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作者: 島津 光樹

 自分は上手く生きてると思っていたのに…。なんで…?


     Ⅰ


「はぁ~、つっかれた~。」

 タイムカードを切って、大きく伸びをする。今日はこれから某駅の改札で取引をする予定になっているので、大急ぎで電車移動する。

『ねうさんへ。しごおわ。今、向かっています』 

『お疲れ様です。もう少しで現地につきます。じゃ、DMで今日の服装お知らせしますね』

『かしこまです。ではDMで』

 そこからは、直接のやりとりに切り替える。ねうさんとは今日初めて会う。先日、SNSで知り合った。お互いが欲しい某舞台俳優の写真がマッチングしたのだ。界隈を知らない人からしたら「何を言っているんだ?」だろうが、この界隈では己の推しの写真は簡単に手に入らない。何故なら、全部がランダムブロマイドだからだ。買って開封してからでないと中身は分からない。しかもお目当ては“物欲センサー”に阻まれ、ほぼ出ないのが現状だ。大半はハズレだ。勿論、推しを自引き出来る幸運な人もいる。どれだけ前世で徳を積んだんだ?って感じ。

 だが、そんなハズレ写真を推しの写真にする事が出来る。それが現代の錬金術・SNSだ。ここで、界隈の『交換』を探す。自分にとってのハズレは誰かにとっての推し!運が良ければ交換に出している人に巡り合える。今回、それがねうさんだった。

 個人情報はなるべく教えたくない。あと現物を確認したいのもあって、手渡し交換を選ぶようにしている。郵送交換でパクられたという話を良く聞くからだ。そう言う意味では、首都圏住みで良かった。しみじみ思う。


 駅の階段を駆け上がると、改札口近くにある小さな花屋の脇に立つ赤いベレー帽の可愛い女の子を見付けた。黒のゴシックワンピースに同志にだけ分かる某ソシャゲのコラボバッグとブーツ。さっき、DMで送られてきた服装そのままだ。

「あの…。もしかして、ねうさんですか?」

「あ…。はい。もしかして、ラム猫さんですか?」

「そうです。」

 そんな会話の後、私達は封筒を出す。

「これ、確認して下さい。」

「はい。…確かに。」

 お互い封筒の中身を確認してにっこりした。取引は無事完了だ。

「ありがとうございました。では…。」

 ぺこり、と頭を下げてすぐに去ろうとするねうさんを呼び止める。

「あ。ねえ、良かったら構内でお茶でもしない?舞台について話したいし」という提案はすぐに却下された。

「ごめんなさい…。今日、他にも取引があるので。また、機会があれば交換お願いします。」

 そう言うと、ねうさんは外回り線のホームに消えた。


「あ~ぁ…。」

 つまんないの。会社では界隈の話を出来る人はいない。家で舞台の円盤(DVDの事だね)を見てると、母がうるさい。友達はいつでも忙しそうで、語る相手がいない私はちょっと淋しい。中学生の頃、ハマっていたアニメを熱く語り合ったように、舞台についての自分なりの考察を色々と語りたいのになぁ…。

 帰りの電車に揺られながら、SNSのタイムラインをチェックする。さっきのねうさんからお礼が来てた。ねうさんはさっき会ったから顔を見たけど、次回街ですれ違っても分からないような気がする。そんなSNSのアカウント名でしか知らない人達。会った事も無い人達の現状の呟きがどんどんあがってくるのは不思議な気分だ。もし明日このツールが無くなったら、この人達とはもう言葉を交わす事も無い。そんな人達と相互な関係。

『今日買ったウエハース。二つ目で推し来た!嬉し過ぎる~!!』

『チケットがご用意されました(壮大な素振り)』

『新しい服を着たうちのコを見て下さい!(フィギュア写真添付)』

『●●先生のサイン本が届いて震えてる…』

 そんなたくさんの呟きに、一言添えて「いいじゃん」マークを推して行く。フォロワーの皆は楽しそうで何よりだ。


 自宅の最寄り駅で降りて、駅前のコンビニに吸い込まれる。新しく出たスイーツは…あった。これこれ、和栗のモンブラン。それとペットボトルの紅茶を買って帰宅する。

「ただいま~。」

「おかえり。あら、何?またコンビニで買って来たの。無駄遣いしてやぁねぇ…。」

「うるさい。夕飯何?」

「今日はアジが安かったから、南蛮漬けにしたの。キノコ沢山いれた炊き込みご飯にお豆腐の味噌汁だよ。美味しいよ。」

「あっそ。」

 部屋着に着替えてからチンして食べる。田舎臭い料理…。もっとオシャレなものが食べたいのに…。うちのおかんじゃ無理か…。不満を抱えながらも完食して、さっきのコンビニデザートの写真をスマホでパチリ。

「いいなぁ。お母さんも食べたい。」

「自分で買って。」

 そう言い残して、デザートとペットボトルを持って自分の部屋に行く。さっき交換してもらった写真の某舞台の円盤をテレビ画面で再生する。はぁ…、私の推しが今日も一番カッコ良い♡これだけカッコ良ければ、いずれは若手の登竜門と呼ばれる特撮ヒーローになって全国区になるのも夢じゃないっ!うっとりとダンスパートを見ていたら、「俊子、うるさい!」と母の声がした。舌打ちをする。仕方なく、少しだけボリュームを下げる。あぁ~、やだやだ。イマドキの音楽を理解しない親って!それに何より、俊子って名前が古臭くて嫌だ。なぁんで、こんな名前を付けてくれちゃったんだか…!文句を言いながら、SNSにさっき買った新作コンビニスイーツの写真と味に対する呟きを乗せる。三分たっても誰も反応してくれない。面白くない…。

『お風呂行ってくるね~』

 誰に言うでもなくそう呟いて、お風呂に入った。お風呂から出たら、母が来た。

「そうだ、今日これアンタに届いてたわよ。」

「何?」

 手渡されたハガキを見る。『引っ越しました』の大文字の下に、門扉の前で映る家族四人の写真があった。中学の同級生からだった。

「奈美ちゃんはすごいわよね~。子供二人いて、今度はおうちまで買っちゃったなんて!」

「別に…。だって、青森じゃん。地価安いんだから、一戸建てだって夢じゃないでしょ。」

「アンタは、結婚だってまだしてないでしょ…。」

「うるさいな~。今時はね、結婚しなきゃいけない決まりなんてないんだよ。二十五歳を過ぎた女はクリスマスケーキと同じ扱いされてた時代なんてとっくに終わったの!」

「そうだけど…。やっぱり、子供を産むことを考えたら早く結婚した方がいいし、今ならまだお母さん子育て手伝えるわよ。」

 にっこりとガッツポーズをする母を冷たい目で見る。

「それさ~、パート先でも言ってない?今時、そんな事言ったら、若い子に嫌われるよ?」

「仕事先では言ってないわよぉ…。アンタだから言うんじゃない。」

「どうだか…。」

 ハガキを受け取って、自室に戻る。奈美ちゃんかぁ、最後にあったのは彼女の結婚式だったからもう十五年は会ってないな。なのに毎年、年賀状がくる。私はもう年賀状は一切出さないので「あけおめ。ことよろ」とだけSNSで返す。昔お互いが熱中したアニメがDVDボックスで出る事を知り、張り切って教えたら「そうなんだ。なかなか見る時間無いし、レンタルにあったら借りて見ようかな…」って消極的な返事が来たから、関係を切った。なのにまだ、こうやってハガキを送って来る。

