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どっちが本当のスクルージ氏?


 下腹部に横一文字、熱を持った痛み。


「ッ!……」



 スクルージ氏が鞭をあたしに振るったのだ。

 想像以上の痛みに呻き声をあげる。

 前垂れが切れ落ちて床に落ちる。スカートの前面も一文字に裂かれ下腹部からもジワッとした熱いものが溢れ出す。


 スクルージ氏から何度も鞭の洗礼をうける。

―ピシャーン! ピシャーン! ピシャーン―


 スクルージ氏は本来、槍の使い手だと思うのだけれど、鞭の扱い方も上手い。


 あたしのミスリル銀糸で編まれた鞭は普通の皮編み製の鞭とは違い。ちょっと重くて扱いが難しいのだけれど、このスクルージ氏は難なく振り上げている。


 本来なら殺傷に特化した鞭をうまく振るって痛みを与えるための鞭として扱っている。


「ッツ!……」



身につけている装備を剥ぐように打ち込みつつ、素肌にも傷を付ける。

スクルージ氏が、打ち込む度に僅かに後ずさりながらダメージを軽減してはいるのだけれど、必要以上に後ずさりすると出入り口付近に到達してしまい、アサルトドアが出現してしまう。


 調度品がしまわれている棚の前へ移動してしまえば逃げ場がなくなってしまうし、かといって調度品の正面の出窓付近なんて、アサルトドアの餌食になってしまう。


 一進一退の一方的な攻撃。 スクルージ氏も、その辺りは考えて鞭を振るっている。


脚先から肩口までで、首から上を狙わない事には感謝するけれど、



裂傷により震える脚を地面に衝き立てながらこぼれる胸を隠す。


ふらふらになりながらも眉根を寄せてスクルージ氏を睨みつける。


確かに、悪党を始末できて治安の維持ができる上に領主としての支持率も上がる。

運が良ければ、ロゼッタちゃんも救出できるかもしれない……。


スクルージ氏の話しの続きに耳を傾ける。 



スクルージ氏は鞭を振り上げる。


「このアサルトドアの書は使える! 娘の命と引き換えにしてもいいくらいにな!」




(今……、『娘の命と引き換えにしても』って言ったのかしら?)



痛みに震える脚に耐えながら、寄せた眉根の片方をピクピクと上下させながらスクルージ氏を睨みつける。


 スクルージ氏は宙空で漂わせた鞭を振りおろす。

「 ッツ!……」



 ミスリル銀糸の本体が、垂直にあたしの体を掠める。


 たて、よこ、斜めにつけられた焼けるような痛みと無数の傷。


 痛みに耐えながらも思考を続ける。


 悪党の始末。あたしの事を始末しようとしたスクールジ氏。つまり、スクルージ氏があたしにこの邪本を盗ませたのはあたしの始末が目的で、ロゼッタの救出は二の次というワケだ。


 なんだろう、この領主最低だわ。


 生きている価値なんてないんじゃないかな?



 焼けるような裂傷の痛みを感じながら、あたしの中で、ドス黒い感情が渦巻く。


 何年か前にも、こんな事があった事を思い出す。


 ベネフィークの街での出来事。あの三人に抱いた同じ感情。



 もしも、もしもあの時と同じようになれるのならば、願いはただ一つ。

この最低な領主を生きたまま脱出もできないように、この本に閉じ込めたい。


 この領主が領主であっては駄目だ!



