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 君に父親の記憶はどれだけあるだろうか?

 一緒に食事をしたり、一緒に風呂に入ったり、一緒にどこかへ出かけたり。

 あるいは成績を褒められたり、悪いことをして叱られたり。

 仕事の虫でずっと家にいなかったかもしれないし、酒飲みで暴力を振るっていたのかもしれない。


 良いことも悪いことも、思い出は人それそれだろう。

 

 ブーンという少年にとって、それはただ幼い頃に買ってもらった缶ドロップの空き缶一つだけだという話だ。

 もはや顔も声も覚えてはいない。

 今も机の一番奥に大事に仕舞ってあるドロップの空き缶だけが、彼にとっての父親との思い出だった。


 ――そう、あくまでも空き缶だけだ。


 それを買ってもらったときの会話も、中に入っていたドロップの味も、ブーンには思い出すことができなかった。



[A]´・ω・`)「なあなあ、夏休みどうする?」


[B]´・ω・`)「新作のFGOフェイとゲイはオーナーやるわ。どうせ家に帰ってもやることないし」


[A]´・ω・`)「だよなー。俺もやることねーわ」


 ここは全寮制のvip学園。

 八月まで残り一ヶ月を切ったということもあって、夏休みのことが話題に上がり始めていた。

 普段は学校の隣にある寮に住んでいる生徒達もこの時期には帰省する者が大半だ。


( ^ω^)(夏休みかお……。カーチャンに悪いから帰らないでバイトと勉強しようかお)


 今は朝の八時二十五分。

 残り五分で朝のホームルームが始まる。

 ブーンは自分の席に座って聞こえてくる会話に耳を傾けていた。

 

 父親が謎の失踪をしてから既に十数年。

 母親は再婚相手との間に子供を作り、ブーンは家に居づらくなっていた。


 別に義父に虐待されているとか腹違いの弟と仲が悪いとかではない。

 むしろ彼らは血のつながりを超えた家族であろうとしてくれていた。


 しかし、だ。


 逆にその心遣いが居づらさを感じさせる時もある。

 弟が生まれたばかりの頃に家族四人で百貨店に買い物に行ったときのことだ。

 好きなおもちゃを買ってあげると言われて喜んだ彼は無邪気に一人で売り場へと向かった。

 当時の戦隊モノに出ていた主役ロボの超合金を見つけた彼は目を輝かせ、一刻も早くそれを買ってもらおうと三人の元へ全力疾走で戻った。 

 

 そして見てしまったのだ。

 弟を抱いた母親と義父が楽しそうにベビーベッドを選んでいる光景を。

 

 疎外感。


 端的に言えばそういうことだ。

 それ以来、ブーンは自分はいない方がいいのではないかと考えるようになった。

 そうすることで義父が、弟が、そして何より実父がいなくなった時に毎日泣いてばかりいた母親が一番幸せになれるのではないかと。

 行方不明になった実父、そして憔悴しきった母の姿は少なからず彼の心にトラウマとして残っていた。


 もしかしたら……。

 それが彼に実父との記憶を失わせたのかもしれない。


 そして中学三年の時、ブーンは全寮制であるこのvip高校への進学を希望した。

 自分が家からいなくなれば母親が幸せになれる、そう思ったからだ。

 その時の母親の表情は複雑で、今でもなんと表現すればいいのかわからない。

 

 全寮制とはいえ幸いにしてvip学園の学費はそれほど高いわけでもなく、勉強の出来た彼は給付型の奨学金によって金銭的な問題の大半をクリアした。

 さらにバイトで普段の生活費を確保すれば、親への経済的な負担は完全にゼロになる。 

 これで母親は本当の意味で新しい人生を始められるのだと、ブーンは疑うことなく信じていた。

 ……それは今でも変わらない。


 ガラガラッ。


┌(┌^o^)┐「よーし、ホームルームするぞーみんな座れ―。いう事聞かないとケツの穴掘っちゃうぞー」


[A]´・ω・`)「やべっ、急げ!」


[B]´・ω・`)「また掘られるー」


 立っていた生徒達は教室に入ってきたホモォ先生の言葉で一斉に自席に戻った。

 彼は”男子の扱い”に関してはこの学園でもダントツに長けていると言われる教師である。

 反抗すれば放課後に”漢と漢の熱血指導”をすることで有名だ。


 このクラスは2-C。

 全寮制ということでこの学園には訳アリの生徒も多いのだが、四月には生意気だったクラスメイト達もまだ半年と勃たない……、もとい経たない間に全員ホモォ先生のいうことをよく聞くようになっていた。

 その間に何があったかは聞かないでおいてあげるのがやさしさというやつだ。 


( ^ω^)(ノンケも構わず食っちまう……、相変わらず恐ろしい先生だお)