「バカなの?」

 あ、それとも家買った自慢したいのかな?と思い当たった。はいはい、すごいねー。でも、本州最北端じゃん!そんなド田舎住んでたら、イベント行くの大変じゃん。ハガキはゴミ箱に捨てた。こんなアナログなんかなくても、スマホがあればいつでも繋がれる。

なんだかムシャクシャしたので、SNSでボヤいておいた。SNSはそんな人達で溢れている。負の感情の吹き溜まりだ。


 ガチャッと玄関が開く音がした。

「ただいま。」

「お帰りなさい。お疲れ様。」

「あぁ。今日の飯、何?」

「アジが安かったから、南蛮漬け!あとキノコの炊き込みご飯!」

「いいねぇ~、好物だ。」

 そんな両親の会話が聞こえる。はいはい、仲良きことはよきことかな。うちのおとんはあんまり怒鳴らない。いい父親なのかもしれないが、社会的ステータスは低い。工場の工員だ。最近は工場の海外進出が増えて、明日にも潰れそうな零細勤め。そんなんだから、お察し。うちはどっちかっていうと貧乏。高校まではいかせてもらえたけど、後は働くように言われた。もともと勉強が好きじゃなかったし、オタクなグッズを沢山買いたかったから、別に異論はない。だけど、働き始めてから毎月三万も取られるのは納得いかなかった。

「なんで三万も取るの?」

三万あったら、A席で三回舞台が見られる。大金だ。

「光熱費込の家賃よ。アンタに毎日お弁当だって作ってあげてるんだし、安いものでしょ。」

「別に作ってくれ、って頼んでない!お弁当いらないから二万にしてよ。」

 そう言った事もあった。だが…。毎日、昼休憩に外に食べに行ったり、コンビニで済ませると一万円で約二十日の昼食代を賄うのは難しい。イマドキ、ワンコインで食べられる所はそうそう無いし、買いに行く時間も勿体無い。その時間で、ネットの推し情報収集をした方がよっぽど有意義だ。だもんで、仕方なく三万円を親に払い続けている。

「一人暮らししたら、三万円払わなくていいのよ?」

 たまに嫌味でそう言われるけど、お断り。三万で借りられる部屋なんか無いし、三食作ってもらえて、掃除に洗濯、アイロンまでしてもらえる実家暮らしが最高だ。わざわざ手放す事も無い。


 そんな感じで過ごしてた。私が高校を卒業して働いてる時、友人の大半は大学や専門学校に進んだ。私が仕事を辞めて派遣社員を始めた時、友人達は会社員になった。私が派遣切りにあって次の派遣先で働いている時に、高校の友人達は結婚した。あの時はちょっとした結婚ラッシュだった。結婚式に招待された。仲間内で「きっと順番だからお祝儀は三万円にしようね」という連絡が回ってきた。私はお金が勿体無かったから、欠席に〇をして出した。他人の幸せを見せつけられる位なら、観劇をしていた方がマシだった。

 結婚したら東北に引っ越すと言っていたので、仲が良かった奈美ちゃんの結婚式だけ出席した。でも、その時、推してる俳優の舞台があった。ネットでお祝儀を調べたら、「無理することはない。割り切れなくすればいいから、一万円札一枚と五千円札二枚の二万でもいい」とあったから、それに従った。浮いた一万で観劇した。

 結婚式はとても良かった、料理も美味しかったし、引き出物のグレートも良かった。奈美ちゃんの旦那さんは豚みたいに太ったおっさんだった。あんなのと結婚する位なら独り身の方がよっぽどマシ!そんな事をSNSで呟いた。

 その後は、誰の結婚式に呼ばれる事も無く、私はひたすら推し活に精を出していた。その頃、推し俳優がSNSを始めて直接リプライを送れるようになったのも大きい。ファンはこぞってリプをした。推しからリプを返して貰う事はなかったけど、既読の証で「いいじゃん」マークを押してもらえることが何より嬉しかった。

 社員と比べて派遣社員は気楽でいい。どうしても行きたい推しの舞台は会社を休んで行った。前もって申請すれば、休みは貰える。もらえなかったら…、当日の朝に体調不良の連絡をして休むだけだ。派遣元の会社から「最近、休んでばかりの派遣がいると連絡が入っています。雇用されている事を忘れないで下さい」という注意喚起メールが来たから、SNSのネタにした。面白いと思ったのに、リプも「いいじゃん」マークも全然つかなかった。変なの~。


     Ⅱ


 父が勤めている工場が閉鎖になるより先に父が死んだ。母は泣いていた。人が死んだらやらなくちゃならない事がたくさんある。各種手続きをした。お金が無いから葬式は上げず、直葬にした。死人にお金なんかかける必要ない。お骨は田舎のお爺ちゃんと同じ所にしようとしたら、父の弟にある叔父さんに「金を払え」と言われたので断った。今現在、遺骨は母の部屋にある。

 父が死んでから、私の生活も厳しくなった。父の収入がなくなったからだ。私が家に入れる金額は五万に上がった。文句を言いたいが我慢した。前述したように、五万で身の回り全般やってもらえて光熱費込なら、一人暮らしするよりずっと安いし、楽だからだ。

 追い打ちをかけるように、三年経つ前に派遣先から更新してもらえずに契約を切られた。『休みが多い』というのが理由らしい。心当たりが多すぎるので仕方ない。じゃあ、次行くか~、と思ったが、これがなかなか決まらない。

『仕事が全然決まらない…』

 SNSでそうぼやけば、『私もです。頑張りましょ~!』『派遣の登録会社を変えてみるも一つの手ですよ。私はそれで決まりました』『しばらくは短期バイトするって手もありますよ』とリプがつく。ありがたい。

 派遣先から連絡がきて、会社見学と言う名の面接に行くも落とされる。派遣会社で私の担当になってるSさんは「何か営業先に売り込める武器が無いと厳しいですね~。なにか資格持ってませんか?」と聞かれるが、何も持ってない。

『なんか~、資格持ってないとツブシがきかないって言われた…(:_:)』

 SNSにそう書きこめば、『私も…。だから今宅建の勉強してます。ラム猫さんも一緒にやりませんか?』『趣味を活かしてネイリストの資格とってる最中。楽しいよ』『派遣会社によるかもですが、PCスキルの講座ありませんでしたか?』とか沢山リプがつく。皆優しい。なのに、うちのおかんときたら…。

