スクルージ氏の独白
スクルージ氏との面会の約束はしていない。
「待っていたよ」
相変わらず、目の下を真っ黒にさせながらもしっかりとした声、白髪のオールバック。
長身で、年齢の割りにガッチリとした体格。
襟元をボタンでキッチリとめた半袖のシャツに折れ目のついた少しダボったい黒のパンツ。
真っ赤に充血した目に真っ黒なクマ。頬骨が浮き出るくらいに痩せこけた頬。 この依頼を受けたときと全く変わらない容姿。
領主。 【スクルージ=ディスコニアン】だ。
重厚な執務机を挟んで相対すると、胸の谷間に挟んでいたアサルトドアの書をスクルージ氏の目の前に表表紙を上に、静かに置いた。
文字も図柄もない無地の茶色い表紙。
「本物のアサルトドアの書のようだ」
座っている執務椅子の背もたれに背中を預け、執務机に置かれたアサルトドアの書に触れるこなく一瞥。
「今回の依頼の報酬だ」
執務机の上に、大きな、菱形の台座にはめ込まれたキューブクリスタルが、ゴトリと置かれた。 大きさは、拳2つ分くらい。
机に置かれた時の音から察するに、かなりの重量感。
世間では、自分のキューブクリスタルを各々が色んなデコレーションをして楽しむのが、最近の流行りではあるけれど、
こんなに大きなデコレーションをしたキューブクリスタルを持ち歩くとか、さすがに面倒じゃないのかな? でも、領主館で使う事務用としてのキューブクリスタルなら納得だ。
あたしは自分のキューブクリスタルを胸元から取り出すと、スクルージ氏のキューブクリスタルから報酬を受けとる。
あたしのキューブクリスタルは牛の角の形をした白と黒の模様をあしらった牛柄のケースに、収められている。
黒光りする怪しい閃光と、激しく燃える炎の閃光が瞬く。
あたしのキューブクリスタルに今回の依頼料、五百万キャロルが流れ込む。
自分のキューブクリスタルをつまみながら天井からの光を利用して、手のひらに投射される文字を眺める。
―5035000キャロル― 今すぐスキップしながら、小躍りしたくなる衝動を抑えながら、深紅のキューブクリスタルをケースにしまい、胸の中に落とす。
スクルージ氏からの依頼はこれで終わり。 あとはこのまま領主館を後にして、しばらくの間、自由気ままな食べ歩きを楽しもうカナ? と思った時だ。
「さて、エレナ君追加の依頼をしたいのだが、いいかね?」
スクルージ氏からの追加の依頼の打診だ。
「すでに調べてあると思うのだが」
椅子に腰かけながらスクルージ氏はそう言って口を濁す。
おそらく、この先を話していいのか考えているんだと思う。
僅かな沈黙……。
執務机に置かれた一冊の本。アサルトドアの書をジッと見つめ、一呼吸おいた後、スクルージ氏は口を開く。
「私には娘がいたのだ」
もちろん知っている。 この街で産まれ、この街で生活していたロゼッタという女の子。
「妻、クラリーノとの娘だ」
>もちろんスクルージ氏の奥さんについても知っている。
「ロゼッタが生きていれば今頃、成人して嫁に行き結婚して幸せな生活を送っていたはずなのだが……」
確かに、スクルージ氏の今の年齢を考えればロゼッタも成人して結婚して幸せな生活を送っていたに違いない。
でもこの言い回し、ロゼッタは亡くなってしまった。という言い回し?
スクルージ氏はジッと見つめていたアサルトドアの書に手を伸ばしながらゆっくりと話し出す。
「キミがこのアサルトドアの書を盗み、私のもとへ持ってこれたという事は、このアサルトドアの書について知っているようだね?」
スクルージ氏の、アサルトドアの書に関する秘密の確認。 確かにあたしは、アサルトドアの書について知っている。
大まかに分けて風の噂で聴いた人喰いの邪本という話しと、今回の依頼であたし自身がこの邪本に喰われかけた事だ。
もし、あたしがこの邪本について何も知らなければ……。想像しただけでゾッとする。
スクルージ氏の問いにあたしは無言の肯定を示すと、スクルージ氏は閉じられたアサルトドアの書を手に取ると、ゆっくりと胸元まで運ぶ。
「今までに、この本から生還した者はごく僅かしかいない……」
スクルージ氏はそう言って一度、目を閉じて数秒深くため息を吐く。
「すまない」
かすかな謝罪の声。それが一体何に対しての謝罪なのか? カッと目を見開いてアサルトドアの書を開く。