episode2
ほんの数秒だけ、沈黙の時間が流れた。ブロンド女はじっと、じっとリゼの顔に眼を向けている。
俺とリゼの頬には一筋、冷や汗が伝った。何とか話題を変えたくて、適当に口を開く。
「ま、まぁな。俺はちょっとだけマニアックでよ、人形と言えど細部まで凝って作ったんだ。肌も特注で。凄いだろ?」
正直冗談だ。だがブロンド女はそれを信じてくれた様で、透き通る綺麗な瞳を俺に向けた。
「そうなのね。少しだけ気色は悪いけれど、人形にも命が宿っているのだから、これくらい可愛くしてあげなきゃね。いい考えだと思うわ」
「お、おう。分かってくれるとは中々いい奴だ」
「ありがと」
本当にいい奴だなこのブロンド女。飯も多めに買ってくれたし、俺のことも直ぐに信じてくれた。……嘘なのが心苦しいが。
隣に座るリゼがほっとした様にお握りを頬張って、俺も顔に出さない様に安心した。
そんな俺達の心境を知る由もないブロンド女は、小屋の小さな椅子に腰掛けて、いつかの自分を語りだす。
「私はかつて……とても平和とは言えない小さな国に住んでいたわ。今では少しも珍しくない上、常識なんだけれど、人形達も勿論暮らしてた」
「小さな国か。俺はそこそこ大きな国の小さな町に住んでたからな。……それどこの国だ?」
「ここからはかなり近いわ。『ハングラ』って国よ、知ってる?」
「あー、分かる分かる」
ハングラってのは、下手したら町と同じくらいのとても小さな西洋の国だ。かつては領土を広める為、無謀な戦いを周辺の国に挑んでいたとか。
つい数年前、隣の国と合併したか何かってニュースになってた。つまりブロンド女の故郷と言える国は、存在しないとも言える。
そのハングラは絡繰人形が盛んな国だったから、ブロンド女のサイクロプスもそうなんだろう。
「ハングラの更に小さな町では、ある問題が発覚したわ。それが合併される原因となったのだけれど」
声のトーンを落としたのは、それ程嫌な記憶だったからなのだろうか。だとしても何だか分からない俺は、デリカシーや相手の心境など考えに入れず、疑問を投げかけた。
「問題ってのは、そこまで国に影響するもんだったのか? その問題は、国をめちゃくちゃにしちまうから他国と合併したとかか?」
「ええ、影響すると言えばしないことは無いわね。国をめちゃくちゃにするとまでは言わないけど、国が滅びる可能性はなきにしもあらず……ってとこね」
めちゃくちゃにするんじゃねぇか、それ。人形についての問題だとしたら、何だ? 国を滅ぼす程の兵器人形を極秘で造ってたとかか? ……いや、人形兵器なんてそうそう造れるもんじゃねぇ。無理だ。
違うとしたら何だ? 人形に関係するのかは定かじゃねぇが、国を滅ぼすほどの犯罪……とか。分かんねぇ。
答えが見つけられず、腕を組んだ俺に微笑みを向けたブロンド女は、リゼの頬に手を触れた。
「あの国の人形の八割は、禁忌人形だったのよ。死んだ人間をわざわざ引き取って、それを人形にしていたの。完全なる犯罪よ」
瞬間、ブロンド女の瞳には鬼気が宿った。なるほど、そういう訳か。
「禁忌人形ね……。だからお前は、この国に来たって訳か」
「いいえ、ここへは偶然よ。死霊魔術協会には手を出すつもりは無いわ。私にとって禁忌人形を扱う人間は悪──容赦なく全て潰すつもりだったけれど、あの団体には勝てる自信が無いから」
「ふーん、禁忌人形を使う奴全部……か。まぁ、犯罪者は叩いてなんぼでしょ。いいんじゃねぇの?」
「犯罪者は罰せられるのが当然なのよ。この国じゃ弱いから、私が正義を実行するわ」
「頑張れ」
中々正義漢っぽい女だな。禁忌人形を許す人間なんて性根の腐った奴らくらいだろうが、そうじゃない人間よりもブロンド女は憎んでるっぽい。
自分の力に自信がないから挑まないか。俺だったらそんな諦め、絶対にしてやらねぇ。奴らは一人残らずぶっ潰す。それが俺の目的だ。
「ねぇ、貴方の目的は何? この国の人間じゃないのなら、何の為にここまで来たのかなって」
「ぶっ」
「ちょっと汚いわよ。何でミルク吹き出すの」
いやだって目的のことを考えてたら目的のこと訊かれたんだもん。結構驚くからな。言っておくけど。
