進撃のカラーコーン
さて、楓がおしっこをしたいと言った。つまり、トイレなんだけど……ここは倉庫で閉じ込められている。トイレに行くには出なければならない。仕方ない、待ち時間に少しは頑張って叫んでいたんだがもう一度叫ぼう。
「おーい。誰か居ないかー」
扉を叩きながら俺は叫ぶ。もしかしたら近くに人がいるかもしれない。しかし、その希望も五分後には薄れている。
「誰も居ねえな」
「……」
制服のスカートの端を強く掴みながら楓は目を瞑っていた。我慢の限界も近い様に見える……俺は倉庫の周りを確認した。
「隅っこでしたら?」
「ヤダ無理。出来る訳ないでしょ」
そりゃ、拒否られる。妙案が思いつかないし俺の手に負えない気がする。俺なら端っこで済ますのにな。
「曇ってきたなぁ」
唯一の窓から空を見上げると雲が多くて太陽は見えない。もう少しで振り出しそうな勢いで周りが暗くなっていた。この位置に寮が無ければもっと周りが見渡せるのに邪魔で仕方ない。
「それより……どうにかしてよ」
振り絞る声には余裕がない。もしここで超絶可愛い子なら俺も焦りがあったり気を遣ったりしてたかもしれないが、楓だしなぁ。仕方なく、俺は周りを漁る事にした。教室と比べたらとても狭いが荷物が沢山落ちている。目の前には壊れているのかコピー機が置いてある……うん? 後ろには大きな段ボールが置いてある事に気付いた。俺は段ボールに手を伸ばすと文字が書いてある。
「災害用? 何だこれ」
「何かあったの?」
俺はコピー機をどかして段ボールを取り出す。大型のテレビが入りそうな幅で奥行きはコピー機を越えている。段ボールを開けると中には水や缶詰が入っていた。災害用って……これじゃ意味なくない? 全校生徒の分まで補える量には見えない。いや、もしかしたら色々な所にこんな感じで置いてあるのかもしれない。それなら、職員室や会議室の裏にある物置にもあるかもしれない。
「水見つけたぞ」
「今は要らない……」
楓は変な汗を額から流している。
「ペットボトルの水なんだけどさ。中身飲んでそこにするとか?」
「はぁ? 無理に決まってんじゃん。むりむり」
妙案だと思ったんだが……その他を探すとメガホンやカラーコーン、軍手に折れた定規を見つけた。カラーコーンとか何に使うんだよ。応援の練習にメガホンがあるのか? あとは折れたハンガーや歪んだ机や片足が足りない椅子が置いてある。
「ここってゴミ置き場か?」
「あっ……あんたにお似合いね」
「変な間があったけど元気そうだね」
俺がゴミだとしてもこいつもゴミだ。だからこそ倉庫に閉じ込められているのかもしれない。
「ちょっと扉の前に立てるか?」
「何すんのよ」
「いや、ドアノブを捻ってて欲しくてさ」
生まれたての小鹿か? ゆっくりと立ち上がり扉の隣に立った楓がドアノブを捻る。
「そのまま」
俺はそう言って小さな助走を付けると扉に向かって飛び蹴りをするもガコンと音がして開かない。扉を抑える様にしている机が一部揺れた感じの音だ。二度くらいやったら楓に止められた。
「振動が辛い」
「あー、まぁ。あれだわ。一応、言っとくけど俺は気にしないぜ?」
「……しにそう」
災害時って簡易トイレとか置いてないのかな。俺は倉庫内を探すがそれっぽい物は見当たらない。そりゃ、学校のトイレを使えって話なのか? 普通に考えると災害が起きたら学校から離れるな……近くの原っぱに近い公園に移動するはずだ。避難訓練で十分かな? 歩かされた記憶がある。そう考えると災害用の非常食も少ないかも知れない。カラーコーンは何のためにあるんだろう。
「楓。いい案を思いついたんだが」
「なによ」
俺はカラーコーンを手に取って楓の元に駆け寄る。
「それがどうしたのよ」
「これひっくり返すと中に空間があってそこにするとか」
「無理に決まってるじゃない」
「じゃぁ、諦めて漏らすんだな。大丈夫、俺は黙っててやるから」
そう言うとまるで見放された子供の様に不安げな表情で俺を見上げていた。とても懐かしい表情だった。俺が遊ぶのを断った時はこんな顔をしてたっけ。