「全く…、アンタの同級生は皆結婚して子供もいるっていうのに、アンタはロクに仕事すらなくて…。今からでも遅くないから、結婚でもすれば?一人で生きて行くより、ずっといいわよ。お母さんのパート先のお友達にね、アンタの八歳上の独身の息子さんがいる人がいるから、一回食事にでも行く?」

「ハァ~?八歳も違うなんて、おっさんじゃん!絶対、お断り!もう、そういうのいいからほっといてよ!」

「でも、お母さん心配で…。」

「うるさい!いい?勝手に話なんか進めないでよ!」

 そう釘を刺して、自室のドアをバタンとしめた。全く…。どいつもこいつも…。ムカムカする。推しのSNSを見る。次の舞台告知はまだ来ないけど、推しが動画チャンネルを始めていた。マジかよ!?大急ぎで動画サイトにジャンプした。


「はい、どうもこんにちは~♪ん?こんばんは?あ、おはようの人もいるのかな?じゃあ、おはこんばんわで全対応オールオッケーだねっ♪いつも、応援してくれてどうもありがとう。忙しいとSNSの更新もままならないけど、今はちょっと舞台が出来ない情勢が続いているので皆が僕の顔を忘れちゃったら、悲しいな~と思って、動画配信を始める事にしました。編集とかよく分からないから、至らない点もたくさんあると思うけど、そこは目を瞑ってやって下さい。(ぺこりとお辞儀)で、一回目の配信、何しようかな~と思ってたんですけど…。いつも、ファンの皆さんにプレゼントしてもらってもお礼を言えて無かったので、それにしようと思って…。丁度以前までやってた舞台で劇場に差し入れていただいたプレゼントが事務所から送られてきたんですよ。ですので、今日はそれの開封動画で~す。君が送ってくれたのもあるかな?」

 そう言って、大きな段ボールの中から、包みを取り出して行く。

「これは…えっと…“胃悪算数烏龍茶”さんからですね…。「翔さん、いつも推しを三次元に降臨させてくれてありがとうございます。これからもずっと応援しています」って、こちらこそありがと。いつもリプくれる人ですよね?しかも…これ!僕が欲しかったけど買えなかったゲームのコラボバッグじゃないですか!?マジ、嬉し~♪今度、これ持って現場行きます!」

 そう言うと、翔君はそのバッグを斜め掛けした。次の包みを開ける。

「これは…“東雲麻美”さん!?え?東雲さん?(ガサガサと包みを開ける)見て!本人っ!直筆イラスト頂いてしまいました~!」

 翔君がそう言ってこちらに見せたのは、先の舞台でキービジュアルを描いていた絵師さんが翔君の演じた役を描いた色紙だった。

「うわ~!東雲さん!ファンです!ありがとうございます!こちら、家宝に致しますね!」

 そう言うと、カメラで良く見える位置に立てかけた。

 それから先も名前を読み上げてお礼を言いながら、送られてきたキャップやシャツ、アクセサリーなどを紹介していく。最後に、「個人の住所が見えちゃうといけないから、上から失礼~」と言って、箱に大量に入っているファンレターを見せてくれた。

「これ、皆からもらったラブレターじゃない…ファンレター!いっつも元気もらってます。ありがとね!次の舞台が決まったら、皆にすぐに教えるんで待ってて下さい。では、まったね~♪」

 両手をひらひらふって、チャンネル登録と高評価よろしくの文字が出て終わった。


 ………!なんてことだ!私もファンレターを送らねば!ていうか、プレゼントを送らねば!送れば、名前を呼んでもらえてファンサがもらえる!これは由々しき一大事であった!今回名前を呼ばれた人達を私はSNS上で知っている。推しのリプ欄で名前を見た人達ばかりだからだ。早速東雲さんのSNSを覗く。早速呟いてた。

『推しの翔君が…!私のファンって…!もう●んでもいい!(号泣)』

 それには『おめでとうございます!』『先生の愛が届いて良かったですね!』『あのイラスト素敵だったので、翔君が大喜びするの分かります…!』『推し様と推し様の絡み…最高でした♡』とたくさんのリプと「いいじゃん」マークがついていた。まー、有名人はいいよね~。

 次に胃悪算数烏龍茶のSNSを覗く。こっちも騒いでた。

『翔さんがっ!私のっ!名前を呼んでくれたんだがっ!?夢か!?現実か!?現実なら私、召されるんか!?(死刑執行前にはご馳走が出される事を知っているオタク)』

 …馬鹿みたいにはしゃいでた。ムカつく。でも、そのリプ欄は祝福の言葉で溢れていた。

『いーわるさんおめでとー!』『翔さんに認知されましたよ~!』『胃悪さんがより胃悪になってしまう…。生きて!』『おめでとー!』『良かったね~♪』とこちらも祝福の言葉が並んでいた。

 …私だって…。翔君が小劇場でデビューした舞台から見てるのにっ!ムカついたから『推しに認知してもらって嬉しいのは分かるけど、名前呼んでもらえない人も沢山いるんだから、もう少しわきまえたらどうですか?』ってリプしたら、ブロックされた。ムカつく。嫌なら見るな、ってか?

翌日、私は地元の駅ビルに行った。翔君へのプレゼントを探す為だ。二十代の男の子が欲しがるものは良く分からない。インタビューではゲームが好きって言ってた。良くやるのはRPGだけど、最近はネトゲの人狼ゲームにハマってるって言ってた。「もしかしたら、知らないうちにファンの誰かと対戦してるかもしれませんww」って言って笑ってた。そのグッズを見付けたからそれにした。可愛いレターセットも買って帰り、急いで手紙をしたためた。それを段ボール箱に入れて、宅急便で事務所宛てに送った。


 五日後、動画がアップされた。今度は「歌ってみた」だった。翔君が好きだと言うアニメのエンディング曲を弾き語りで歌ってた。コメント欄は『歌うまっ!』『ギターも弾けるイケメン!』『顔良し!声良し!歌もよし!三拍子そろってるのに楽器まで!』『これはもう次回の舞台で生演奏待ったなし!』と称賛で溢れていた。私も勿論コメントをした。

 七日後。今度は「踊ってみた」が上がった。休日にやっている特撮番組のオープニングダンスだった。本業だけあって、キレッキレだった。高評価ボタンを百回押したくなった。何故、一人一回しか押せないのだろう…。

 二週間後。「皆、応援いつもありがとう」動画が上がった。前回同様、名前を読み上げて、プレゼントを開けて紹介していく。

「これは、“玉子飯”さんから頂いたゲーミングキーボード。先日、SNSで「キーボードの調子が悪い…。しばらく様子見」って書いたら、ソッコー送られてきてビビりました…。TAMAZONかな?(笑)ありがたく早速使わせていただきます。コードレスでカッコイイ!」

