適性者:楓
気が付いたら眠ってたみたい。目が覚めると部屋がうっすら明るかった。隣を見ると玲と深雪は眠っている……二人は抱き着いてない。寝ている間に離れちゃったんだね。それにしても玲の寝顔は可愛い、眺めて居たいけど準備を始める。
顔を洗ってコンビニで買った化粧道具を取り出してメイクをした。誰よりも早く起きてばっちりメイクのあたしは無敵。部屋に戻ると二人が起き始めた。
「おはよう玲」
「おはよー」
寝ぼけ眼で変な顔。あたしの顔を見た深雪は驚いた顔をして同じように化粧道具を置いていた部屋に向かって行った。ふふん、あたしの方が絶対に可愛い。
「早く準備して行きましょう」
「あぁ、皆を起こしてくる」
一人で庭に出ると少しだけ肌寒かった。イイコトがありますように!
「あ、楓。荷物を車に運ぶよ」
「うん」
庭まで探しに来てくれたのかな。さぁ、そろそろ出発の時間よね。先生の車は八人乗りで案外広い。運転手の先生と助手席には聡で後ろには私達。玲が通話を掛けてスピーカーにしてくれたから清孝とか言う奴の声が聞こえる。
『東里玲くん達は、もう動ける感じかな?』
「えぇ、行けます」
『よーし、少し待ってね。ルートチェックするから』
早く出発しないかなぁ。
『出て左に曲がって真っすぐ行くと大型スーパーがあるよね?』
「その通りだよ。でも、あっちはゾンビが多いんじゃないか?」
『もう廃墟と化してるし誰も居ないみたいだね。なら、大型スーパーの手前で右に曲がれば大丈夫だね。想定しているルート通りに行けば大丈夫だよ』
「よし、じゃぁ行くか」
先生が何かの機械を操作すると、あたし達が入ってきた所とは反対にあるシャッターが開いて道路が見えた。
「先生。任せたぜ」
車のエンジンとかに釣られたりしないのかな。車の中から外の様子を眺めていると遠くに歩いてる人影を見つけた。まだ、沢山居るんだろうなぁ。
「ここを右だね」
「そうです」
大型スーパーはガラスが割れて血だらけだし薄気味悪い。そこを曲がると道路に一匹のゾンビが歩いている。
『気にしないで進んで』
清孝の声に従いゾンビの隣すれっすれを駆け抜けた。
『この先はゆっくり進んで、左にゾンビが沢山いるから曲がらないでね」
十字路を真っ直ぐ通ると本当に左の道にゾンビが大量に居た。三十を越えるゾンビが道路を占領している。
「東里! 本当にゾンビが沢山いるぞ。これなら安全に避難所へ行けるな」
「あぁ、宝塚。もう少しの辛抱だ」
カメラで見ているのは本当のようね。車内の雰囲気は希望に満ち溢れているって感じで深雪もほっとしている様に見える。
『この先を右に曲がって』
車は指示に従い、曲がった。疑う気持ちは一切ない。清孝のナビに従い曲がる。
「まってまってまって、僕の目がオカシイのかな。ゾンビの群れが正面に居るぞ」
次の十字路を真っすぐ行くとゾンビの群れに突っ込む事になる。
『大丈夫だよ。安心して手前で左に曲がって……あぁ、スピードを上げて急いで』
「先生! もっとアクセルを踏んで」
「分かりました」
速度が急に上がった。確かに正面を確認すると軍団の様にゾンビが此方に歩いている。もし、あれに捕まったら大変な事になる。先生は言われるままにスピードを上げた。
『早く左に曲がって――なんてね』
深雪の悲鳴が車内に鳴り響く。信じて進んだ先にはゾンビが居てハンドル操作を誤った結果。
電柱にぶつかって車は動きを止めた。
頭打った……たんこぶ出来そう。深雪は額から血を流してるし他のみんなは?
「おまえら、車から降りて逃げろ」
聡が外に出ながら叫んだ。先生は動かない、玲は?
