幕間その3 【信じちゃダメよ】
ロージさんの部屋には当然の如く、カラフルな酒瓶がアチコチに散らかり、それに混じって沢山のオシャレな形の香水の瓶も一緒に転がっている。
正面にツイタテが1つ、右側にベッドとドレッサー、それに鏡台と並び左側にはいくつもの木箱。
部屋に足を一歩踏み入れると、ツイタテの後ろへ来るように指示される。
■ ■
ツイタテの向こう側は簡素な木製のテーブルと椅子、そして一枚の扉。ロージさんはテーブルに腰掛け、酒瓶ではなく白い陶器のソーサーに紅い色の紅茶を入れて飲んでいた。
腰掛けたロージさんのテーブルを挟んだ対面にはもう1セット、ソーサの上に白い陶器のカップ。
心が落ち着くようなすごくいい香り。
これだけいい香を漂わせるなんて、混ざりものがない高級な茶葉なんだろう。
カップからは白い湯気が立ちのぼり、中身は紅い紅茶。
酒乱で同性でも食べちゃうような淫乱かと思っていたら、まともな口調。しかも優雅に紅茶を嗜んでいる。
清流のような澄んだ声。 飲んでいた紅茶の入った陶器を戻す。
初対面との印象が全然違う。どこか浮き世離れした高貴なご婦人と言った感じ。
ロージさんへの警戒心が薄れる。
「お座りなさい」
ロージさんに促され対面に腰掛ける。
「大丈夫よ。なにも入ってないから」
この場合の『なにも入ってない』とは睡眠薬や痺れ薬、その他の毒物であろう。
「エレナちゃんは私と同じ同族。女だから教えておいてあげる」
話し半分、食べられると思いながら身構えていると、ロージさんが話しはじめる。
■ ■
先ほどまで飲んだくれのような口調だったのに、酔った素振りが全くない。
あたしはカップを持ち上げ、唇に運ぶ。
「エレナちゃんはこの仕事はほとんど経験ないでしょ? 世界は広いの、そしてこの職業も広いの。わかる?」
「はい」
確かにロージさんの言う通り世界は広いし、この職業もまた広い。だけど、今は世界に関しては置いておく。
カップに唇だけつけてソーサーに戻す。
これは一つのマナー。
出されたものに口をつけないのは相手にとってすごく失礼な事。
なので唇だけつけてなるべく音を立てないように、テーブルに置かれたソーサーにカップを戻す。
ロージさんに対する警戒心はちょっとだけ薄れたけれども、あたしはやっぱり信用していない。
だから、口に含まずカップを戻す。
「エレナちゃんは、本当にかわいいから、お姉さんが特別に教えてアゲル」
ウェーブのかかった金髪を揺らしながら、大きな猫目を数回まばたきさせる。
なんだかイヤらしい言い回し、この場合はロージさんを先輩と見て話しを聞く事にする。
細いあごを引き、上目遣い。ウェーブのかかった金髪が流れるように揺れる。
「本当はあの時、お逃げなさい。とアドバイスするつもりだったの、でもとんだ邪魔が入ってしまって、ごめんなさい」
あたしを逃がすためだなんていったいどういう事なんだろう? 疑問に思いながら話を聞く。
「でも、残念だけどもう遅いわ。」
上目遣いのまま、瞳を伏せて首を小さく左右に振ると同時に悲しそうにいう。
「詳しい事は言えないけど、お姉さんから1つだけアドバイスしてあげる」
ロージさんからのアドバイスをもらおうとした時だった。
■ ■
ドンドンドン!――
ドアが叩かれる。
「ロージいるか?」
甲高い金切り声、パゲレスさんだ。
「いるわよ!ウルサいわね!」
澄んだ清流だった声が一瞬で土砂降りの雨で勢いが増した濁流の声に変わる。
「団長が呼んでるぞ」 「直ぐ行くわ」
パゲレスさんに呼ばれたロージさん。すごく不機嫌。
「ごめんなさいね、エレナちゃん。いい?絶対に信用しちゃダメだからね」
あたしの耳元にゆっくり流れる小川のような声で囁くとすぐに、足元をフラフラと千鳥足でツイタテの向こうへ。
初対面で酒乱で淫乱の同性好き? のロージさんの印象と
今のロージさんの印象が全く違う事に疑問を抱かずにいられなかった。
―バタンッ―
幕間編、まだまだ続きます