「これは、自分じゃ買えないブランドのシャツ!すげー生地がいいの分かるかな?本当に貰っていいの?“翔上爺ぃ”さん、ありがと~♪」

「こっちは、“しろっこりー”さんが送ってくれた某ゲームのって…見たら即バレ(笑)のキャップ!キャップは良く被ってるんで嬉しいです!しかも、これ、僕が買い逃した一番最初にでたヤツなんです!マジで貰っていいの?ありがとね!(早速かぶる)」

「これは…地元の駄菓子!この手羽先、ホントに美味しいんだけど、こっちじゃ全然見掛けなくて探してたやーつ!!マジ、嬉しい!送ってくれて、ありがと、“ひろ”ちゃん♪」

 約二十分の動画が終わった。私の送ったプレゼントは紹介されなかった。もしかしたら、まだ事務所から翔君の所に転送されてないのかも…。そう考えて、落ち着いた。今回も動画で紹介された人達のSNSを覗きに行った。皆、浮かれまくってた。ムカつく。憎い…。翔君は動画編集が忙しいのが、動画配信を始めてから、SNSで「いいじゃん」マークを押してくれなくなった。フォロワーが五万人を超えてリプライもたくさんつくようになったから仕方ないのかもしれない。

『不器用だから、動画編集に時間とられて「いいじゃん」押す暇ないけど、ちゃんと読んでるからね♡いつも応援ありがとう♡来月にはいいお知らせ出来ると思うので、お楽しみに♪』

 写真付きでSNSが更新される。もう「いいじゃん」マークがつく事はないと分かっていてもリプを送る。

 もしかしたら、もっといいプレゼントじゃないと駄目なのかも…。そう思って、ネットを漁る。オススメにあがる翔君が好きだと言っていたブランドのTシャツは、Tシャツなのに一枚一万円を超えていた。高い…。でも、一万円で名前を呼んでもらえるのなら…!プレゼント包装を選んでポチった。翌日届いた。荷物を受け取った母は「アンタ仕事も無いのに、こんな物買ってないで!」と文句を言ってきたが、無視した。「好きです。ずっと応援しています」とメッセージを添えて事務所宛てに送った。追跡システムを確認したら、地元の営業所を出た先でナンバーが追えなくなっていた。配送業者に連絡したら紛失したと言われ、盛大にキレた。私の怒りに怯えたのか、お偉いさんが弁償します、と言って謝りに来て「これでお許しください」とTシャツの二倍の金額を迷惑料として払ってくれた。ムカついたけど、ラッキーと思った。それで前と同じTシャツを買おうとしたら、違うサイトで半額以下で売りに出されてた。これまたラッキーと思ってポチって、それを送った。

 十日後の動画でも名前を呼ばれなかった。動画の最後で翔君は言った。

「えっと…。皆に分かって欲しいのは、この動画で皆に貰ったプレゼント全部を紹介出来る訳じゃない、って事です。そこを分かって欲しいっていうのが第一。あと、高額な物を送れば紹介してもらえる訳じゃないって事を分かって下さい。お手紙だけで充分嬉しいんで!お手紙プリーズ!事務所から「これはステマになりそう…」って物や「偽造品の疑いがある」って言われた物はトラブル防止の為、紹介出来ませんのでそこはご了承ください。では…。」

 ぺこりと頭を下げて動画は終わった。

 気になった私は、先日Tシャツを買ったサイトを覗きに行った。無くなっていた。ネットを漁ると「若者に人気の某ブランドの偽造品を売っていたネットショップ摘発」とあった。二回目に私が購入した所だった…。なんで…。一回目はちゃんと正規のショップで買った!翔君に送る荷物の欄に●●のTシャツ在中とブランド名を書いたのがいけなかったのか?でも、そう書けば、すぐに目に留まって手にとってくれると思ったから…。二回目はお金をケチったのがいけなかったの…?

 仕事は全然決まらないし、推しへのプレゼントは偽物を掴まされて名前も呼んでもらえなかったし…。最悪…。世の中に対する恨みつらみをSNSに吐き出しておいた。は~、スッキリした。


    Ⅱ


 久しぶりにチャットにメッセージが来た。高校時代の友人からだった。

「旦那の転勤で関東に帰ってきました!街で会ったらよろしくね♪」

「やった~♪」「お帰り~!」とかグループはひとしきり盛り上がってた。その子の結婚式は行かなかったし、現状にも興味が無かったからコメントはしなかった。その後、そのチャットが動く事もないな…、と思って良く見たらルームは解散していた。自分が弾かれたのだと気付いたのはその時だ。でも、いい。別に地元の友達なんかいなくても、私にはSNSのフォロワーがいると思ってた。


 翔君のSNSが更新された。

『情報解禁!舞台『和色男子。』で秘色役を務めさせていただく事になりました!頑張ります!』

 その言葉と共に、舞台衣装を身に着けた翔君が映ってた。速攻リプを送った。


 その後、チケット争奪戦になった。まさかの全落ちを体験した。凹んだ…。会った事も無いフォロワーが慰めてくれた。

『翔君、動画配信始めてから知名度上がったから仕方ないですよ。私も今回は前楽の一回しか取れませんでした…』

『ドンマイ!当日券にワンチャン…!』

『私も自分は全落ちで、友人がとれたののご相伴です…』

 推しの知名度が上がり、売れるのは喜ばしいがチケットが取れなくなるのは辛い…。譲渡を探すも上がってなかった。もしや、古参ぶってるのがいけないのでは?と思った私はサブ垢を作った。無料のアイコンメーカーで可愛い女の子のイラストのアイコンを作った。“ゆりな”として、『動画配信で翔君を知った新参者です。よろしくお願いいたします』とプロフィールに書いて「『和色男子。』の舞台見たかったけど、チケットご用意されませんでした…。ぴえん」と顔文字付きで呟いた。

『それは残念でしたね…』『私、三年前から推してますが、未だにチケ争奪戦に勝てません…。こんな人もいるので、ふぁいとです!』『今回は配信もある筈なので、サイアクそれで!』とか本アカではきたことない数の励ましのリプが来た。嬉しかった。嬉々としてリプ返した。皆、界隈に足を踏み入れた初心者には優しいということか?それとも、アイコンを可愛い女の子のイラストにしたのが良かったのか?後者の可能性が高いような気がしたので、なるべく若い感じの文章を打った。本アカにはないリプのやり取りがすごく楽しかった。だから、サブ垢にずっといた。


