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早見桜

作者: 黄昏ジョニー

以前にカクヨムさんで自主企画用に投稿した作品です。

短編ですが宜しければどうぞ。



「ねえ、好きなんだけど。」

 沙織は背中を向けて座る颯太に言った。


 これで何度目だろう。

 ――何か言えよ。

 いい加減にイライラしてきた沙織の言葉には少しだけ棘が籠もっている。


『1年に1度、この日にはお互いに愛の言葉を届けよう。』

 そう言いながら見惚れる程の笑顔で沙織を抱き締めたのは颯太だった筈だ。


 ――もう言う気は無いのかしら。

 少しだけ寂しさを感じながら沙織はもう1度だけ尋ねる。

「ねえ、聞いてるの?」

 すると颯太はやっと返事を返した。

「ああ、聞いてるよ。」

 颯太の少しぶっきらぼうな声に沙織は少しだけ眉を顰めたが直ぐに微笑んだ。


「そ。で、貴男は?」

「・・・。」

「あ・な・た・は?」

「・・・。」

 また黙り込んだ颯太に沙織が溜息を吐きかけたとき。

「・・・好きだよ。」

 春のそよ風に辛うじて乗っかった颯太の小さな言葉が彼女の耳に届いた。


 彼の耳が真っ赤に染まっている。


「・・・ふふふ。」

 沙織は小さく微笑むと

「ありがとう。」

 と答えた。


 庭のある一軒家が欲しい。

 そんな沙織の希望に応えて颯太が買ってくれた古い一軒家。凄い田舎だけど住み心地は全く悪くなかった。

 買い物は週に1回のペースで颯太が車を運転して街に連れて行ってくれるし、食べ物も菜園や養鶏の卵で事足りる。肉や魚や米は流石に買って来ないとどうにもならないけど。


 沙織は颯太の横に並んで座った。


 春の柔らかな風が2人を包み込む。

 庭に咲いた桜が春風に揺れて薄紅色の花びらを何枚か運んできた。そのうちの1枚がそよ風に乗って舞いながら颯太の頭の上にフワリと舞い降りた。


 その事に気が付かない颯太とその頭の上でフワフワと揺れ動く桜の花びらを眺めて沙織は可笑しさに笑いを誘われる。

「ふふ・・・。」

 沙織の笑い声に颯太は訝しげな表情を彼女に向けた。

「なんだよ。」

「ホラ、これ。」

 沙織は颯太の頭の上から花びらを取って見せる。


「桜か・・・。」

 颯太は呟くと庭の桜を眺めた。


「結婚した時・・・。」

「ん?」

 沙織が呟くと颯太は妻の横顔を見た。

「私が家が欲しいと言ったら買ってくれたわね。」

「・・・俺も欲しかったからな。どうせなら早めで良いだろうと思ってな。」

「あの桜も。」

 沙織が庭の桜を指差す。

「家の購入記念だって貴男が貰ってきたのよね。」

 颯太は微笑んだ。

「そうだな。叔父さんから貰ってきた奴だ。」


 沙織はその指先の方向を変える。

「あの椿も。」

「アレは・・・何処から貰ってきたんだっけ?」

「大学の先生でしょ?」

「そうか。」

 呆れた様な沙織の口調に颯太は苦笑した。

「どれも大きくなったわね。」

「ああ。」


 頷く颯太に沙織は気遣わしげな視線を向けた。

「体調はどう?」

 最近、颯太の体調が優れない。

「人の事よりお前はどうなんだ?疲れが取れないって言ってたろ。」

 颯太は直接は答えず沙織の体調を心配する。

「大丈夫よ。」

 沙織は答える。

「前にもこんな事があったな。」

「そうだっけ?」

「2人して同時に熱を出して。仕事にも行けないし、どっちも家事が出来ないくらい弱ってたし。」

「ふふ・・・在ったわね。そんな事。」


 颯太の眼差しが穏やかなモノになる。


「今度・・・。」

「え?」

「・・・今度の日曜にでもデートに行くか。」

「・・・。」

 沙織はビックリした顔で暫く颯太の横顔を見ていたけど嬉しそうに笑った。

「嬉しい。」

 颯太も笑った。

