魔王
真後ろにサラとサラが演奏するピアノがある。
手刀を切りマスターにもう一度オーダーを入れる。
【デモンテール】
数あるドリンクの中で最高のアルコール度数を誇り、その香りだけでも酔える無色透明のドリンク。
逆三角形のグラスに注がれ、炭酸でシュワシュワと音を奏でる。最強の濃度を誇るドリンクは、それだけで周りにいる人達を巻き込んで酔わせるので、ある意味はた迷惑なドリンクであるのだが、生憎と、ここは酒場。
酒に酔うための場所だ。カウンター席にはあたしの他に数名が座っている。
カウンター席に座る周囲の客はトレイに載って出てきたデモンテールの香りに微妙な顔をする。注文したのがあたしなんだからあたしが飲むのはあたりまえ。 だけど残念。こんな強いドリンク、よほどの事じゃなければあたしでも飲まない。
トレイに載せられたドリンクを丁寧に受け取り、静かに後ろのサラの戦場へと運ぶ。
丁度サラの演奏が終わり、静かに立ち上がると頭を下げる。
腰まで届く黒髪は頭を下げれば当然、顔全体を覆う事になり端から見ればオバケだ。顔にかかった黒髪をかきあげ、整えながら頭をあげるとピアノの脇に置かれたデモンテールを一瞥。
一瞬顔がニヤケると、直ぐに真顔に戻る。優雅にステムに指をかけるとリムに唇をあてる。
ピンク色の唇が一瞬別の生き物のように見もえる。
逆三角形のボウルに注がれた無色透明の液体は一瞬にしてその唇に吸い込まれる。
こんな強烈なドリンクを一気に飲むなんてしたら、一瞬で倒れてしまうだろう。
「ごちそうさま」
サラは控え目な声で一言。空になったグラスをトレイに戻すと戦場から私の隣のカウンター席に腰掛ける。
ここで演奏をしていると言ってもずっと演奏しているワケではない。サラだって人間、最強のドリンクを一気に飲み干す化け物でも休憩は必要である。
胸にしまっていた紙片をテーブルに置く。
サラ=クレストリナ。
彼女は情報屋だ。このスクルージディスコニアンきっての最高の情報屋。
彼女との出逢いのお話しはまた今度。
あたしと彼女のやりとりは端から見れば、お酒をおごってくれてありがとう。常連さん。な感じであろう。
とは、言ってもあたしはこの街にはまだ二度目なんだけど、彼女にはすでに何回か顔を合わせているので顔見知りである。
テーブルに置かれた紙片を受け取ると、チラッと一瞥して、紙片を胸の中にしまう。
先にオーダーした超濃生乳を飲み干してから、 カウンターでグラスを磨いたりドリンクを作ったりしているマスターに、さらに追加のオーダー。
今度はデモンテールを2つ。あたしの分とサラの分。
周囲の客はゾッとしている。
マスターに至っては両手を組んで祈りはじめている。
それもそのはず。女の子二人が最強のアルコール度数のデモンテールを飲もうとしているのだ。
最後に周りには聞こえないような控え目な声で
「うちの王女様をお願いします」と聞こえたまでは、覚えている。
気がつくと優しいピアノの音色に包まれながらカウンターに突っ伏して、いるのに気がつく。
「お客様、大丈夫でございますでしょうか?」
マスターがあたしの身を案じる。
サラが閑散とした店内で優しいメロディーの旋律を奏でている。
突っ伏していたあたしの目の前にはうずたかく詰まれたグラスの山。
「エレナ、美味しいお酒をありがとう」
ニコニコと演奏を続けるサラにジト目で睨みつけると、フラフラになりながら会計を済ませる。
「200000キャロルになります」
無情に言い渡される合計金額。
キューブクリスタル越しに会計を済ませる。
支払い金額は全然余裕だけど、頭が痛い……。
というか吐きそう。