終わりまで
紫乃はふと気づく、痛い頭に気を取られて遅れた……ですげぇむ会場には二台で向かっていた。上杉の運転する車に続いていたはずの車が居ない。
「志村後ろ! 居ないよ」
「あぁん? うぉいマジじゃね―か、ほぼ一直線だぞ? 逸れるわけが……」
志村は車の天井のボタンを操作すると、機械音を奏でながら開いた。北山が身を乗り出して後ろを眺めると壁にぶつかって動かない車が見えた。ゾンビが周りを囲んでいる……。
「事故ってる」
体を戻して席に座った北山が志村に伝えた。
「助けに戻るか? この勢いなら行ける気がするぜ」
「いや……やめよう」
北山は何かを思い出すかのような暗い顔で続けた。
「経験でわかる。あれは無理だ」
「そっかー、ま。俺様が無事ならいいぜ。上杉は運転ミスんなよ?」
その言葉に血の気が引く上杉がハンドルを握る腕に力が入る。
絶対、桐島が依頼を受けて殺すのは志村みたいな人なんだろうなぁと紫乃は思った。口に出さずに冷たい視線だけ志村に向けるも、紫乃自身に助ける力は無い。一番可能性がある聡がそう言うなら無理なんだろうねーとモコちゃんを強く抱きしめる。
「このまま坂を登れば着くぞ」
紫乃含め七人はですげぇむ会場に到着した。志村が指示をだす。
「おっちゃんは門の周りを見ていてくれ、北山はアイツ等が留守の間に侵入していないか調査だ。上杉は車を職員室の近くに止めてくれ」
たまたまこの車に乗れたこぶとりのおじさんはナース服を着た人と共に門周辺を守る指示に従った。
職員室前に止まって紫乃は志村と車から降りる。そして、職員室から例のモニタールームへと向かった。水と食料を志村は上杉にいくつか渡して門の見張りをしている全員へ配るよう言った。
紫乃も水をごきゅごきゅと勢い良く飲みモニタールームの椅子へ座る。
志村は用意していた全監視カメラを目視で確認する、北山が丁寧に一つずつ部屋を見ている様子も見えた。
「うし、居ないな。大丈夫だろう。さてさて、北山の携帯にあったデータは……これだ」
志村がパソコンを操作して次々と資料をモニターに表示する。それを紫乃も眺めていた。
「えぇーっと。あー、よく分かんねぇな」
研究者の資料を見ても志村は専門家では無い。なので、読み取れる部分だけを見ることにした。
元々は化石から見つかった。死んでいると思っていた細胞組織は僅かに反応していることが分かると真弩清孝は興味を持ち実験を開始する。まず行ったのはマウスでの実験だった。細胞を一部与えると凶暴化し、共食いを始める。その後は、反応が弱くなり、生物を見つけると襲いかかるようになった。死ぬと食べずに通常の餌も口にしない。生物しか摂取しないように変化を起こす。
そんな中で何も変わらない個体が存在した。番のマウスに試すと共食いを行う事は無く通常のマウスと変化は無い。次に、人間へ試してみた。
それから動画ファイルが内包されており、人がゾンビへと変わる過程を記録した内容だった。
ゾンビが襲った者もゾンビとして活動する事を確認。人体の構造で問題が無い場合は活動を開始する。心臓が無事なら多少の傷があっても動くことが分かった。怪我がすぐに治る傾向も見られる。
この実験をカウンセリングと謳い、とある刑務所で行った。その結果――看守含め訪れた警察を纏めてゾンビへと変化を確認。それから、抜け出したゾンビを元に蔓延した。
「よくわかんねぇけど、この真弩とかいう研究者がやべーな」
志村は資料を流し見して、呟く。
その中で、気になる一文を紫乃が見つけた。
このウィルスの細胞組織は人間が持つ一部と酷く類似している。もともと、人間が持つ古代の細胞という可能性。むしろ、ドラキュラ伝説などはこういった突然変異から始まったのかも知れないと綴っていた。
「細胞。やっぱ特殊なウイルス体が存在するんだろ? この資料を元にちゃんとした施設に持ってけばインフルエンザや黒死病の様に薬が作れるはずだ。はっ、この世界を牛耳るビジョンが見えてきたぜー」
紫乃はテンションあがる志村を見て呆れていた。
一方、ゾンビの調査をしていた北山は門を守っていたおじさんと合流する。
「中は安全だ」
「これをどうぞ」
北山はちょうど水を配っていた上杉から軽い食料と共に受け取った。
ちょっとした休憩……北山はシャッター周りの対応をしていた為、体中汗でベトベトしていた。受け取った水を飲み干し座り込む。この間、ほんの十分程の休憩だった。今頃、志村達が資料をみているところだろう。
油断したつもりは無い。流石に体力が人並みを超えて有り余る北山も体は疲れる。必要な休憩で警戒心は落ちていた、だから気づいたのは小太りのおじさんだった。
「……おい、みてみろよ」
おじさんが指した先をその場の全員でみた。
そこには坂の下った先から人影が、うじゃうじゃとこちらに向かっている。二千を超える人影は全てがノロノロとこの施設を多い囲む様に迫っていた。距離はまだあるが、このままじゃ飲み込まれる。病院での経験上、北山が倒せる数にも限りがあった。
ソレが街中のゾンビだと話が変わる。今までは突破できる場所に限りゾンビを倒して北山は生き延びている。だからこそ、今日まで生きてこれた。取る手段は一つだけだ。
それは――逃げる。
「だめだぁぁぁ、おい、車はあっちだな」
逃げるのが最良の手段だと北山が判断するのと同時に、こぶとりのおじさんが上杉にそう言うと駆け出した。遅れてナース服を着た女性達も追いかける。
「まて、志村達へ……」
北山の声を無視して全力で大人が走っていた。すると、直ぐにエンジン音が鳴る。早くこの場を去ろうとする意思がすべてを投げ出し、その姿は小さくなっていった。
残った北山は上杉の顔を見る。電光石火の勢いで去る姿に呆れて両腕を振っていた。そして、上枝紫乃が姿を現し目前に広がる光景を見てこう言った。
「あららー、大変そうだね!」
北山が見慣れてしまったクマのぬいぐるみを抱きしめながら、背中には見慣れないライフルを背負っていた。