「行きたい場所があったら教えてくれ。」

「うん、考えておく。」

 沙織は嬉しそうに微笑んで昼食を作りに戻って行く。


「デート・・・か。」

 1人になった颯太も楽しそうに微笑んだ。


「あなた、ご飯出来たわよ。」

 沙織はさっきと同じ場所に佇む颯太に声を掛ける。


 颯太は寝ていた。


「もう・・・。」

 沙織は苦笑した。

「仕方ないな。」

 沙織はまた颯太の横に座った。


 春の穏やかな風がソヨソヨと心地良い。


「疲れたし・・・私も・・・。」

 沙織は颯太に寄りかかると目を閉じた。


 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆


 とある田舎の古い一軒家で葬儀が執り行われていた。

 亡くなったのは家長の颯太77歳と妻の沙織74歳。

 喪主は長男の泰史。


 報せを受けたのは先週の木曜日だった。

 夕方に近所の方がお裾分けで訪問した際に2人が亡くなっているのを発見したそうだ。ただ、その縁側で仲良く座っている姿がとても幸せそうな微笑みに包まれていて「大往生だったのだろう」と、その方は仰っていた。


「大往生か・・・。」

 葬儀が終わりネクタイを緩めた泰史は呟く。


 不思議と涙は出なかった。悲しく無い筈は無い。無条件に自分を愛し続けてくれた掛け替えの無い2人が同時に旅立ってしまったのだ。

 だが。

 2人で仲良く縁側に座って微笑みながら旅立った、と言うのは彼にとって救いになっていた。

 幸せな気持ちのまま逝ったのなら、これで良かったのでは無いかと思うのだ。


 昔から本当に仲の良い両親だった。結婚記念日には必ずお互いに「好きだ。」と愛情を口にして確認し合っていた。

 寡黙な父と陽気な母。これを提案したのが父だったと言うのが信じ難い。けど、然もありなんとも思う。寡黙では在ったがロマンチックな父でも在った。

 そして常に明るい笑顔で家を明るく照らしてくれた母。

 本当に楽しい家だった。


 今回の急な葬儀にも懸命に対応して自分を支えてくれた由佳里に泰史は視線を投げた。

 愛する妻は今も片付けに動いてくれている。


「由佳里。」

 泰史は愛する妻の名を呼んだ。

 由佳里は手を止めて泰史を見る。

「なに?」

 心配げに自分を見る妻に泰史は礼を言った。

「ありがとう。」

 由佳里は微笑んだ。

「良いのよ、私はあなたの妻なのだから。お義父さんとお義母さんの旅立ちのお手伝いをさせて貰うのは当然でしょう?」

「・・・ああ。」

 泰史は微笑むと由佳里を縁側に誘った。


「どうしたの?」

 由佳里の問いに泰史は縁側の一部を指差した。

「此処で父さんと母さんは逝ったらしいんだ。仲良く座って。」

「そう・・・。」

 由佳里は少し寂しそうに言った。


 泰史は由佳里に言った。

「由佳里、好きだよ。」

「え・・・?」

 由佳里は訝しげに泰史を見上げる。

 泰史は夜の桜を眺めながら言った。

「父さんと母さんがいつも結婚記念日に言ってたんだ。お互いに『好きだ』ってね。」

 由佳里は泰史の言葉の意味を理解した。

「そっか・・・今日は私達の・・・。」

「ああ、結婚記念日だ。」

 少し俯いた由佳里は顔を上げて微笑んだ。

「私も、好きよ。」

 そして夜桜に視線を向けた。

「ねえ。私達もお義父さんとお義母さんの様に死ぬまで仲良く出来るかしら?」

 泰史は由佳里の手を握った。

「ああ、出来るさ。」


 ザァッと春の夜風が庭の桜を揺らした。

 最後に残っていた幾枚かの花びらが2人を包み込んで舞い散っていった。



初の短編でしたが難しかったです。

構成的には詩を書くような難しさがありました。

何かを感じ取ってくれたら嬉しいです。

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