 その時であった……。


 バサリ――


 相対するスクルージ氏の背後で執務机の上に閉じてあったはずのアサルトドアの書が、風もないのに本が見開く。



そして、ペラペラとページが捲りあげられるとボワっと燃えあがるような青白い閃光を放つ。

>

スクルージ氏も、背後の異変に気づいたのだろう、あたしに背を向ける。


これもアサルトドアの誘い? と疑問に思った。

「捕らわれたものが祝福を受けるとこのように、閃光を放ち名前を刻むのだ」


青白い閃光を放つと何事もなかったかのように、ゆっくりと光が収束。

>そして、パタンと音をたてて何事もなかったかのように本が閉じる。



一瞬の静寂。耳の奥で響く耳障りなキーンという耳音。


ブワッ――


 盛大な音をたてて執務机の真後ろのカーテンが捲りあげられる。

磨き上げられたカーテンは透明な大きな出窓を露出させる。

 窓ガラスに映るのは真っ暗な闇なのだが、執務室全体をガラスに映し出している。


窓ガラスには執務机を挟んでスクルージ氏、その後ろには今にも転び倒れそうなあたし。


執筆室を写し出しているガラスに突如、髪の短い緑色の少女が写し出される。



―「パパー」―


鈴のような声音でパパと呼ぶ少女の声。

―少女は、立ったままあたりを見回すかのように、首を左右に数回振る。


ブラフだ。アサルトドアが外へと誘うブラフ。


「ロゼッタ!」


スクルージ氏が叫ぶと同時、捲りあげられたカーテンが降りる。



スクルージ氏は、このアサルトドアの秘密を知っている一人であるのだし、少女が―パパ―と呼ぶ事に、何故こんなにも反応するのかしら?



執務机を挟んだカーテンに遮られてしまった出窓。スクルージ氏は両手を執筆机に着くとそのまま飛び越える。

>

>しかも、その少女の声の主に対して『ロゼッタ』 と、叫ぶなんて!

>

>持っていた鞭を無造作に落とし、カーテン越しに窓ガラスを両拳で叩く。


不自然にカーテンがたなびき、―グニャリ―と歪む。

>

>落胆したかのように、肩を落としながらスクルージ氏が一歩下がる。



確かにあたしは願ったよ。このスクルージ氏の悪行は許せない。



だけどスクルージ氏がこうしてアサルトドアからの祝福を受けるのは違うと思う。


 不自然にたなびくカーテンから出現したモンスターは三体。


 緑色のゴツゴツした皮膚に覆われた長い尻尾を持つ二足歩行の大トカゲ、リザードマンだ。

 スクルージ氏はその場に立ち尽くす。 先ほどのセリフ。『娘の命と引き換えにしても』と、スクルージ氏は言った。


 娘の命を秤にかけ、領主としての支持率を優先したバカ親の言動と行動が合わない。


 どっちが本当のスクルージディスコニアン?



 全身回復魔法、レフェックスを無詠唱。


―ボワッ―


あたしの体を爪先から頭のてっぺんまで、熱を持たない深紅の炎が優しく包み込む。


スクルージ氏から受けた裂傷が瞬時にして塞がり痛みを感じなくなる。


あたしを包み込んでいた炎がパッと消える。

>

>切り裂かれて身につけていた装備は諦める。


(乙女の裸体を晒すなんてこれで二回目。穴があったら入りたい)


 リザードマンが顔全体まで広がる口を広げてギラリと光る歯を剥き出しながら、スクルージ氏を取り囲むように威嚇。


 その背後、風もないのに不自然にはためくカーテンからは邪悪な意志がほとばしる。


 背筋が、ゾワゾワするように体感温度が下がる。


 アサルトドアの祝福? あたしは考える間もなくダッシュ。


執務机に手をついて上半身は垂直のまま、下半身を机と水平になるようにくの字にして飛び越えるとスクルージ氏の横に着地。




例えアサルトドアから死の祝福が与えられたとしても、その効果が発動するまでには、僅かな時間があるハズ。


その効果が発動する前に術者本体を葬れば、祝福は無効になるのかもしれない。


複数の対象を選択できる火炎魚雷(強)の魔法、ファイアトーピーを無詠唱で発動。

>広げた両腕の中に光の粒子が集まり拳大の燃え盛る炎を纏った長い塊が4本形成される。


ターゲットは、眼前のアサルトドアとスクルージ氏を取り囲むリザードマン三体。


長い塊がメラメラと燃え上がりながら勢いよく射出。


召喚されたリザードマンにブチ当たると轟音を轟かせながら、爆発して炎上する。


 目の前のアサルトドアにも火炎魚雷がブチ当たり大ダメージを与える。

 スクルージ氏に責任を負わせないまま死に逃げされるなんて許さない。

 あたしはみた。一瞬だけど、窓ガラスに写り込む緑色のショートヘアの女の子。 当然、スクルージ氏もガラスに写り込んだ少女を見ている。


 丸腰でアサルトドアに挑むスクルージ氏は『パパ』と言う声に過剰な反応。


スクルージ氏の反応を見れば理解できる。窓ガラスに写った彼女が、スクルージ氏の娘である。と、言うことを…………。


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