ブロンド女がじっと見つめてくる。恐らく、答えをペットの犬みたいに待ってるんだ。そうしたらもう隠せる気もしなくて、リゼに視線を変えた。
リゼが頷いたから、まぁ一応飯のお礼ということで教えることにした。疑われてもいいことは無いからな。
「俺達はその……死霊魔術協会をぶっ潰す為にここに来たんだよ。俺の大事な家族を殺されたから、復讐だ」
「えっ……。あ、そ、そうなの。何か、ごめんなさい」
「気にすんな。飯のお礼だとでも思ってくれりゃいい」
「でも、このご飯は私からのお礼よ。お礼にお礼されたら、借りを返したことにはならないわ」
「だから気にすんなって。しつこいぞお前。しつこ過ぎてストレス溜まって俺が禿げるわ」
「……は?」
ポカンと口を開くブロンド女を見て、皿の上の食事をピカピカに平らげた。リゼもとっくにお握りを完食していたらしくて、既に準備をしている。
同時に立ち上がった俺とリゼに釣られる様に立ち上がったブロンド女は、納得のいってなさそうな不満気な表情だった。
「借りなんて俺は殆ど返したことないから、マジで気にするな。逆に迷惑だから。じゃ、俺らはもう行く。飯サンキューな」
「待ってよ! ……名前くらい、覚えておいても損はないでしょう? 私はシルヴィア・グレイダー。貴方は? いえ、貴方達は?」
「俺はニセル・カームナイトだけど? んでこっちはリゼ。また何処かで会ったらよろしくな、シルヴィア、サイクロプス」
小屋の入り口で慎ましく立つサイクロプスの額を撫でてやり、俺達はその小屋から離れて行った。……サイクロプスデカいから手を伸ばさなきゃいけなくて、あまり格好はつかなかったな。
「兄さん、シルヴィアさんいい人っぽかったけど、町のこととか聞いておかなくてよかったの? きっと色々教えてくれたと思うんだけど」
商店街を抜けたところで、リゼは振り返った。俺はその手を取って、強引に歩を進める。
「アイツはいい奴だろうな、間違いなく。ただ、アイツの目的を考えて、一緒に入れると思うか?」
「……ううん、ごめん」
「ごめんはこっちのセリフだろ。それと、アイツは旅人だし、このドーリスって町に詳しいかどうかは不明だ。現地に住む人間に直接聞いて回った方が効率がいい」
「うん。そうかもね」
リゼは続けて「だけど……」と零す。それから誰の目にも留まることない慎重な目配をする。
俺は俺で堂々と周囲を見渡して、リゼの言葉が出るのを待った。
「町の人達、教えてくれるかな?」
「さーな。ま、やってみなきゃ分かんねぇだろ。とにかく、聞き込み開始だ。堂々とな」
俺はそう言ってリゼに「待て」をして、ベンチに腰を下ろした長髭の老人に近寄って行った。
正直、リゼの不安は最もだと言える。
ドーリスの人間は恐らく、死霊魔術協会に少しも目をつけられたくない筈だ。それなのに見知らぬ少年が協会について尋ねて来たら、迷惑でしかないだろう。
協会の人間はいつ何処に現れるか分からない。普段は一般人同様暮らしているという情報は持ってるから、この瞬間も見られているかも知れない。
……が、それこそ俺の思い通りなんだよ。
「死霊魔術協会、知ってるよな。この町の人間なら知らない筈がない」
俺の出した名前で、老人は顰蹙する。これはやはり、俺の想像通りの心境かも知れない。中々話を聞くのは難しそうだな。
老人は髭を撫でると、まるで汚物でも目にした様な嫌悪丸出しの表情を俺に向けた。
「小僧、その協会に何か用でもあるのか。言っておくが、興味本位で聞き回るのはお勧めしない」
「ふん、そうじゃない。俺は奴等に興味津々だぜ? ぶっ潰すために聞き込み中なんだ。何でもいいから、情報をくれないか?」
「図太い小僧だ。若者はそんなだから、奴等の手に落ちる。帰れ、親の元へ。小僧如きが手を出したところで、跡形もなく消されるだけだ」
「図太い神経は持ってて嫌なもんじゃねぇさ。親なんていねぇんだよ、さっさと知ってること話せじじぃ」
「ちょっ……! ごめんなさいおじいさん! 兄さん、穏和に行こう!?」
火花を散らす俺と老人の間に、リゼが無理矢理身体を捩じ込んだ。必死に頭を下げてやがる。みっともないな。