 いつも通りの毎日。

 今日もまた平穏な時間が過ぎ去っていく。


 キーンコーンカーンコーン♪


( ^ω^)(やっと授業が終わったお。今日はバイトもないし、部屋で勉強するお)


ξ゜⊿゜)ξ「あら、ブーンは今日もバイト?」


 帰ろうとしたブーンを呼び止めたのはツンだった。


( ^ω^)「今日はバイト休みだお。自分の部屋で勉強するお」


ξ゜⊿゜)ξ「あら、そうなの? ブーンも部活に入ればいいのに。楽しいわよ?」


( ^ω^)「うーん。興味はあるけど、お金掛かりそうだからやめとくお」


ξ゜⊿゜)ξ「あ……。ごめんなさい、気づかなくて」


 プライベートに関するネガティブな話題というのは触れにくい。

 てっきりブーンが遊ぶ金のためにバイトをしているのだと思っていたツンはそれが間違いであったことに気がついた。


( ^ω^)「気にしなくていいお。そういえばツンは吹奏楽部だったお? 今度の発表会に出るのかお?」


ξ゜⊿゜)ξ「うん。トロンボーンでね」


( ^ω^)「じゃあ見に行くお」


ξ゜⊿゜)ξ「え! ほ、ホントに?!」


( ^ω^)「やめておいたほうがいいかお?」


ξ゜⊿゜)ξ「ううん、そんなことないわ! 来てね?! 絶対よ!」


( ^ω^)「おっおっお。絶対に行くお。じゃあ練習頑張ってだお」


ξ゜⊿゜)ξ「うん。頑張る!」


 ツンに見送られながらブーンは教室を出た。

 歩いて五分ほどの自分の部屋に向かう。

 校舎と寮は一階の通路で繋がっていて、外に出ること無く移動することが出来る。

 2―Cの教室は二階、彼の部屋は学生寮の三階だ。


 ガチャ。


( ^ω^)「ふう、階段の昇り降りはしんどいお。もう年かお?」


 ブーン達が住んでいる部屋は六畳程度のワンルームだ。 

 狭いので一目で部屋全体を見渡すことが出来る。


( ^ω^)「……お?」


 自分の部屋に戻ったブーンは窓際に置かれたベッドの上に灰色の霧の塊のようなものがあることに気がついた。

 人の形をしているようにも見える。


( ^ω^)「……疲れてるのかお?」


(つω⊂)ゴシゴシ


( ^ω^)「……見間違いじゃなさそうだお」


 試しに目をこすってみてもベッドの上の灰色の塊はそのままだ。

 間違いなくそこに存在している。


( ^ω^)「これ……、もしかしてブーンかお?」


 近づいてよくよく見てみれば、それはブーンのような姿形をしていた。


( ^ω^)「ていうかどう見てもブーンだお……。誰かのいたずらかお?」


 かなり凝ったディテールだが、肌の作りがやけに荒い。

 その顔は苦痛に満ちていて、中々に芸術的と言えなくもない。

 それぐらい渾身の表情だ。

 まるで美しいものだけが芸術ではないと主張しているかのようだ。

 そう、ブサイクにだって見るべき所はあるはずだ。


(#^ω^)「ナレーション、さりげなくブーンのことバカにしてないかお?」


 そんなことないさ。


( ^ω^)つ「触ってもすり抜けるお」


 手で風を送ってみても煙は流されずにその場に留まっている。

 いったいこれは何なのかとしばらく見ていると、数分後に煙の塊は突然消え去った。


( ^ω^)「いったいなんだったんだお? まあいいお、勉強するお」



 翌日の放課後、ブーンはvip学園から少し離れたところにあるパン屋でせっせとバイトに勤しんでいた。 


( ^ω^)「おつりの380円ですお。ありがとうございましたですお」


_(  ´・-・)_「よし、今日はここまでや。売れ残ったパン好きなだけ持っていってええで」


( ^ω^)「ぺたぁさんありがとうですお」


 ブーンは慣れた手つきで惣菜パンをいくつか袋に入れた。


_(  ´・-・)_「……それだけでええんか? 食べ盛りなんやし、もっと持ってってええんやで? どうせ俺も食いきれずに捨ててしまうんやからな」


( ^ω^)「いいんですかお? じゃあデザートにアップルパイも頂きますお」


_(  ´・-・)_「ええで。パンしか無くてスマンけど、腹いっぱい食べーや」


( ^ω^)「ありがとうですお。じゃあお疲れ様ですお」


_(  ´・-・)_「おう、また来てな」


 外は夕暮れ。

 もうすぐ日が落ちそうだ。

 自転車は持っていないので歩いて帰路につく。


( ^ω^)「帰ってパン食べながら勉強するお。ぺたぁさんの作ったパンはいつもおいしいお」


 自分の部屋に戻ったブーンは早速机に向かって化学の参考書を開いた。

 できるだけお金は節約したかったが、将来のことを考えて購入した物だ。


