悩むヒーロー
地球を襲う数多の強大な敵、怪物、悪魔のような存在、人類の悪と対決して勝利してきたヒーローがある日、引退を宣言した。
「自分はヒーローじゃない。自分とはなにかをこれから探したい」
時々そう言う人はいる。「自分とは何であるか」という問題にハマり込み、行く先を見失ったときに思いつくのがこれである。
ただ、これは人類が生まれてそんなに経たないころから多くの人が考え続け、いまだに明白な答えのないことなのだ。「そういうことを考える。だからこそ自分であり、人間なのだ」と誰かが言った。それ以上に答えを求めるのは難しい。
彼の場合、日夜、地球の人類、あるいは生物全体のために戦ってきた。そのことが重圧として彼を追い込んでしまったのかも知れない。というのも、彼がよかれと思ってやったことでも、100%支持されるワケではなかったからだ。暴力はよくない。あの男には話し合う知性がないのではないか。いろいろ言われた。世の中に、全ての人から愛される者など存在しないと言うことを思い知らされた。年頃の少女を危ういところで助け「汚らわしい、触らないで!」と言われたこともあった。「やってることは偉いと思うけど、数学の教師と顔が似てるから好きになれねえ」と言われたこともあった。
彼はヒーローという自分の力を振るうとき、自分を支持しない人たちのことは無視しなければならない。まあ、最もそれはどんな人間でも同じはずだが、彼の場合、町をひとつめちゃくちゃに破壊するとか、地球規模の大災害クラスの損害と引き換えに、「多くの人をできる限り救った」という事実が残る。その被害者の中には、彼の支持者も不支持の者も混ざる。それは一般に「致し方ない損害」と言うことばの元に片付けられる。
彼は警察や軍隊と同様に国家および社会から、「悪」を相手に街中で暴力を振るうことを許される存在である。彼と対峙した悪のほとんどは、最終的に裁判などなく、彼が木っ端みじんにしたり、宇宙船ごと大爆発炎上して燃え落ちていく。
彼はふだん、ほとんどの場合、支持者達から尊敬と畏敬の念を受けて誇らしく過ごす。そんな生活の中で、ふともたげた考え、それが今回の「ヒーローをやめよう」という引退宣言に繋がった。
彼はしばらくの間、平穏な日々を過ごした。田舎の外れに家を持ち。自分でコーヒーを入れ、食事を作り、のんびりとした。
テレビをつけるとニュースでは、強大な能力を持つ異星人の宇宙船が地球侵略のために、またも来襲しているという。だがとりあえず、攻撃対象は世界各地の主要都市であり、彼が住む田舎からは、火柱も見えないし轟音も聞こえてこない。ここは平和そのものだ。不穏なのはテレビの中だけなのだ。
「ああ、これは映画かテレビドラマかニュースか。どれであれ、テレビという枠の中で見ている限り、同じレベルの出来事ではないか」
そう思えた。だから彼は、燃え上がる町の映像をコーヒーをすすりながら見ていられた。私もかつて、自分でもっとスゴイものを見たと言うことを思い出しながら。
彼の元へ軍の司令官が訪ねて来た。彼に「ヒーローに戻って欲しい」と要請する。
よく考えれば不思議なものだ。彼は強大な力を持っている。それを使えば地球を自分の支配下に置くことが出来る。だが彼はそうしようと思ったことがない。いま地球を侵略してきていてる者たちと手を組めば、間違いなく地球を自分の手にできるだろう。だが、この軍の司令官は、国を地球を代表して、自分らの代わりに敵と戦ってくれと言いに来た。「彼らの期待に応える義務は私にあるのか?それはどこでいつ生まれたのか?」
そんなことを考える彼は、一方で「ああ、体を動かしたい。スカッとすることがしたい。充実したなにかをしたい」。ここ数ヶ月の安穏とした生活が逆のストレスを彼に与えていた。「正義」とか「人類」とか「地球」とか、そんな口幅ったいもののために戦うのは飽きたことを実感した。いや、「飽きた」のではない「わたしは正義を愛したことなどないのだ」。ではなんのために戦うのか。ただ頼まれたからか。
彼は閃いた。気づいた。
「できる限り一定のたエリアの中で戦い、二次的被害を出さないように、ジャブでとどめを刺すようなショボい勝ち方はイケない。時には窮地に追い込まれたり、そこから派手でかっこいい勝ち方を目指す。そう言う縛りの元に戦おう。それはおもしろそうだ」そう考えたのだ。それは、テレビにつないだあとあるゲーム機のゲームが気づかせてくれたことだった。
「そうだ。わたしはただ、「戦うのが好き」だからやっているのだ」と。
湧き上がる闘志に微笑み、立ち上がり走り出し、やがて空高く飛び上がった、「復活したヒーロー」の姿を見て軍司令官は歓喜する。
司令官は無線機を握りしめると、
「大統領。彼の正義のこころが戻ってきました。これで地球は救われるでしょう!」
タイトル「悩むヒーロー」