 仕事は未だに決まらない。おかんは「もうバイトでいいから、家にお金をいれて」と散々文句を言ってくる。

「うるさいな~。バイトじゃ有休もないじゃん!今、仕事探してるんだから待っててよ!」

 そう怒鳴って、スマホで求人情報を漁る。後は派遣会社からの連絡待ちだ。一向に連絡が来ないので、違う派遣会社にも登録した。一週間後に連絡が来て、早速会社見学に行った。オフィスは綺麗だし、向こうの対応も良かったので「こりゃ決まったな」と思って足取り軽く帰宅したら、その日の夜に「今回はご縁がありませんでした」と連絡が来た。

「なんで!?好対応でしたよ!」と食い下がるも「すみません…。私の力不足で…」と謝られる。「ホント!もっとしっかりしてよね!使えないな~!」と吐き捨てるように言ったら、流石にカチンときたのか言い返された。

「お言葉を返すようですが、今回の仕事が決まった方はPCスキルに加えて英検一級の資格の持ち主でした。他にFPの資格もお持ちでした。貴方様は何か売り込みに有利になるような資格をお持ちですか?」

 ムカついたから、そのまま電話を切ってスマホをベッドに放り投げた。

 その時、スマホの通知音が鳴った。慌てて拾い上げてみると翔君がSNSを更新していた。今日から始まった舞台を終えての報告だった。舞台衣装を身に着けたまま、他の演者さんと一緒にピースサインをしてる写真があがっていた。その眩しい笑顔を見て、どうしても舞台に行きたくなった。通帳を見る。仕事が無くなって収入がなくなっても、スマホ代をはじめとする支出は待ってくれない。残高は減るばかりだ。特にこれまで「今を楽しまなきゃ損!」とばかりに入るお金の全部を趣味に突っ込んできたので、残高は三万を切っていた。他に定期預金とかも無い。詰んでいる…。今すぐ仕事が決まったとして、給料が入るのは一か月後だ…。でも、翔君の舞台が見たい…っ!!

 悶々としながら、今日観劇した人達の感想をSNSで漁る。そうしたら、『急募!明日の『和色男子。』マチネに行ける方!』とあった。大急ぎでリプを送る。

『検索から初めまして!明日のマチネ行けます!大好きな翔君の舞台、是非見たいのでよろしくお願い致します!』

『初めまして、ゆりなさん。小麦子です。明日、一緒に舞台に行くはずだった友人がインフルエンザにかかってしまい、同行者を探してまして…。宜しければ、明日現地集合でヨロシクお願いいたします。詳しくはDMで。ので、フォロー失礼致します。』

『こちらこそ、よろしくお願いいたします!では、こちらもフォローさせていただきますね』

 やった!ついてる!“小麦子@美味しい物は高カロリー”さんを早速フォローした。明日の待ち合わせ時間を確認する。あとは明日またDMでやり取りをする事にした。

小麦子さんはSNSで早速呟く。

『明日、推しの舞台に穴を開けずにすみそうです…』

 そこにリプライがついた。

『しごおわ!むぎ~!まだ間に合う!?私、明日行ける!!』

『たこぽんさん!ちょっと待って!』

 すぐに私にDMが来た。

『小麦子です。ゆりなさん、大変申し訳ないのですが、先程のお話を白紙にしていただけませんか?』

 冗談じゃないっ!

『一度決まった話を撤回するなんて、ひどいです…。折角翔君の舞台、初めて見られると思ってたのに…』

 良心に訴えるDMを返してたら、『そうですよね…。ごめんなさい。嫌な気持ちにさせて申し訳ありませんでした。では、明日ヨロシクお願い致します』と返事が来た。うんうん、分かればいいのよ、分かればね…。

 その後、小麦子さんとたこぽんさんはSNS上でやりとりをしていた。

『ごめんね…。もう決まっちゃったから…。でも、一緒に行く子、翔君の舞台初めてみたいだから、布教してくるよ♪』

『なら、しゃーない。私は千穐楽があるから、明日楽しんできて♪』

『ありがとー!次回があったら、まずたこぽんさんに声掛けるね!』

『さんきう♡』


     Ⅲ


 翌日。親の手前、仕事を探しに行く振りをして家を出た。劇場へと向かう。色々詮索されるのがイヤだったので、時間ギリギリにDMを送る。

『すみません!初めてだったので、迷子になってしまいました!今、どこですか?』

『良かった!事故にあったのかと思って心配してました。入り口前にいる白いワンピースが私です』

『今、向かいます!』

 入り口わきで不安そうにキョロキョロしていた彼女に声を掛ける。

「こんにちは!小麦子さんですか?」

 こっちを見た彼女はぎょっとした顔をしたが、開演時間が迫っているからか大急ぎで「行きましょう!」と私を促した。席につく。なんと、前から五番目!ドセンの神席だった。これなら、肉眼で推しの表情が見える。私は眼鏡を装着した。すぐに開演を知らせるベルがなった。辺りが暗くなる。法螺貝の音がして、軽快なオープニング曲が流れる。宣材写真と共にキャスト名が流れていく。そして、始まる舞台。秘色を演じる翔君は忍者役だけあってアクションが凄かった。見ごたえあった。あっと言う間の二時間だった。

 観劇を終えて、会場の外に出る。小麦子さんが口を開いた。

「舞台、最高でしたね♪いきなりだったのに、今日はどうもありがとうございました。それで…、今日のチケット代なんですけど…。」

 もじもじと言い出した小麦子さんに私は言った。

「は?」

 向こうも言った。

「え?」

 鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしていた。

「推しの舞台に穴を開けたくないから、誘ったんでしょ。昨日、お金の話なんてしてなかったじゃない!急な募集だったにも関わらず、仕事休んで来てくれてありがとうでしょ!」

「そ、それはそうなんですけど…。今日のチケ、S席だし…。私、まだ学生でチケ代払ってもらえないと厳しいって言うか…。半額でもいいから少しは出して貰えないでしょうか…?」

 泣きそうな顔で言って来る。

「嫌よ!」

 そう言って、逃げた。観劇を終えて楽しそうな人混みを掻き分ける様にして走り去った。

「待って…!」

 背後で声がしたが、知~らない。どうせ、もう二度と会う事の無い人だ。気にする事は無い。帰りの電車に揺られながら、SNSを立ち上げたら、小麦子さんからDMがたくさん入ってた。『五千円でいいから払ってくれるとありがたいのですが…』『これから就職活動もあって、そんなにバイトも出来なくなってしまうのでお願いします』etc…。ウザかったから、サブ垢毎消した。バイバイ。


 それから、久し振りに本アカでSNSを立ち上げた。こっちにはしばらく浮上してなかったけど、特にリプライも何も入って無かった。フォロワーはそこそこいるのに、誰にも相手にされて無いような気がして凹んだ。

 そこにフォロワーから、『注意喚起』が回って来た。

『今日の翔君のマチネでS席観劇させてもらったのに、チケ代を踏み倒して逃げた奴がいるらしいよ!“ゆりな”って奴だけど、最近作られた垢だった上に、もう垢消しして逃げたらしい!同様の手口があるかもしれないから、新しい垢の人と取引する人は十分に気を付けて!』