( ^ω^)「成績が良ければ国公立とか奨学金とかで大学に行くお金を節約できるお。おっおっお、頑張るお」


 学歴社会が崩壊して久しいとはいえ、成績や学歴が良ければ得られるチャンスが多くなるのも事実。

 ブーンは冷静にそのことを理解していた。

 そのチャンスを物にできるかどうかはまた別の話だ。


( ^ω^)「お? ここは今日の実験でやったところだお。確かノートに……。あれ、ノートがないお」


 ブーンは参考書の問題がちょうど今日の化学の実験でやった内容だと気づき、化学のノートを探した。

 だが見当たらない。

 本棚、鞄の中、床。

 色々と探し回ってみたが、やはり見つからない。


( ^ω^)「……もしかして理科室に忘れてきたかお?」


 彼の部屋にはそれほど多くの物はない。

 経済的な理由で余分な物を買わないように努めているためだ。

 そのため、これだけ探しても見つからなければ部屋の中にはない可能性が高い。

 教室の机には物を入れっぱなしにしない主義なので、化学のノートは理科室に忘れてきた可能性が一番高い。


( ^ω^)「仕方ない、取りに行くお」

 

 本来であれば校舎と学生寮の間は夜間になると施錠される。

 だが実際は用務員がサボっているので開きっぱなしだ。


( ^ω^)「こういうときは助かるけど、防犯的に大丈夫なのかお?」


( ゜Д゜)「おう、ブーンじゃねーか! どうしたんだゴラァ!」


 部屋を出たブーンはギコと出くわした。

 彼はブーンと同じ2―Cのクラスメイトだ。

 部屋が同じ三階にあるのでこうして顔を合わせることも多い。

 余談だが、この寮は風呂とトイレが共用だ。

 寮費が安いのでその点は仕方がないだろう。


( ^ω^)「誰かと思えばギコかお。ノート忘れてきたから取りに行くんだお。部活はもう終わったのかお?」


( ゜Д゜)「おう! さっきな! メシの前に風呂行ってくるぜ!」


 それだけ言うとギコはさっさと行ってしまった。

 手にはタオルとお風呂セットを持っている。


( ^ω^)「ギコは陸上部でマラソンかお。運動が苦手なブーンには魅力がイマイチわからないお」


 一年の頃の彼は耳を付けていてかなりヤンチャだったが、二年になってからはホモォ先生の熱血指導によって丸くなった。

 今は耳を外して部活に打ち込んでいるようだ。


( ^ω^)「ホモォ先生の個別指導とか絶対に勘弁だお……」


 明るい学生寮から暗い校舎へと進んでいく。

 目が慣れていないせいか実態以上に暗く感じる。


( ^ω^)「……おばけとか出そうでちょっと怖いお。さっさとノート取って戻るお」


 ガラッ。


 ブーンはそわそわしながら理科室の扉を開けた。


( ^ω^)「――お?」

 

 ――ドンッ!


 ブーンの視界を突然の閃光が襲う。

 同時に全身を圧倒的な衝撃と熱量が包み込んだ。


( ^ω^)(熱いお――!)


 一瞬で体が焼かれていく感覚。

 それを最後にブーンは意識を失った。



( ^ω^)「熱いお!」


 意識を取り戻したブーンは飛び上がるように起きた。


( ^ω^)「……お? ここは……、もしかしてブーンの部屋かお?」 


 周囲を見渡すと、自分の部屋のベッドに寝ていることに気がついた。

 焼かれたはずの体を確認しても火傷など一切見当たらない。


( ^ω^)「夢だったのかお? でもやけにリアルな夢だったお」


 ブーンは枕元に置かれた目覚まし時計を確認した。

 デジタル式で時間以外にも日付や曜日が確認できるやつだ。

 電波で調整されるタイプなので、電波を受信できている限りは故障や電池切れ以外で時間が大きくずれることはない。


( ^ω^)「朝の六時半……。お? 日付が五日の月曜日なってるお。……どういうことだお?」


 ブーンが理科室にノートを取りに行ったのは七月七日水曜日の夜だ。

 つまり時間にして二日以上ずれていることになる。


( ^ω^)「壊れたのかお? 時計はこれしか持ってないから困ったお」


 とりあえず正確な時間がわからないかと思い、ブーンはテレビをつけた。

 家電量販店で投げ売りされていた小型のテレビが少し遅れて立ち上がる。

 その時間がいつも以上にもどかしい。


 テレビの画面に映ったのは犬HKの朝のニュースだった。

 右上に表示された時間はブーンが手に持った時計と同じだ。

 

( ^ω^)「日付も一緒だお……」


 キャスターのテーブルの上には間違いなく七月五日の月曜日と書いてあった。

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