prologue
多分、最も長い作品となると思います。
お気に入りの作品です(笑)
人形だけど……ってな結構ありがちかも知れない作品ですが、宜しくお願いします!
何処かの西洋の何処かの田舎町。一つの大きくも小さくもない屋敷の中は、普段よりも数段静かだ。
ただ、鼻水を啜る音と、噎せる音と、泣き叫ぶ声さえ除けば、蚊の羽音さえはっきり聞こえそうなくらいに。
屋敷の扉は全開にされ、冬空の下ドライアイスの如く冷え込む風が屋敷内を包む。冷凍庫みたいな状態……そう表現すれば気温の低さは手に取るように分かることだろう。
大層な冷凍庫と化したその屋敷は、扉を過ぎるととても広いホールに入る。奥に両端の階段から二階に上がれる道があるが、手摺りは折られ砕かれ、ホール自体に至っては物など一つも残されていない。
そんな、物すら無くなってしまったホールの氷の様に冷たい床に、二人の子供がうつ伏せに倒れている。
少女は冷たくなった身体を床に寝かせ、僅かでも揺れることなく瞳を閉じる。もう一人の少年は、深く切れた左腕と裂けた左脇腹を引き摺り、その少女へ少しずつ……少しずつ右手を伸ばしている。
夜の田舎町に響く怨念の籠った泣き声は、少年のものだった。
「……はぁ、はぁ。ゔっ、くぅぅ……畜生、畜生……!」
少年は呼吸さえ荒上げ、横たわる少女に右手を伸ばす。彼の妹だからだ。
何故この様な惨状が起きているのか、それは数分前に遡る。
──この屋敷は心優しい天才絡繰技師の男性のものだ。親に見捨てられたなど、様々な理由を持つ孤児達を引き取り、絡繰を操る術などを伝授していた。
少年少女十一名は彼の弟子としてこの屋敷に住まい、働き、家族同然に暮らしていた。
この日も普段通り魔術の練習をしたり絡繰を造る手伝いをしたりと、賑やかに過ごしていた。
──だが、突然響いた金属の砕かれる嫌な音と共に、平和な時間は崩された。
黒髪の若い女性を筆頭に、見るからに賊な服装をしたローブ姿の大人達が有無も言わさず踏み込んで来たのだ。
「おい! ここに何の様だ!? 言っておくが、金になる様なものなんて……」
「邪魔だどけ! 俺達ゃ技師さんに用があって来たんだよ。出て来いじじい!」
絡繰技師の弟子の一人。つまり孤児のクリスは弾き飛ばされ、打ち所が悪かったか首の骨が砕けてしまい即死となった。
絡繰技師の説得により、弟子達は対抗せずに彼が連れて行かれるのを見守った。『いつか帰って来る』と口にした彼を。
だがその言葉が何を動かしてしまったのか、賊達の予定は女性の命令によって変更された。
「一緒にいたいのなら、連れて行ってやればいい。お前達──弟子共を殺せ」
「おう!」
「な!? どういうことよ!? 何故、師匠は連れて行かれるのに私達は──ゔぁっ!」
「黙れ黙れぇ! お前らは身体だけ連れてきゃあそれだけで役に立てんだよ! 大人しくしてろ!」
弟子の一人、エイレーンは胸部に発砲され、数秒後にはピクリとも動かなくなる。逃げ惑う弟子達を救うことも出来ず、絡繰技師は涙ながらに連行された。
水色の美しい髪をしたフェリシアは腹を剣で貫かれ、声も出さずに倒れる。その姉であるルジュアは応戦するも、呆気なく撃ち殺される。弟子達の中で最も古株であるがたいのいいゴアは反撃に出るも武器の前ではなす術がなかった。エリーゼ、テレーズと次いで命を落とす仲間達を横目に、少年は必死に妹を守り続けていた。
「しつけぇガキだな! 左腕捥げそうな癖によ! 退いてろ後で相手してやるから!」
「ざけんな! おい! サイベル、リューシャ無事か!? 返事しろ……ぐあぁっ!」
少年の小さな身体では大人に敵う筈も無く、脇腹に深く切り傷をつけられてしまった。直後捕らえられた妹は胸部を撃ち抜かれ、その細い腕を垂らした。
少年は衝動に駆られた様に痛みを思わせぬ豪快な飛びつきを見せ、鮮血を撒き散らしながら、妹を掴む腕を必死に引き剥がそうとする。
「返せ! リゼを……俺の妹と仲間を返しやがれテメェらぁ! ざけんなよ! 俺達が何したってんだ!!」
「放してやれ」
蹴られ踏まれ、今にも意識が飛びそうな少年だったが、女性の一言によって妹ごと解放された。そのまま床に伏せて──今の状態に至る。
もう手の温もりなど感じない、ただの物となってしまった妹。必死に手を握り、何度も握り締めて、温もりを分け与えようとする。しかしそれも無駄だった。
妹は死んでしまった。その事実は少年に涙を流させ、同時に復讐心を植え付けた。
「はぁ……リゼ、リゼ……決めたぞ。俺は決めた……」
自身の体温さえもう残っているのか分からない。視界だって朧げに見えている。そんな少年は、動かぬ妹を壁に寄りかかって肩に寄せ、己の目標を口にする。
「俺は奴ら……許さねぇ。し、師匠を……皆を……救ってやる……連れ戻してやる。俺は奴らを──一人残らずぶち殺す」
少年の眼は憎悪だけの塊と化し、その眼には『妹』『仲間達』『師匠』そして『奴等』しか映っていなかった。