす。だったら代わりにダイアナ、あなたが私の代わりに殿下に会って」
「えええええ!」
そこでダイアンはくすっと笑う。
「ドッペルゲンガーなのでしょう、ダイアナは。私と瓜二つだから、王太子妃教育もバッチリ身についているし、昨晩だってちゃんとダンスもできたじゃない。あなたなら大丈夫よ」
「そ、そういう問題ではないですよね!?」
「別に私がこのままフランツ殿下に会ってもいいわよ。殿下は可哀そうだけど、でもそのうちロザリー男爵令嬢と恋に落ちるのでしょう。それで殿下は幸せになる。だったら多少の不幸、我慢なさい、だわ」
ダイアンは……なんて手強いの! さすが悪役令嬢だわ。
え、どうすればいいの!?
どのみち、フランツ殿下はロザリー男爵令嬢と結ばれてしまうの……?
いや、違う。
ダイアンの言葉に惑わされてはいけない。
そうではないのだから。
ロザリー男爵令嬢に嫌がらせをせず、フランツ殿下と円満な関係を築ければ、婚約破棄と国外追放はない!
そう、そうよ。
思い出したわ。
ロザリー男爵令嬢が、なぜフランツ殿下を攻略対象に選んだと分かったのかを。
ロザリー男爵令嬢は、同情したんだわ、フランツ殿下に。
この国の王太子であり、多くの令嬢が憧れる存在なのに。
ダイアンに無下な扱いを受けている姿を見て、同情し、そしてあの悪女から救い出してあげたい。その救済の気持ちがいつしか愛へと昇華され……。
つまり。
フランツ殿下とダイアンが完璧に仲良くしていたら、ロザリーは王太子を諦めてくれるはず。そしてロザリーに嫌がらせをしなければ、他の攻略対象から、何か言われることもない。さらに他の攻略対象とロザリーが結ばれても、問題は起きない。つまりは断罪もない!
考えがまとまった。
「ダイアンお姉様……え、い、いないっ!」
ソファから立ち上がり、部屋の中を探すが、ダイアンの姿はない。
もしかしてアフタヌーンティーに行ったのかしら?
今日はテラスでアフタヌーンティーをすると言っていた。
そこへ向かうと……。
母親しかいない。
聞くと父親と兄は、午後から議会へ顔を出し、ダイアンは……文芸サロンへ顔を出しに行ったという。サロンへ顔を出せば、スイーツや軽食を食べられるからと、屋敷のアフタヌーンティーはすっ飛ばしたらしい。
私がちょっと考え事をしている間に、まんまと屋敷を抜け出し、宮殿へ向かうなんて!
もう本当にダイアンは手強い。
話の途中でダイアンはいなくなってしまった。
なんだか不安だわ。
それにロザリー男爵令嬢に嫌がらせをしないで、と言ったのに。
嫌がらせをすればいいのにね、なんて言っているし。
しばらくは母親とアフタヌーンティーをしていた。
でもなんだか落ち着かなかった。
そこで私も文芸サロンへ顔を出してみたいと話し、宮殿へ向かうことにした。