寝ている天使に俺は想ふ
宝塚の言葉を思い出す……感染していると口に出していた。だからこそ、楓は皆に攻められる様に倉庫へと閉じ込められた。俺自身も感染とか信じて無かったけど、この目で見たら信じるしかない。つまり、楓がゾンビへと姿を変えた場合は俺の逃げ場が無い。
この倉庫で死ぬか外で死ぬか。窓を割って外に跳ぶ道もあるにはあるがこの高さは痛そうだ。
「うっさい。早く脱げよ」
「ひっ、玲がここまで変態だとは思わなかったわよ」
こいつが何を言ってるのか理解出来ないが、俺にとっては緊急事態だ。周りを見渡して何か武器になる様なもの……俺は折れた椅子の片足を手に取った。金属の手触りが冷たいが握りやすくて折れた先も尖っている。それを楓に向けると怯えた表情になる。
「向けないでよ……分かったわよ。脱げばいいんでしょ! 脱げば!」
そう言ってソファーから立ち上がり両手をスカートの中に入れ始めた。
「おい、何やってんだよ。そこじゃない! 靴と靴下を脱いで見せろよ」
「えっ。あ、そうよね。あはは。あたしったら何をして……ほら、これでいいの?」
「足だけ突き出して良く見せてくれ」
噛んだ跡がくっきり付いているローファーと靴下を脱いでソファーに座り生足を俺に向けた。その足を確認すると、うっすら血が滲んでいる。噛まれた位置は親指の付け根付近で小さな傷が付いていて周りは皮膚が少し削れているくらいだった。
「若干だけど、血が出てるな」
「そうね。美穂があんな事になる何て想像出来なかったわ」
楓は俺の考えている事が分かっていない。どう伝えようか……これから化け物になるかもしれないって直接言うか悩む。もしかしたら、これだけの傷だとゾンビにはならないかもしれない。現に俺は窓の外で襲われている人を見ていた。数分間襲われた後に捕食者が去って五分後には起き上がっていた。
俺と楓は閉じ込められて三時間は経過しようとしている。だけど楓はいつも通りで変化は見られないって事は大丈夫か?
「痛むか?」
「えっと……かすり傷って言うか。動かなかったら擦れないし痛くないよ?」
頬を紅く染めながら恥ずかしそうに言う意味が分からん。さて、どうしようか。扉の外では物音ひとつしない。外も曇っていて暗いしあと数時間もしたら夜になるだろう。暗い中で外を歩くのが得策かを考えると周りが見えないってのは大きなハンデになる。今日はこの倉庫で一晩過ごそう。食料的には数日持ちそうだが二人だしな……気まずいし。
「もういいよ。今日はここで俺は過ごすけど楓はどうする?」
「どうするってどういう意味?」
「いや、一人で先に外に出るって事も出来るけど……」
今は閉じ込められていない。倉庫の扉もあの感じだと普通に開くと思うし俺に付き合う必要はない。
「あのグロいのが居るんでしょ? 嫌よ。玲について行く」
「……好きにしろ」
俺は段ボールから食料を取り出した。軽い缶詰の中は何だろう……とりあえず開けてみる事にする。
「缶詰の中にパンが入ってる……」
「鯖の味噌煮とか秋刀魚じゃないの? パンの缶詰って初めて見た」
一口食べると想像以上に固かった。保存がきく為だとは思うけど美味しくない、水で流すと早く家に帰ってカップ麺やカレーライスを食べたくなる。
「あたしにも頂戴」
「ほらよ」
俺は缶詰を渡すと楓はカリカリと音を立てながら苦戦している。その間に俺はもう一口食べた。慣れれば美味いかな? 匂いは良いけど味が薄い。宝塚に食べさせたら何て言うだろう、アイツは味が濃ゆいのが好きだから文句を言いそうだ。人間の食い物じゃないとか口走る姿を容易に想像できる。
「これっ! お願い」
パンを食べながら宝塚に思いをふけていると楓が開いていない缶詰を俺に手渡してきた。うん? 要らないって事か? 俺は受け取って段ボールの中に収めると怒られた。
「そうじゃない! 開けてって事!」
「あー、はいはい」
俺は軽い音を立てて缶詰を開けて楓に手渡した。
「ありがと。はむ……これ不味いわね、でも無いよりマシね」
「俺もそう思う。水もここに置いとくから」
俺はキレイなカラーコーンを手に取りソファーの近くに配置していく。俺と楓を遮る様に配置している俺は怪訝な目で見られる。
