枯れた世界で笑みを零すオートマタ
父から譲り受けた小型のラジオを聞いている。
手でハンドルを回したら充電ができるタイプだった。
御蔭で充電設備を用意できない今でも何とか使えていた。
この枯れた世界では、これも貴重品なのだろう。
”唯一流れる”ラジオ放送は女性の声が響く。
『では次の御便りです!』
彼女が詠うのは過去の便り。
もう枯れ果てた人々の想いだった。
昔を生きた人々の営みに想いを馳せ、時に気持ちを重ねて救われる。
このラジオは、きっと枯れていく世界に咲く唯一の希望なのだろう。
「俺しか聞いてないかもだけど」
そう言って笑う。
娯楽の無い世界の数少ない楽しみだった。
だが最近、不思議な事が起こっていた。
夜中にラジオが勝手に起動するのだ。
ザーっと砂嵐の音が流れ始める。
放送がされていない時は基本的にこんな音がしていた。
寝ている時に急に音がして驚いたものだ。
「……またか」
今日も砂嵐の音で起こされた。
充電が少なくなっていても、必ずこのぐらいの時間に起動してしまう。
流石にガタが来ているのかも知れない。
俺はラジオに手を伸ばすとスイッチを探す。
「……あれ」
ふと、おかしな事に気付いた。
いつもは砂嵐が流れているラジオに無音が続いているのだ。
つまり、現在放送されているという事になる。
でも放送中に一言も喋らないのは余計におかしい。
大体、こんな深夜に放送している事は今まで無かったのだが……。
『……ひひ……』
ゾクッと背筋が震えた。
誰かが笑う声が聞こえてきたのだ。
一瞬ラジオのメッセンジャーがふざけているのかと思ったが、それは無い。
声が違って聞こえたし、何より人を怖がらせる様な人ではない。
『……し……へへ……』
声は響き続ける。
そして、次の瞬間。
――――ザー。
砂嵐が夜の闇に響くのだった。
「な、何だったんだ……」
怖くなった俺はラジオの電源を切ると、カバンの下に隠した。
眠って忘れよう。
そう自分を騙す様に目を閉じていた。
結局眼が冴えて眠れなかったが。
それからもラジオは夜が来る度に勝手に点いた。
不思議な事に、示し合わせた様に砂嵐からの放送が始まる。
『……だし……ふぇへ……』
相変わらず笑い声の様な不気味な音が響くのだった。
いよいよ俺は、ラジオを手放す事を考え始めた。
気が付けば昼夜が逆転していたのだ。
昼にラジオを聞かずに、夜の放送を待ってしまっている。
いい加減、身が持ちそうにない。
今日の放送を最後に、ラジオを手放すか決めよう。
そう思って、いつもと違い自らラジオの電源を入れた。
『……夜は……ヒビクの時間だし……』
「えっ?」
それは誰かがラジオの放送をしている声だった。
女性の声?
『……ふへへ……今日は何を……』
そして笑い声は、その女性が普通に笑っている声だった。
「な、何だよ」
つまり別人がラジオの放送をしていただけだったのか。
ビックリさせやがって。
『……1960年代のポップ・ミュージックだし……』
女性がそう言うと少しの無音の後。
――――♪
聴きなれない音楽が流れ始めた。
いや、それは違う。
俺は生まれてから”一度だって”音楽に触れた事は無かった。
「……ぁ」
ラジオから流れる音楽に自然と声が漏れる。
後を追っかける様に口ずさんでみる。
――――♪
知らなかった、音楽がこれほどまで心を揺さぶる物だとは。
気が付けば時が立つのも忘れて、ラジオに耳を傾けていた。
次の日の朝。
ラジオをつけてみる。
『聞いてくださいよメッセンジャー』
『聞いてますよリスナーさん!』
いつもの彼女が一人芝居をしていた。
相変わらずの優しい声色に癒される。
『……ねむねむ……』
『あ、御姉様』
ふと、誰か別の女性の声が聞こえてきた。
『夜中に放送していらしたのですか?』
『……してないし……』
『またマイクの位置が変わってますよ』
『……ぷしゅん……』
『御姉さまぁあ!? ……は!? 放送中に失礼しました!?』
完全に放送事故だったが、面白かったので笑ってしまった。
この枯れた世界でも楽し気に暮らす姉妹が居る。
それはきっと”また新しい希望”何だと思う。
結局、ラジオが勝手に点いていた理由だけは分からなかったな。
いや……、もしかしたら。
『……へへ……』
ラジオから響く女性の声が耳から離れない。
「こいつも、聴きたかったのかもな」
あの深夜に咲く、不気味で愛らしい彼女の放送を。
『では次の御便りです!』
初めて書いてみましたがホラーっぽくなってましたか……?
なっていると嬉しいです!
後半はコメディとかヒューマンドラマっぽく仕上げてみました。
良かったら『枯れた世界で未来を紡ぐオートマタ』も読んで貰えると嬉しいです><