 またたくまにRTカウントが増えて行く。リプもどんどん着いて行くから、覗いてみる。

『同じ翔君推しとして、信じられないし、許せない!』『界隈に一人、そういう非常識な人がいるだけで、同じ翔君ファン全員そういう目で見られるからマジやめて欲しい…』『やられた人もだけどさ、翔君、悲しむよね…』『あ~あ…。こういう低モラルの奴が増えるから、あんまり売れて欲しくなかったんよなぁぁ…!』『皆さん!コイツです!(私がやり取りした時のスクショ)』『これ、相互さんが「いける!」って言ったのを譲ってもらった筈なのに…許せない!』『定価の二倍払うから、私を誘って欲しかったよ!チクショウ!昨日残業さえなければ…!』

 それらを見ながらも、他人事だった。

 

     Ⅳ


 その後、なんとか仕事が決まった。倉庫のピッキング作業だ。事務じゃないから、座れなくて辛い。足がむくむ。でも、仕方ない。

『今日から新しい職場。慣れない仕事で疲れたよ~』

 嘆けば、『お疲れ様です』『慣れるまでの辛抱です』『仕事決まったんだね。おめでとう』と三件だけリプがついた。ここのところ、低浮上だったせいで絡む人がめっきり減ってしまった。今度は女子大生を偽ったサブ垢でも作ろうかな…とぼんやり考えてたら、フォロワーさんの呟きが上がった。

『都会の民で、このカラオケコラボに行ける人~!ドリンク代払うからコースター代行してくれませんか?』

 見れば、今日からの職場で降りた駅にあったカラオケ屋だった。

『私、行けますよ!』

『ラム猫さん!お願いしてもいいですか!』

『了解~』


 翌日、仕事帰りに寄って、2杯注文した。コースターの写メを撮って送ったら、片方が推しだったらしくとても喜ばれた。

『ラム猫さん、ありがとう!早速ドリンク代振り込みます!』

 そこから、DMのやり取りに切り替えて、口座番号を教えた。私は、封筒に入れてコースターを送った。2日後、入金があった。1週間後、そのフォロワーから小包が届いた。「代行して下さってありがとうざいました。無事、受け取りました。これ、少しですが、地元のお菓子です。島国からでは、そのカラオケ屋に行くまでの交通費が掛かり過ぎるので助かりました。」

 早速、SNSにあげた。ひさしぶりに「いいじゃん」マークがたくさんついた。ただでドリンク飲んで、お菓子も貰えるってサイコー!こういう美味しい案件もっとないのかしら?


 その後は、そんな美味しい話も無く、チケ代よりは配信代の方が安いので配信を買って舞台を見ていた。配信の良いところは、同じ趣味を持つフォロワーとSNSでリアルタイムで盛り上がれるところだ。

『今のジャンプ!すごく高くない?』

『だよね!』

『惚れる!!』

 そんなやり取りをして楽しむ。グッズは通販で買った。ランダムブロマイドはハズレばかりで、推しの翔君は出なかった。配信を始めて人気になったせいで、交換レートが上がってしまったのも痛い。でも、レアなサイン入りがどうしても欲しかった。だから、サイン入りブロマイドが売りに出ていたフリマアプリで購入した。その際、支払いは後払いをお願いした。「以前、こちらのサイトを使った時に、先に振り込んだら商品が送られてこなかった事があるので、後払いでいいなら購入したいです」そう一文添えたら、最初は渋ってたけど、了承してもらえた。普通郵便で送られてきた。私は出品者に連絡をいれた。

「あの…。ブロマイド、いつ頃送ってもらえるでしょうか?」

「二日前にお送りしましたが、まだ届いてませんか?民営化してから、どんどんサービス改悪されてるので郵便物が届くの少し遅いのかもしれませんね…。」

 三日後にまた連絡を入れた。

「あの…。まだ届かないんですけど…。追跡番号とか分かれば教えていただけませんか?」

「すみません…。普通郵便で送ったので、追跡番号とか無いんです…。」

「そんなぁ…!すっごく楽しみにしてたのに…。」

「お待たせしてしまい、申し訳ございません…。こちらから郵便局にちょっと問い合わせてみます。」

「宜しくお願いします。」


 翌日、連絡が来た。

「申し訳ありません。普通郵便だったので、追跡調査は出来ないとの事でした。よって、今回のお取引は無かった事にさせて下さい。これまでは普通郵便でちゃんと届いていたので、まさか、郵便事故にあうなんて思ってもいませんでした…。」

「分かりました…。残念です…。」


 やり取りを終えてから、笑いが止まらなかった。三千円払わずに、推しのサイン入りブロマイドを手に入れたからだ。ラッキー。世の中なんて、チョロい。こんな感じで生きて行けば、お金を使わずに推し活が捗るな、って思っていた。


     Ⅴ


 推しの舞台の円盤が出た。次の舞台のチケットが優先的にとれるシリアルナンバー付きなので購入した。ウッキウキで帰宅して、流しに今日のお弁当箱を置いて、早速見始めた。この界隈のDVDはボリューミーだ。舞台本編のディスクに加えて、定点カメラで撮った映像と俳優達の練習風景を収めた特典ディスクがあるからだ。トータル時間が十時間越えも珍しくない。なんなら、特典ディスクが目当ての人もいる位だ。推しの素顔を見る事が出来る。ダンスの練習風景や、普段着姿も満載で目の保養だ。若手俳優同士がわちゃわちゃしてるのを見るのはとても楽しい。

 そんな訳で、気付けば最後まで見てしまった…。時計の針はもう明け方四時を回っていた。トイレに行ってから、ベッドに入って寝た。


 翌日。目覚めたら七時半だった!今の職場には、七時に家を出ないと間に合わないのに!大急ぎで着替えて、台所に行く。朝食は準備されて無かった。それどころか、昨日、流しにおいたお弁当箱もそのままだった。

「もう!なんで起こしてくれなかったのよっ!間に合わないじゃないっ!!」

 そう吐き捨てて、大急ぎで家を出た。ムカムカしてた。おかんが朝ごはんもお弁当も作ってくれなかったから、今日は二回ご飯代がかかる!お金払ってるのにっ!ムカつくから、来月は家に四万しかいれないんだからね!