「……分かった。するから、見ないでよ」
「みねーよ」
楓はそう言ってカラーコーンを引きずりながら倉庫の隅に向かった。布が肌と擦れる音が静かな倉庫に響く……俺は窓を見ながら気にしないようにするつもりだったんだけど。音が聞こえる。
「済んだわ。これどうしようか」
「その辺に立て掛けるか?」
「任せるわ」
カラーコーンを手渡された……臭い。
「凄い出たな」
「見るな。さっさと片付けて」
「それにしても音が凄いんだな女子って」
「聴いてたんだ……」
俺は無視してカラーコーンをどうするか悩む……ひっくり返しているから中身が漏れるな。倒れない様にするにはどうしようか……俺は壊れた椅子を持ってきて倒れない様に足代わりにした。一本足が無い椅子も使えるらしい、斜めに壁へ立て掛けて俺は楓の元に向かう。
「はぁ……あんな姿をあんたに見られるなんて」
「見てないから気にすんな。もっと御淑やかで可愛い子ならまだしもお前だしな」
「うざ」
元気なので気にするのは止めよう。それにしても宝塚達が遅すぎるのが気掛かりだ。そう思っていた矢先にガコンと音が聞こえた、この音は机を動かす音だと思うけど何かが体当たりするように連続してガコガコ音が鳴っている。
「やっと帰ってきたか。宝塚の奴」
「でも、音が変じゃない? 声も聞こえないし」
不規則になる異音は確かに気になる。俺はそっと手を伸ばしてドアノブに手を掛けるとゆっくり回した。もしも塞いでいた机が無くなっているなら開くはずだ。
そっと腕に力を入れると扉が動く……今まで動かなかったのに動いている。つまり、宝塚達が組んだ机は退かされているってことか。ならこの奥には宝塚達がいるはず。もう少し力を入れると向こう側の光が差してきた、顔をドアに擦り付けながらその光の先も見ると信じられない光景が広がっていた。校舎の前を歩いていた白い服の女性の後ろ姿が見えた、腕は肘から先が存在しなくて肉が見える。普段見る事のない肉の断面は何かに噛まれた様に傷跡が歪で血が一定の間隔で地面に跡を付けているのが現実だと思えた。
その女の人は壁にぶつかりながら向こう側に歩いている。ボサボサの髪は清潔感が無くて土や葉っぱが付いていた……ゆっくりと歩いて行く姿を見ている俺に好奇心が勝ったのか後ろから声が聞こえる。
「何見てんの? 誰か居るの?」
そう言いながら俺の後ろから同じように向こう側を見ようと俺を押した。その力が加わって廊下を鉄が引きずられる音が響く、固定の緩かった机が動く音だと気づく前に目前の女が振り返った。
その顔は半分が潰れていて眼球が一つ変な方向を見て飛び出ている。頬の肉が生々しい……そして、俺に向かって歩いてきた。
「どけ」
そう言って俺は扉を閉めて初めて鍵を掛けた。
「ちょっと……何すんのよって顔色悪いわね」
「絶対に開けるなよ」
何かがぶつかる音が扉の近くで鳴った……これはあの女の人だよな。さっき見た光景を思い出すと胸の奥が重くなって背筋が冷える感覚が俺を襲い何かが催す。
「何この音? おかしくない?」
俺は直ぐに立ち上がりカラーコーンに走る。
「うぅ、おっえぇー……ごほっ」
「ちょっと」
楓の事なんて気にする余裕なんて無い。俺はカラーコーンの中にゲロをぶちまけた、呼吸が乱れて息を吸うと楓の尿の匂いが更に追い打ちを掛ける。
「絶対に開けるなよ。そこの椅子から動くなよ」
「えぇ、分かったわ」
俺は水を手に取り勢いよく飲む、俺が蹴りを入れても開かなかった扉だ。きっと大丈夫だと思うがアレは本当にゾンビって奴だよな。特殊メイクには見えなかった。俺は窓際に立って深呼吸をする、あの場所だともう一度吐きそうでヤバかった。この窓は空かないタイプなのが本当に運が悪い。
すると窓から見えていた道路に人影が複数見えた、その人達はまるで犬のように餌を食べている。何を食べているのか? それはしばらく眺めていたら直ぐに分かった。飽きたのか人が立ち去った後には人間が倒れていた。そして、動き出した。
「楓……もう駄目かもしれない」