こんな自分の保身しか考えてないじじぃに、どんな態度を取ろうが構わないだろ。どうせこの聞き込みがバレたとして狙われるのは俺なのに、犯罪者を庇ってる様なものだ。
「何をしでかすつもりかは知らんが……この町に害を加えるつもりなら、考え直すんだな。お前では何も出来ん」
「そうかよ。残念だなじじぃ、俺はこの偽りの平和しか持たない悪臭の漂う町なんかに興味はねぇ。協会を潰せりゃそれでいいんだよ」
「ふん、戯言を」
髭を撫でた老人は、専用の人形だろうか、猫型の自動人形を抱きかかえて去って行った。
つまり、聞き込み第一回目は情報も得られずに失敗、だ。
隣で老人に向かって慎ましく手を振るリゼは、膨れっ面で俺を見上げた。
「あんなんで教えてくれる訳ないでしょ! おじいさんにとっては、『命知らずで無礼な小僧』が絡んで来ただけなんだからね!? 分かってるの!?」
「うるせぇな、んなこと百も承知だよ。実際、聞き込みの目的は情報を得ることじゃない。情報も得られれば一石二鳥、って話なだけだ」
「へ……?」
リゼは怪訝そうな表情で首を傾げた。分からないって顔だ。仕方ないな。
「さっきも言ったろ? 目立った方が奴等の耳に入る。噂はデカい方がいいんだよ。……自分から向かうより、相手からやって来てくれる方がやり易い。陥れることも可能だからな」
それが何の準備もしてない今だったら厳しいんだけどな。まぁ、まだ直ぐには来ないだろ。奴等も町の中心という目立つ場所で問題は起こしたくない筈だからな。
「そっか、でも案外……知られるのは早いかもよ? ほら、さっき商店街で既に目立ったし」
「あの時はまだ誰にも協会について喋ってないだろ? だからさっきのじじぃが最初だ。アレが広めるか、もしくは次ので大いに広まってくれるか……」
「次の?」
リゼの質問に答える様に、俺はバッグを漁る。そこから、五十枚はあるであろう張り紙を取り出した。
「これを配る。要するに、チラシだな。『協会について知ってたら教えて下さい』って印刷しておいた。顔写真もつけてな」
「誰か受け取ってくれるのかな。それとこれ、目が笑ってないのに口は笑ってるから顔邪神だね」
リゼは張り紙を一枚奪って呟いた。誰が邪神だ。一応全力の笑顔なんだからな?
リゼの不安や疑問通り、誰かが受け取ってくれるのか……そこは怪しいとこだ。協会からの眼を気にして受け取らない奴もいるだろう。受け取ったところで破り捨てる人間も少なくはないと思う。そんなのがあれば厄介だ。
──無理矢理にでも、町中に貼り付けてみるか。その場合。
「……まぁ、物は試しだ。リゼも配るの手伝ってくれよ?」
張り紙をリゼに四分の一手渡したら、もう一つ分抜き取られた。半分ずつがよかったらしい。
「頑張ろ。これは私達の、一世一代の復讐劇なんだから……!」
「おう。絶対に奴等を見つけ出して、仲間達を奪い返す。それだけじゃねぇ。奴等は一人残らずぶっ潰す!」
リゼと頷いて、町中の人達に張り紙を配り始めた。最早張り紙ではなくて完全にチラシみたいだ。
──因みにこの後三時間この場で粘ったが、十枚すら減ることはなかった。やっぱ、協会の眼を気にしてるんだろうな。
奴等らしき姿も見えねぇし、今日は収穫無しか。
「リゼ、疲れたろ。そろそろ帰るぞ。張り紙は適当な場所に歩きながら貼り付けていこう。……許可は取ってねぇけど」
「うん、そうだねそうしよ。許可は取ってないけど。……それより何処に向かうの?」
リゼは不思議そうに眉を曲げる。……あ、この柱とかいいかもな。大通りが直ぐ近くで、張り紙との色が全く合わなくて目立つだろうし。
「まぁ、宿になる場所さえ見つけられればそこでいいだろ。金はあまり持ってねぇから、何処かで商売でもしてみるか」
「商売って何か出来るの?」
張り紙を電柱にぺたりと貼り付ける俺を見て、リゼは嘆息する。確かに、売れる様な物を作る技術は持ってないな。
だとしてどうすりゃいい? 何処か、働かせてくれるか? あまりに悪名が広がっちまえば、それすら厳しくなるしなぁ。
「よし、リゼも手伝ってくれ。俺とお前はそれぞれ別の場所で働ける場所を探す。いいな?」
「兄さんしか張り紙には写ってないからってことだね。分かった、やってみよ」
「んじゃあ、明日は買い物だな。綺麗な服着てアピールしなきゃよ」