「それなによ」
「これはお前がぞん……ええっと。男と女が同じ部屋ってのも変な話だろ? こっちが俺のスペースでそっちが楓のスペースな? いいだろ? そっちのが広いんだから。このカラーコーンからこっち側には絶対に来るなよ? 夜寝てる時もダメだからな?」
「ふーん。玲なりに気を遣ってるの? まぁ……良いわよ」
お前がゾンビになって襲ってくる可能性はゼロじゃない。見た目は綺麗だから襲って来る時も逃げられるはずだ、その為に俺はカラーコーンの上に器用に物を乗っけていく。バランスをとるのが難しいが……何かの振動があれば音が鳴るはずだ。
「何それ、バランス感覚も鍛えてんの? 筋肉だけじゃなくて感覚も鍛えてんの?」
「あー、そうそうそれ」
人が集中している時に話しかけんなよ、俺は器用に全てのカラーコーンの先端に物を置いた。
「んじゃ、とりあえず今日はここで寝るから」
「そう……玲は床でいいの?」
「あぁ、お前はソファーで寝ろ。俺はこれ敷いて寝るから」
食料の入っていた段ボールを解体して床に広げて寝床を作る。ソファーの方が寝心地も良さそうだし文句は言わないだろう。
「別に変な気を遣わなくていいのに……」
変な勘違いをしていると思うが俺は何も言わずに横になる。もし自分があいつらの仲間になると知ったら俺の場合はどうするだろうか。扉を開けて何処かに行くか取り乱して暴れるかもしれない……冷静になろう。目を瞑ると顔の潰れた女性が脳裏に過る。それが段々と薄れて何だか別人の後ろ姿が浮かんだ……桜が舞い風に揺れる葉っぱや木々がざわざわと音を立てる。そんな中で見覚えのある後ろ姿を幼い俺が走って追いかける。視界が上下に揺れて俺の足音がドタバタ鳴りながら制服に身を包んだ黒髪の楓に向かって駆け寄り背中を叩きながら声を掛ける。
「楓! 一緒に帰ろう」
「うんいいよ。玲」
優しくも心地の良い声で振り返る楓の顔が半分潰れている。
俺は勢い良く飛び起きた。
変な夢を見た……のか。周りを見るとカラーコーンは綺麗に並んでおり楓はソファーで横になり小さく縮こまりながら眠っている。外を見るとうっすら明るくなり始めていた。
悪夢だった。変な物を見たからあんな夢を見た。俺は額の汗を腕で拭い近くに置いてあった水を飲む。相変わらず楓は寝息を立てて眠っている。カラーコーンの前に立って寝ている姿を眺めるとそこには俺の知ってる可愛い幼馴染が居た。
本当に眠っている時は可愛いし悪態をつくことも無いしコイツは天使か? 皆のアイドル的存在で、ちやほやされる幼馴染。
本人も驚いているだろうなこの仕打ち。クラスのアイドルも異常事態の民衆の雰囲気には押されて敵わない。皆が倉庫へと追いやる中で誰も楓を助けようとはしなかった。周りの空気って奴は本当に恐ろしい、俺はそれを知っている。
夜が明けそうなので宝塚達にも何かがあり、俺達を助けには来なかったんだろう。これは助けを待つのは諦めるしかないかなぁ……自分でどうにかしなきゃいけない。そして、何より。俺自身が顔を潰れて無機質な顔で歩き彷徨う楓を見たいとは思えなかった。出来ればコイツが俺の手の届かない所で幸せになって俺は適当に生きていきたい。
ゾンビが走っている姿は見てない。それなら……俺なら逃げるくらいなら簡単に出来るかもしれない。俺は決意を固めた。心構えがあればどんな姿の人間を見ても耐えられるはずだ。死骸なら見た事がある。運悪く車に引かれる猫や内臓が飛び出た犬も見た事はある。どこか抵抗をあまり感じなかったのは人間じゃなかったからかもしれない。今は覚悟を決めた。
軽く思い出しながらラジオ対応を一人でしていると楓が目を覚まして体を起こす。
「玲? 今何時? って朝から元気ねー」
ふぁーっと小さな欠伸をしながら寝ぼけ眼で俺を見る。
「楓! 準備しろ。俺はここから出るぞ」
俺の言った事を全く理解していない天使の寝起きは間抜け面だった。
今日見てびっくりしました!さらに四人の方! 評価ありがとうございます。平均が4.4なので5を入れて頂けてる!!やったー。
あとあと、昨日感想が貰えるとは思いもしませんでした。
続きを待ってますってめちゃくちゃ嬉しいです。
ブックマークも増えてるので感謝です!




