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目覚める

 放送室の部屋は狭い……そんな中で深雪と二人っきりってのは男として緊張する。


「とりあえず、俺の寮に向かう……か」


「分かった。けど、あいつらが沢山いるよ」


 ゾンビの集団が固まっている。共食いするわけでも無く、体をぶつけて蠢いている。


「あそこに集まってるからこそチャンスだと思うぜ」


「……うん」


 不安そうな顔の深雪を連れて俺は寮に戻る。距離も短いし大丈夫のはずだ。


「さっきの放送をもう一度出来る?」


「ちょっと待ってね」


 深雪が機材を操作する。よく見るとカセットテープで録音しているらしく巻き戻す必要がありグルグルと回る歯車を見ていた。今時このカセットテープを見る事があるとは思わなかった。だからループ再生も出来ないのか……この学校の設備が心配になる。


「これで、大丈夫だと思う」


「よし、行くぞ」


 俺は放送室の鍵を開けて開くとそこには誰も居ない。階段をゆっくり降りて体育館のフロアを見ると中央に集まっていた。


「ゆっくり行くぞ」


「えっ」


 校歌の音が大きくて聞こえていないっぽいな。僕は深雪の耳に口を近づけて喋った。


「あいつらは速く動くと反応するからゆっくり行くぞ?」


「うん」


 ひな壇を横の階段から降りて体育館のフロアに到着する。校歌が鳴り響きゾンビが蠢いている図は変な感覚だ。俺と深雪が壁際に沿って歩いて居ると外の窓ガラスがゴンと鳴り振り向くと片耳から血を流しているゾンビが頭をぶつけていた。


「きゃっ」


 驚いて尻もちをついてしまった。窓の外だからコイツは無害だが、フロアにいた複数のゾンビが俺達に気付く。ゆっくりと俺達に向かって歩くので俺は深雪の手を引っ張り起こして耳元で急ぐぞと言った。


 走れば十分逃げ切れる。体育館に校歌と足音を響かせながら俺は出入口の靴箱に到着した。振り向くと深雪が足を絡めて盛大に転んでいる。その後ろからはゾンビが迫っている。俺は引き返し深雪の元へと全力で走る。


「おい、急げ」


 足が遅いとは言え、迫りくるゾンビには恐怖を覚える。早く行かなきゃと焦り声の音量が上がる。もう一度、深雪を立たせて歩こうとしたら歩き方が変だった。片足を庇うような……。


「足を捻っちゃったあぁぁぁ」


 大粒の涙を浮かべながら深雪が叫ぶ。もうゾンビも近い……俺はうさぎ跳びをする様に腰を下ろした。


「背中に早く!!」


 俺の背中に深雪が抱き着いて首に手を回す、少し力が入り過ぎて息苦しいがそれどころじゃない。太ももに手を回して立ち上がった。一人ぼっちで筋トレしていて本当に良かった。深雪を背負ったまま俺は靴箱を抜けて外に出る。一人で走った時の半分くらいしか速度は出ないが十分だ。


 体育館から離れて校歌も小さくなっていく……両手両足の無い死体の近くまで走って一息ついた。


「ちょっと力入れすぎ」


「あ、ごめん。これで大丈夫?」


「大丈夫」


 体育館を見ると周りに点々と人影が集まっている。校歌に釣られて何体か歩いてきているっぽいな、あのまま体育館の放送室に居たら逃げるのが難しくなっていたかもしれない。深く息を吐いて呼吸を整える……当初の目的通り深雪を助ける事が出来た。上手く行って良かった。落ち着いて行くと背中に柔らかい二つの塊が押し付けられている事に気付いて一人で勝手に気まずくなった。


「重くない? 玲くん大丈夫?」


「大丈夫。無駄に鍛えているからね」


 とはいえ、比率としては一人で走る方が多い。これならもっと筋トレしてれば良かった……何よりこの距離でもこんなに疲れるのか。


「前に居るよ」


 言われた所を見るとさっきの片足を引きずっているゾンビが歩いて此方に向かっていた。ズリズリと足を引きずる様子がさっきの深雪を彷彿とさせたがアイツは敵だ。俺はそのまま深雪を背負ってゾンビの横を通り過ぎる。速いものには敏感に反応するらしく、俺達を目て追いながら体の向きを変えていた。


 ゾンビを追い抜くと後は寮への道を駆け抜けるだけ。


「深雪。俺のポケットに香水があるから取ってくれない?」


「え、うん。取ったよ」


「それを適当に通ってきた道に吹きかけといて」


 体育館のアイツ等は匂いに反応していた。匂いで俺達を追いかけて来るなら香水の力で見失うかもしれない。それが全員に効果があるのか分からないが試さない手は無い。後ろに散布させながら俺は走る。フェンスに沿って来た道を戻る。すると、顔が潰れた女性が目の前に現れる。


 深雪が驚いた声を出していたが、こいつはもう大丈夫。他の奴らと一緒で恐れる相手じゃない。あの時とは違い俺の体も動く!


 横をすり抜けてそのまま走る、寮への階段を下って正面に寮があった。入り口の周りには誰も居ないのでそっと深雪を下ろす。


「ありがとね。玲くん……」


「まだ寮に入るまで気を付けて」


 俺はカバンから寮の鍵を取り出す。あとは階段を上って扉に鍵を入れて回すだけだ! それで安全だと言える。階段を上った先にもしもゾンビが居るとしたら深雪を背負ったままだと逃げられない可能性を考えた。


「ゆっくりでいいから歩ける?」


「うん。頑張るね」


 俺は周りを見渡して誰も居ない事を確認し、先行して階段を上る。曲がり角にいない事を願いながら踊り場で顔をだして確認するも、上りは安全だ。後ろを振り向くとゆっくり階段を上る深雪がいる。最後に部屋の通路を確認したが誰も居なくて助かった。


 深雪の元に戻り肩を貸す。首の後ろから深雪の腕を回して支える為、腰に手を回した。


「誰も居ないからゆっくりでいいよ」


「ありがと」


 泣き止んでにこりと小さく笑ってくれたので一安心した。一歩ずつ上へと進み部屋の前で立ち止まり鍵を差して回すと音が鳴り、ドアノブを回して扉を開き深雪を中に入れる。そして、俺も入り鍵を閉めチェーンを掛けた。


「何とかなったな」


「玲くんありがとう」


 そう言って俺に抱き着く。自分の家で安心している俺は押し付けられる胸を意識してしまう。


「皆と逃げた時もね。私転んじゃって……皆が置いていくから怖かったの。一人で放送室に隠れて寂しかった。玲くんが戻ってきた時は本当に嬉しかったよぉ」


 こういう時に何て話しかければいいか分からない……強く抱きしめてくるので頭を撫でる事にした。すると、俺の部屋から物音が聞こえる。玄関から足が見えて体をゆっくりと起こして――虚ろな目で楓が俺達を見ていた。

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