第8話 嘘とホントと未来の旦那様-2
「関係あるよ」
「ふふっ……そうよね」
久遠の声のトーンが僅かに高くなる。
気が付くと久遠が手を握ってきている。
俺は強く握り返し、愛衣の顔を見つめる。
「俺さ、昨日死のうと思ったんだ。放課後、学校の屋上から飛び降りて」
「……え?」
「どうしてだと思う?」
「そこの女に、だま、されて……」
「本当にそう思うか?」
愛衣の顔がみるみるうちに青くなる。
額に汗が流れ、目が泳ぐ。
「だ、だって私わかんない……」
「愛衣は、本当になんの心当たりもないのか?」
「な、ないよ……? 私は何も……」
はぁ、もう駄目だな。
本当に、最後まで……。
「竜胆史郎、知ってるよな」
「……っ!?」
愛衣が久遠を睨みつける。
「なあ愛衣、こっち向けよ」
「こいつが何か言ったの? けどね、違うの! 本当に違くて……!」
「違うよ愛衣、久遠は何も言ってない」
余りにも愛衣の態度が酷すぎて逆に冷静になって来る。
怒る気にもならない。
「じゃあ、どうして竜胆君の名前を……」
「スマホ、みたんだよ。ごめんな、勝手に見て」
「そんなの、そんなの酷いよ! どうして勝手に見るの? みないでってずっと言ってたのに……」
愛衣が今日一番動揺し、俺に詰め寄って来る。
うっざ……。
「どっちが酷いのよ……」
「うるさい! 外野は黙ってて!!」
あきれたように呟く久遠を遮るように怒鳴る。
「ねえ、ねえ違うのゆー君! あれは、あれはね? ほんと、違くって……!」
「何がどう違うんだ?」
「えっと……」
努めて冷静に、諭すように言う。
落ち着いてくれないと話にもならない。
「えっと、その……竜胆君はあくまで友達で……」
「友達に裸見せるのか、すごいな」
「ね、ねえどこまで見たの……?」
「残ってるメッセージは全部見たよ、俺との約束をすっぽかして竜胆とあってたのも知ってる」
「あれは、竜胆君がどうしてもって言うから仕方なく……」
鼓動がどんどん早くなる。
冷静でいたはずの気持ちが、どんどんと興奮していくのがわかる。
「『すごく幸せだった』んだろ?」
「それは……そう! た、食べ物が美味しくて、それで幸せだったってだけ……」
すごいな、どんどん口から出まかせが出て来る。
噓つきの世界チャンピオンになれるかもな。
……そんな競技無いけど。
「なあ、いい加減嘘をつくの辞めないか?」
「嘘じゃ……ないよ?」
「俺とするより竜胆とした方が上手いんだろ? 気持ちよかったんだろ? ……全部お前が竜胆に送ったメッセージだぞ?」
「違うの、本当に違うの……」
話しているだけでイライラしてくる。
久遠は隣で黙ったまま俺の手を強く握りしめる。
今の俺にとって、それが唯一の心の支えだ。
「なあ愛衣、もういいだろ? 認めてくれよ。竜胆と浮気してたんだろ? 俺の母親の名前を使ってまで俺をだまして……!」
「……確かに、私は竜胆君とあってたよ。けど、身体は許してない。それだけは本当」
「気持ちよかったっていうのはマッサージでも受けてたって事? 裸で?」
久遠が嘲笑するように笑いながら質問する。
「それは……半年くらい前、竜胆君に脅されて、その……」
「脅されて犯されただけで、自分の意思じゃないと?」
「犯されそうになったの、けど、けどね? 怖かったけど、本当に怖かったけど……こ、断ったの」
……何言ってんだこいつ。
「断って、その代わり口でしたの。それからも、何度も呼ばれて色々されて、後ろに入れられたりとかもしたけど……確かに気持ちよくて、色々言ったりしたけど……それでも本当にアソコには入れてないの……! それだけは、ゆー君のためのモノだから。だから私、本当に我慢して……!」
……はい?
えっと、え?
俺、今人間と話してるはずだよな?
「ねえ、愛衣さん。あなた何を言ってるの?」
「うるさい、話しかけんな……! 今ゆー君と大事な話の途中なの……!」
本格的に意味が分からない。
いやだって、挿入以外はしたってことだよな?
それで、え? 我慢した?
駄目だ、本当に意味がわからない。
「ねえゆー君、わかってくれた? 私の所に帰ってきてくれる?」
あー、もうなんかどうでもいいや。
こんなバケモノ、もうどうなってもいい。
「わかった、いいよ」
「……え? あなた?」
久遠が焦ったように俺の顔を覗き込む。
「そうだよね、ゆー君ならわかってくれるよね!」
「ねえ、あなた、どういうこと? 今の愛衣さんの言い訳で許したってこと? じゃあ、私との関係はもう……?」
「はは、ざまーみろ! 何が“あなた”よ、奥様気取り? ゆー君は私の彼氏なの、その手も早く離しなさいよ」
「そんな……」
強く握られていた久遠の手から力が抜ける。
俺はそんな久遠を引き留めるように強く握りしめなおす。
「愛衣、一つだけ条件があるんだ」
「なんでもいいよ! ゆー君のためならなんだって出来る……!」
「一週間だけ待ってほしいんだ。その間だけ久遠と過ごさせてほしい。そういう約束なんだ」
「……わかった、けど絶対えっちなことしたら駄目だよ?」
「ああ、もちろん。愛衣も絶対にしないでほしい。特に、たとえ無理矢理でも犯されたら……その時は別れよう」
「いいよ! ふふっ、楽しみ……! 一週間なんてあっという間だもんねっ」
愛衣が満面の笑みを浮かべている。
これでいい、これで全て上手くいく。
「久遠さん、せいぜい一週間楽しんでね。それじゃ、また明日」
そう言って、愛衣は笑いながら帰っていった。
「ごめんな、久遠」
「本当に酷い人ね」
「えっと、あれはな……?」
「ふふ、わかってる。わかってるから、酷いって思うのよ……」
どうやら、久遠は俺の意図を汲んでくれたみたいだ。
一週間だ、一週間でケリをつける。
「でも、今晩は慰めて、ね? 私、すごく悲しかったのよ」
「……お手柔らかにお願いします」
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