司令官の存在
宝塚は俺達に気付いていない。同じようにゾンビの群れを見ているので目的は一緒かな。ゾンビの群れを目の前に歩いて向かうのは流石に避けたい。
「裏から回ろう。少し戻って向こう側に向かえば合流できるはず」
俺の言葉に従い三人で来た道を戻る。道中にゾンビが少なかったのは人を追いかけてあの大型スーパーに集団で移動しているからかな。それにしても運が良い。人が居ないと判断された後の様な……かくれんぼなら探し終えた場所だから誰も居ないと思われている気分。
「ちょっと道が細いわね」
楓の言う通りで道幅が半分程になった。左右の脇道に気を付けながら俺達は進み宝塚が移動して居なければ此処を曲がると……お、いた。
「宝塚」
俺の言葉を聞いて背筋を伸ばし見た目に反して飛びあがった。
「びっくりさせないでよ東里。って学校から逃げ出せたんだね」
「何か言う事があるんじゃないかなぁ?」
俺が宝塚に一歩足を進めた瞬間に驚くほど素早く――土下座した。
「本当にごめん」
想像していた行動では狼狽えそうだったのに……俺は呆気に取られる。
「ごめんで済むわけないでしょうが」
土下座する宝塚に向かって楓は容赦なく近づき肩を蹴った。宝塚の綺麗な土下座が崩れて視線を上に向ける――驚いた表情から視線をずらした。
「僕もあの時は急な出来事で……でも、本当に西城さんも無事で良かった」
「あんたらのお陰で酷い目にあったんだから。玲と一緒に……ううん、あれはいいわ。それより皆は何処にいったのよ」
ガシガシと足蹴りにされる宝塚を眺めていた。何故か顔がにやけるのを我慢している風に見える。こいつの性癖なんて知らんが女の子に蹴られて喜ぶのか? 視線がチラチラとしているのが気になった。
そして、俺は気付いた。
「楓……多分丸見えだぞ」
「えぇ?」
俺の言葉を聞いて楓の足蹴りが止まる。肩に片足を乗せたまま……自分の状況に気付いた楓はスカートを手で押さえる。
「信じらんない。しねデブ」
「本当にごめん」
さっきとは違う意味で謝ってるなこいつ。それにしても疑問が残る。皆でショッピングセンターへ向かったと深雪から聞いてたんだけど。
「西城さん。声を抑えて、あいつらに気付かれる」
目で見える範囲にゾンビが居るのは事実で楓の声量も大きい。
「走って逃げればいいのよ、それにあいつ等目は悪いんでしょ。それで皆は?」
「今は先生の家にお世話になってて、僕と北山の二人で食料の調達と周囲の情報を調査してたんだ」
楓にバットを向けて倉庫に追いやった北山も近くにいるのか……それより、訊きたい事が俺にはある。
「ショッピングセンターには向かわなかったのか?」
「僕達は向かったんだけど――」
宝塚が説明しようとした瞬間に俺の肩が叩かれた。後ろで俺達の様子を見ていた深雪だとすぐに気付く。
「玲くん。こっちに向かってる」
深雪が指した方向を見るとゾンビが一匹、俺達に気付いてゆっくり歩いていた。一見分からないが同じ制服を着ているので学校の誰かだと思う、血で薄黒く汚れた制服は所々の地肌が見えてボロボロだった。
「音に反応するんでしょ、まだ距離もあるしこれで」
事前に音が有効だと教えていたので楓はポケットから小銭を取り出し遠くへ放り投げようとした。
「西城さん。ダメだ」
焦りながら楓を止めようとしたが間に合わない。
放物線を描き投擲された小銭はバラバラに散りスーパー近くの壁に当たって音を鳴らした。一部が金属にぶつかりキーンと響くと複数のゾンビがその音のした方向を向く。
「あわわ、やばいぞ東里」
あぁ、そうか。宝塚はゾンビが音に反応するし目が悪くて動かなければ見逃す事を知らないのか……この距離なら大丈夫だと思うんだけど。
「大変だ。逃げよう」
「落ち着けって宝塚。動かなければ大丈夫だって」
その場を速やかに離れようと立ち上がった彼の肩に手を置き静止する。その肩が小刻みに震えており違和感を覚えが大丈夫。動かなければ……。
一匹のスーツを着た背の高いゾンビが俺達の方向を見て片腕を上げ明らかに俺達を指さして高らかに叫ぶ。その声は怒号そのもので俺の額に汗が流れる。
叫び声を合図に周りのゾンビが俺達に向かって歩みを進めた。その様子を見て楓がもう一度遠くに小銭を投げるが見向きもしない。
「ああああああ逃げなきゃ皆も早く」
宝塚が走り出すので俺達も釣られて走り出した。宝塚を先頭に楓が続いて俺も走ったが振り返ると深雪が出遅れている。
深雪は足を痛めているから走るのは……でも今の距離なら余裕があった。俺は深雪の元に向かい背負っていたリュックを外してお腹に抱える様に持ちしゃがんむ。
「深雪ほら」
「ありがとう」
俺はあの時と同じように深雪を背負う。おデブ体系の宝塚は走るのがお世辞でも速いとは言えない。俺なら深雪を背負っていても宝塚と同じ速度で動ける。足音をドタドタ響かせながら二人の後を追う。
先行している二人に追いつくと息が切れていたがここは頑張りどころだ。
「宝塚ぁ! 何処に行く」
「先生の家に隠れよう。あ、聡だ」
俺達の行く先に血まみれのバットを持った北山が立っていた。
「東里と西城お前らどうして……」
「それより、コマンダーに気付かれた。先生の家に逃げよう」
「くそ、行くぞ」
コマンダー? 初めて聞いた。それにさっきのゾンビは他とは違って……今は考えるよりも逃げるのが先だ。
「玲くん大丈夫? ダメなら置いて――」
「大丈夫……だよ。気にしないで」
息を切らしながら皆の後を追いかけるのがやっとだ。初めに思いっきり走ったから呼吸が乱れていつもより早く疲れる。一番前を走っている北山が道中に佇んでいるゾンビに向かってバットを振り回すのが見えた。鈍い音を響かせながら進んで行く。殴られたゾンビは壁にぶつかり倒れたので安全に通れた。
北山が大きな門の隣にある出入口用の扉を開けて中に入り宝塚も続いた。
「皆も早く」
中に入ると宝塚が出入口を閉じて俺は深雪を下ろした。
「はぁはぁ、西城さん無茶だよ」
「何なのよあれ」
「いいから中に行こうぜ。外に居るとあいつらが音に気付くかもしれない」
北山の言う事は的を得ている。ここで話していたらあいつ等が近寄るかもしれない……呼吸を整えて周りを確認すると屋敷か? 建物の前に広い庭があり周りが塀で囲まれている。小さな家なら三軒くらい建てきれそうな広さだった。
扉を開けて中に入ると和風の旅館に近いデザインで立派な柱や綺麗な廊下が目前に広がりスーツを着た先生が現れる。
「東里くんそれに西城さんと桜井さん……無事だったんですね」
先生が泣き出した。