 そんな日に限って、職場は忙しい。どいつもこいつも通販しやがって!自分で買いに行けよ!と思いながら、指定されている品物をピッキングしていく。帰る頃には、足は棒のようだった。「御疲れ様で~す」と言いながら、若い子が私を追い越してゆく。若者は元気でいいねぇ…。


 電車に乗って、帰宅した。

「ただいま~。」

 そう言って、玄関を開ける。真っ暗だった。

「ちょっと…。おかん、今日どっか行ってるの?も~!最悪!こっちは疲れて帰って来てるのにさ!」

 怒りに任せてドスドス歩きながら、台所に行く。昨日流しに置いたお弁当箱がまだそのままそこにあった。

「おかん…?」

 不安に駆られて、母の寝室に向かう。母は、ベッドで寝ていた。

「も~!ビックリさせないでよ!何?熱でもあるの?」

 そう言って、近付いて気付いた。母は息をしていなかった…。

「………!!!!!」

 動転した。慌てて救急車を呼んだ。サイレンを鳴らしながら救急車が来た。救急隊員が脈を測った後に言った。

「残念ですが、御臨終です。時間的には結構前に亡くなってるようですが、お気づきになりませんでしたか?」

「……仕事が忙しかったもので…」

 そう言葉を濁した。

「ここからは警察の担当になります。」

 そう言い残して、静かに救急車は去って行った。

今度は警察が来た。特に事件性は無しと判断された。

「老衰ですね…。お悔やみ申し上げます。」

 そう言い残して、帰っていった。私は部屋に一人取り残された。

 なんで…?どうして…?と疑問符が私の頭をぐるぐる回る。明日から、誰が私のご飯を作ってくれるの?洗濯は?アイロンは?葬式の手配より、自身の身の回りに対する不安が込み上げる。

 母のパート先に連絡をいれたら、同僚だと言う人が香典を持って訪ねてきてくれた。

「お母様には大変、お世話になりました。」

 そう言って、去っていった。とりあえず、父の時と同様の手配をした。


     *****


 私は一人になった。母の部屋に父の遺骨と母の遺骨の入った箱が並んでいる。お墓に入れるのはお金がかかる。そんなお金、私は持ってない。でも、ずっと両親の骨が同じアパートの一室にあるのは嫌だった。私は紙袋にそれぞれのお骨の入った箱を入れて梱包した。外から中身が見えないようにする。それを大きめのショッパーに入れて、休日の電車に乗った。ガタンゴトンと環状線に揺られる。途中で、殆どの人が降りた。その時に私はショッパーを頭上の棚に置いた。それから、目を瞑る。ガタンゴトン…。心地よい揺れは私を眠りに誘う。鞄を抱えて私は寝た。

「閉まるドアにご注意下さ――」

 そのアナウンスで目を覚ます。いかにも乗り過ごした!って感じで、私は大慌てで前に立つ乗客を押しのけてホームに降りた。すぐに背後でホームドアが閉まる。電車はそのまま走り去る。さよなら、父と母の遺骨。あのまま電車に揺られて、誰かが金目の物かと思って持ち去るかもしれない。そのまま誰にも手を付けられずに、忘れ物センターに送られるかもしれない。どのみち、二度と私の所に戻ってくる事はないだろう。

 駅のホームにある自販機で紅茶を買って飲んだ。一仕事終えた気分だった。飲み終えてペットボトルを捨てようとしたら、自販機の横にゴミ箱が無かった。舌打ちをして、そのまま横に置いて、次に来た電車に乗って帰った。


 私の生活は更に苦しくなった。もう家賃も光熱費も食費も全部自分で払わなくてはならないからだ。最悪…。舞台なんか見に行ってる場合じゃなかった。でも、見たい!また前みたいに美味しい話は転がってないかしら…。SNSを舐めるように見る。無い…。

 タイムラインに流れてくるフォロワーの呟きは全部楽しそうだ。

『ずっと翔君を追いかけてたけど、今度結婚することになりました。これからは程々の推し活をしていきます。ちなみにこれは今日試着したドレス。(マーメイドラインのウェディングドレス写真)』

『私も人生初彼氏(二次元じゃない!)が出来ました!』

『ネイリストの資格が漸くとれましたー!』

『祝!宅建合格!自分で自分を褒めてあげたい。良く頑張った!てんで、今夜は贅沢に回らないお寿司を食べに来たよ~♪』

 いいな、いいな。うらやましいな…。「いいじゃん」マークを押しながら、どうして私だけ…と虚しくなった。推しに認知してもらえない。彼氏もいない。ロクな仕事にもつけなくて、親に死なれた派遣社員じゃ、明るい未来なんて描けない…。そんな時、ふっと思った。そうだ、フォロワーが私に誰かを紹介してくれたらいいんじゃない?

 そう思って『誰かいい人いたら、紹介して下さい』と呟くも何の反応もない。何よ…!と思って、いつものようにスマホをベッドの上に放り投げたつもりが、勢いよく投げたせいで壁に当たった。鈍い音を当てて、スマホが床に落ちた。画面にヒビが入って、真っ黒だ。慌てて電源を入れ直す。うんともすんとも言わない。画面は黒いままだ…。

 困る!スマホはこれ一台しかない!仕方ないから、翌日、無断欠勤をして修理屋に足を運んだ。

「あ~。これ、ちょっと時間かかりますね…。」

 そう言う店員に「それじゃあ困るの!こっちは死活問題なんだから!」と怒鳴って、なんとか今日の三時までに修理する事を承諾させる。

「代替機は?」

「あ~。今、そういうのはやって無いんですよ。でも、三時までなんて、その間我慢してもらえれば…。」

「…使えない店ね!」

 そう吐き捨てて、外に出た。三時まで何をやって。時間を潰そう…。ぼーっとしてたら、誰かにぶつかった。

「痛いわねっ!」

 怒鳴ったら「こわっ!そっちがぶつかって来たんだろ!気を付けろ、ババア!」って言われて、更にムカついた。

誰がババアよ!クソガキが…!そう思って、振り返った時、ショーウインドーに映った自分が見えた。ババアと呼ばれても仕方ない程に、白髪交じりでぼさぼさの髪。毛玉のついた洋服に不似合いな大きなフリルのついたてらてらした素材のトートバッグ…。

「え…?」

 自分で自分にびっくりした。こんなに老けてる訳がない!そうよ、アイコンメーカーで作った程じゃないにしても、私はまだ若くて…。そう…、翔君を追いかけてる若い子達とちょっと差はあるけれど、もっと若くてはつらつをしているつもりだった。ショーウインドーに映る猫背で小太りで生活に疲れ切ってるこのおばさんは誰…?

