人を喰らう化け物
あんた、綺麗だな。
翡翠のように透き通った硝子玉
その瞳は美しかった。
-当然のことなんだ
と、彼女は呟いた。
狩りをする為に、獣が速く走るのと同じこと。
あたしはお前のような色気づいたガキの腹わたを喰らう為に美しくなったのさ。
深い山の奥
父と私は隠れるように暮らしていた
山の恵みをいただき、
父が時折狩りにでる。
2人分の食い扶持などそれで十分だった。
怖くないのかい?
別に。
何を今更。
数年前に父が調伏した人喰いの化け物だという。
人里に下らぬよう、幽閉、管理しているのだという。
わたしは彼女の話し相手のようなものになっていた。いつからかは覚えていないが、人の生に「始め」があるなら、たぶん始めからそうだったのだろう。
人間以外を喰って、生きる事はかなわないのか?
戯言を。
お前はそこの石ころを喰ったことはあるかい?
囲炉裏の灰で腹を満たしたことは?
おんなじだよ。
食い物じゃないのさ。
あたしにとってはね。
そうか。
なんとなく納得してしまった。
どんなに腹が減っても、私は灰を口に運ぶことはないだろう。
私がここで暮らすようになって何年になる?
知らないよ。
時を数えるものもない蔵の中に押し込められてんだ。
お前の方が知ってるんじゃないのかい?
物心ついた時には、私は父とここで暮らしていた。
その時にはすでにこの化け物の姿があった。
幼い頃から彼女を知っている。
だからだろうか。
どこか現実味がなかったのかもしれない。
お前、いくつになる。
今年で10(とお)だ。
10年か。
嫌んなるね。
10年もこんなところに繋がれてんのかい。
あんたは、やっぱり嫌か?
怪訝な表情。
崩したところで美しいことには変わりないが。
おかしな事を言うかもしれないが、
私はあんたが嫌いじゃない。
10年も一緒にいたんだ。
家族みたいに思ってるのかもしれない。
彼女の隣に腰を下ろす。
それが危ないことだとは感じなかったし、思ったこともなかった。
家族ねえ。
よしとくれよ。
身内に人喰いの化け物が居たんじゃ、
お天道様の下なんて歩けやしないよ。
父さんはどうしてあんたをここに閉じ込めたのだろう。
危険な化け物なら殺してしまえば良かったんじゃないのか?
さあね。
祟りが怖かったんじゃないか?
それか、力の強い化け物は首だけになっても人を喰らうって言うからね。
恐れをなしたのさ。
人間なんかの家族になりたくない。
そう言うならまだしも、どうして自分を人喰いの化け物なんて言うんだ?
考えすぎだよ。
意味なんて無いね。
もしも人喰いの化け物じゃなければ家族に、
そうは思っていないか?
くどいね。
あんたは人間しか喰わない。
翡翠の玉が動揺している。
揶揄うように行き来していた視線が噛み合わない
あんたがいくら化け物でも、
10年も食事をせずに生きていけるのか?
父と私は隠れるように暮らしていた。
山の恵みをいただき、
父が時折狩りにでる。
私も父も、ほとんど肉を食わない。
父は時折、狩りにでていた。
お前たち親子は
重々しく口を開く。
お前たち親子は、人を喰らう化け物を捕らえ、監視していた。
人里に下らぬよう、仕方なく。
それでいいじゃないか。
父の黒い色の瞳が好きだった。
なぜ私の瞳が黒ではなく、
翠がかった常盤色をしているのか父に尋ねたことがあった。
答えは返ってこなかった。
父は少し困ったように笑った。