「楓、深雪と一旦逃げろ。俺は先生を」
「分かった」
後部席左のドアを開けて深雪の手を掴んで外に出る。
「玲くん!」
「いいから早く逃げるわよ」
深雪の腕を力いっぱい掴んで走る。曲がった十字路は狭く電柱にぶつかった車の近くにはブロック塀があり民家が広がっていた。あたし達は来た道を戻る。聡を見たら車に迫るゾンビをバットで殴っているのが見えた。急いで来た道を戻らないと左折する前にいた正面のゾンビが姿を表していて逃げれなくなる。
「深雪早く」
「うん」
玲達は上手く逃げてくれる事を信じるしかない。聡も居るから大丈夫よね。
「待って……」
「どうしたの深雪」
「ちょっと、足が」
「大丈夫よ。落ち着いて」
「うん」
何処に逃げよう。来た道は確かもう少し先は大丈夫だけど奥はゾンビの群れが居たわね。
逃げて皆と合流しなきゃ……ん?
皆と合流?
する必要はある?
あれぇ?
何で皆と合流する必要があるんだっけ?
あたしだけが玲と合流したら良くないかな。
隣には立ち止まって片足を擦っている深雪が居る。二人で全力で走ったからこそ、ゾンビから逃げる事が出来た。深雪の足が悪化しているけど、逃げる事は出来た。
「深雪は、玲の事をどう思ってるの?」
「急にどうしたの楓。あ、ごめん。早く逃げなきゃだよね」
「ううん。単純に深雪は玲の事をどう思ってるのかなって」
「好きだよ。さぁ、早く逃げよ」
そうだよね。見ていて分かるもん。好きなんだよね。
でも、あたしの方が玲の事を好きなんだよ?
深雪は要らないよ。今はみんなとはぐれている。
「ちょっと、待ってね」
「うん」
周りを見渡すと半分に割れたブロックが落ちていた。近くのブロック塀が壊されていたので欠片だろうか。手に取ると片手で持てる重さだった。ゆっくりと深雪の元に近づく。
「ねぇ、左足の何処が一番痛い?」
「この辺なんだけど……」
「そう」
指をさした所に向かってブロックの欠片を叩きつけた。
「いたっ……楓。何で?」
「さぁ、なんでかな」
あたしを見る目が変わった。怯える表情の深雪は以外と可愛いわね、それより教えてあげなきゃ。
「後ろ見て」
「ッ!!」
そう、ゾンビが三人歩いてきてくれたぁ。早く早く! こっちに深雪がいるよ。
「嘘だよね。楓! 置いてかないよね?」
「うーん。どうしよっかなぁ」
やっぱり来て正解だぁ。イイコトはあったよ。だって、一番邪魔な人を消せるんだもん!
「確か――あたしが倉庫に連れていかれる時を覚えてる?」
「うんうん覚えてるよ」
「じゃぁ、あたしが連れて行かれる時に深雪が見放したの……覚えてる?」
「あっ、ええっと」
あの時の深雪はこんな気持ちだったのかなぁ。弱者を見るあの時の深雪と同じ眼で見れてるかな。あたし……ちゃんと出来てるかな。
「覚えてるよねぇ。その後、玲の家に来た時もあたし……言ったよねぇ?」
「待って、楓。お願い助けて。やだよ、嘘だよね。置いてかないよね」
あぁ、もう少しでゾンビに捕まるぞっと。醜く顔が崩れたゾンビのご飯になってね。
「ごめんなさい。ごめんなさい。助けて――」
大粒の涙を流して折角のメイクも崩れてる、背中をゾンビに掴まれた瞬間の顔が絶望に満ちていた。
「玲くん……」
「大丈夫だよ。安心してね深雪。玲にはあたしが居るんだから」
よぉし。今日は素敵な一日になりそうだね。
急いで玲の所に行かなきゃ!
ええっと、玲はどこかなぁ。んー。あっちの方向な気がする!
女の感は当たるって言うし。その前にゾンビからあたしも逃げなきゃね。
深雪に集まっているゾンビの傍らを通る。深雪に興味津々なのかあたしには一切目をくれない。
それどころか、周りにいるゾンビがあたしを見ても反応していない。あれぇ?
これは、始めて三人でコンビニに向かった時もあったなぁ。あたしが近づいて石を投げても反応しないゾンビが。
「もしかして、皆もあたしを応援してくれるの? 早く玲の所に行ってあげてって事?」
さぁ、早く玲を抱きしめたい。大丈夫? って声を掛けて安心させたい。どさくさに紛れてちゅーしちゃおっかな。
あれー? 車を見たらゾンビが周りを囲んで居て聡の姿は見えないし死んじゃった? 運転席には人が居るから先生は寝ているのかなぁ?
玲はええっと。あっちだ!
女の感を信じて真っすぐ進むぞ! 待っててね。あたしの大好きな玲くん。