 認めたくなかった。自分が歳をとっている事を。でも、認めざるを得なかった。

 よろよろとその場を離れた。コーヒーショップに入って、カフェモカを注文する。飲みながら、ぼーっとしていた。隙間時間にはいつもスマホでSNSをやっていた。スマホが無い今、どう時間を潰せばいいのか分からない…。そのまま、無為な時間を過ごしていたら、「すみません…。店内混雑してきたので、かなり前に飲み終えてるようですし、お帰り頂いてよろしいですか…」と追い出された。後は街をフラフラして過ごした。スマホが無いから、時間が分からない。前はもっと街中に時計があったハズなのに、今は時計がある場所を探すのも一苦労だ…。

 何とか、三時を迎えた。店にスマホを引き取りに行く。

「一万二千円です」と言われた。手持ちじゃ足りなかった。

「カードで。」

 そう言って、カードをかざすもエラー音が鳴った。

「ちょっと待って下さいね…」

 そう言って、店員が奥に引っ込む。戻ってきて告げた。

「すみません。前回、口座引き落としが出来なかったそうで、このカード使えないそうです。」

「そんな…!とりあえず、スマホ返して!」

「料金を払っていただかないと困ります…。」

「こっちもスマホが無いと困るのよ!」

「ですから、銀行で下ろしていただくなりしていただいて…」

「……分かったわよ!払えばいいんでしょ、払えば!」

 ムカつきながら、近くのコンビニに入る。余計な手数料をとられながら、銀行から残り僅かのお金を引き出した。それをむき出しで掴んで持って行って、カウンターに叩きつけた。

「ホラ!持って来たわよ、一万二千円!」

「はい。確かに…。では、こちらになります。受け取りにサインを…。」

「フン!」

 殴り書きして、ボールペンを叩きつけると店を出た。一つ目の角を曲がってから、スマホの電源を入れる。職場から着信が入っていた。慌てて、かけ直す。

「すみません…。今日、ちょっと急用が入って…」

「あぁ。君ね。もう明日から、来なくていいから。君の所属する派遣会社にも言っておいたから。こんなにしょっちゅう勝手に休まれちゃ、こっちも困るんだよ。身内の方にご不幸があったっていうから、大目に見てたけどもう限界…。特にスキルも無いおばさんが雇ってもらおうと思ったら、勤務態度位は真面目じゃないとどっこも雇ってくれないよ!」

 そう言われて、一方的に電話を切られた。何よ、何よ…!


 SNSを立ち上げる。二百人ちょっといたフォロワーがごっそり減って、一桁になっていた。なんで…?

 慌てて、これまで相互さんだったアカウントを覗こうとするも見られなくなっていた。ブロックされているらしい。

『なんで、皆いなくなっちゃったの…?』

 そう呟いたら、ポコンとリプがきた。

『何、悲劇のヒロイン気取りしてんの?皆、お前がやった事知ってるんだよ。以前、翔君のマチネのチケ代踏み倒したの、お前だろ!』

 …なんで?なんで、バレたの…。SNSは匿名性の高いツールなのに…。

『某フリマアプリでさ、翔君のサイン入りブロマイドパクったのも、お前だろ!この泥棒!』

 スクロールする指先が震えた。なんで、そんな事もバレてるの…。慌てて、自分のアカウント名を検索したら、スクショ付きでどんどんひっかかった。

『注意喚起!チケ代踏み倒し&サイン入りブロマイドパクリおばさん!また垢名変えて界隈に出没するかもだから、要注意です!』

『郵送取引するお方!S県O市在住のイニシャルT・Tさんにはご注意を!郵便事故を装って、代金踏み倒す事例アリです!ご不安な方はDM下されば、そっと本名教えます!』

『皆、手ぬるいな~。コイツだよ!○○の円盤に映ってたコイツで間違いない!(目に棒線をいれた画像付き)』

 スマホを持つ手が震える…。嘘…。こんなの嘘…!アカウントを消したら、分かりっこない筈だったのに!なんで…!どぉして…!

 ポコン、ポコン、ポコン!私のアカウントに対するリプを知らせる通知音が鳴りやまない…。嘘よ、ウソ嘘。こんなの嘘!ぜ~んぶ嘘!


 私は誹謗中傷に耐え切れなくなって、アカウント毎、そのSNSをアンインストールした。震えが止まらない。そうだ、もうこの住所に住んでられない!大急ぎで引っ越さないと!あぁ、でも、引っ越しに先立つモノが無い!どうしたら…。

 そうよ!こんな時には、近所に住んでる友人を頼ればいいんだ!もう何年も会ってないけど友達だもん!困った時には助けてくれるよね?

 チャットツール…は、この前ルームを解散されていたんだった…。ずっと前から更新されてない電話帳に入っている電話番号にかけるも「現在この電話は使われておりません」や「はい…。染谷ですけど?」と全然見当違いの人しか出なかった。ここへきて、友人を大事にしてこなかったツケを一気に払わされた気分だ。自分で切ったつもりが、全員に切られていた。

 そうだ…!奈美ちゃんは?奈美ちゃんだけは、毎年年賀状をくれる!彼女なら…!私はメッセージを送る。既読はつかない…。待ちきれなくて、電話した。

「現在、電話に出る事が出来ません。御用のある方はメッセージの後に…」のアナウンスに流れる後に、ひたすら喋った。両親が死んだ事。仕事が無い事。頼れる人がいない事。

「お願い…。助けて…。」

 そう言った後に、ガチャ…と繋がった。

「俊子ちゃん?」

「奈美ちゃん!助けて!私、どうしたらいいの!!」

 だけど、奈美ちゃんは冷たく言った。

「そんなの、私に言われても困るよ。俊子ちゃんが人間関係を大切にしてこなかったバチがあたったんでしょ。皆で取り決めたお祝儀の額も守れない。人の旦那に対して、さんざんデブだのなんだの言ってたよね。私が送った引っ越しハガキも「家買った自慢ハガキ来た。本州最北端で一戸建て買ってもちっとも嬉しくない」って呟いてたよね。」

「…なんで、それを…。」

「去年位にさ、ゆきちゃんが「これ、俊子ちゃんのアカウントじゃない?」って教えてくれたの。地元の地名はバンバン出てくるし、呟いてるのが俊子ちゃんっぽい、って。で、確定したのが今年に入ってから。俊子ちゃんが上げてる写真の隅に映ってる封筒に住所とフルネーム入ってた。拡大して確認した。それで、遡って見てたら、俊子ちゃん文句ばっかり。私が引っ越しハガキ出した事も、そんな風に呟いてて、もう友達やめようと思ってた。」

「ま、待ってよ!中学の時はあんなに毎日一緒にいたじゃない!」

「…何年前の話をしてるの?もっと周りを良く見なよ。皆、結婚して子供いたりしてるよ。独身の友達は、お一人様で生きて行けるようにバリキャリだし。俊子ちゃんはこれまで一体何をしてたの?なんか努力した?「誰かいい人いたら紹介して」じゃなくて婚活とかした?自分が相手に売り込めるポイントってあるの?皆、少しでもいい未来が欲しくて努力してるんだよ。他人の善意を踏みにじるような人なんて、誰も助けてくれないよ!言っとくけど、俊子ちゃんがやった事は犯罪だからね!垢消ししたって、許されないんだからね!」

 ブチッと通話は切れた。後はツー、ツー、と虚しい音が響くばかりだ。


 自分は上手く生きてると思っていたのに…。なんで…?どぉして…!


      〈終わり〉

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