7話目。
「選ぶと何がどうなるんだ?」
筒にずらりと並ぶ割り箸を突きつけられた男が尋ねる。ここから選んで抜き取れ、ということは察するに難くないが、それでも黙って手を伸ばすことはできない。
もはや形ばかりの確認作業ではあったが――真意を測りかねた男は問いかける。
「はい、お察しの通りお値段が変わります。
割り箸の先端は着色してありますので、
2本選んでいただいてお値段を決定するようになっております。
割り箸の印によっては、割り箸代がタダになるどころか、
今までお買い上げ頂いた分のキャッシュバックもありますよ!」
割り箸くじ、といったところか。
割り箸代がタダであるという前提がそもそもないことに今更突っ込むこともないが、キャッシュバックとはなかなか切り込んだシステムだ。
射幸心を煽られた男がいきおい、引き抜こうと手を伸ばそうとすると同時、男の脳内に警鐘が鳴り響き、眼前に赤信号の幻影を見せた。
「1本最低いくらだ。最大いくらだ」
「1本のお値段は最低0円、最大で50円となります」
つまり、最大でも100円の出費で済むというわけだ。
どうせあと100円失うだけで済むならば、ここは黙ってくじを引いてしまってもいいと思える。
なんせキャッシュバックの期待もあるのだ。今更100円に怯む意味はないだろう。
「わかった。じゃあ2本くれ」
「ありがとうございます! では、こちらから1本目をどうぞ」
割り箸くじを引く本人よりも楽しげに見える少女が改めて差し出した筒がじゃらりと音を立てた。
くじなんて引くのは何時ぶりだろうか。
無邪気な売り子の楽しそうな様子につられてか、はたまた無意識に期待してしまっているのか。自然と口角の上がった男は1本目の割り箸をついに引き抜いた。
「わ、当たりですね!」
「おお、本当か? いくらになるんだ?」
はたして、引き抜いた割り箸の先端は赤く着色されていた。
少女はノートの値段表を見つめ、照らし合わせた結果を男に告げた。
「…50円ですね」
「あぁ!? 当たりじゃねえのかよ!? なんで最大の50円になってんだ!?」
「そ、それは決まりなので……申し訳ありません」
先ほど鳴りを静めた怒りが再び激しくわき上がると同時に、和気藹々とくじを引こうとしていた自分に、ほとほと愛想が尽きる。
湯への理不尽な対価を吹っ掛けられたばかりだというのに、有料の割り箸で今更何を喜んでいたのか。
無意識に期待していた自身を認めることは、屈辱の自覚と同義だった。
一喜一憂している自分を見て少女は嘲笑っているに違いない。
この女にしてみれば楽しいに決まっている。
想像を絶する程の大間抜けは完膚なきまでに陥穽に嵌り、ついには割り箸にまで自ら喜んで金を払おうとしているのだから。
完全に頭に血が上った男は、震える手を2本目の割り箸へと伸ばす。
「あっ……大当たりですね」
「本当だろうな?」
引き抜いた箸は、赤い着色に白い星の印がつけられていた。
先ほど、「当たり」が50円だったことから、警戒を隠そうともしない剣呑な面持ちで尋ねた男に、遠慮気味に「大当たり」を宣告する。
「大当たりはなんと……ここまでの料金、つまりは236円から」
「おお!?」
キャッシュバックもある、という少女の説明が脳裏をよぎった。
一つ目のカップ麺を買う直前の不審感。
それを「30円のお湯」で台無しにされた憤り。
「お湯に96円も払わされた」という理不尽。
「割り箸が50円であることに違和感を覚えない自分」を認めた屈辱。
今までに抱えてきた負の感情、それらから生まれた敵意や害意は全て逆転。
肯定的な感情に支配された男の顔面は笑みを形作り――
「2倍になります」
再び逆転した。
「てめえいい加減にしろよ!! 人をナメくさったことばっか言いやがって!!!」
男はついに小さなペテン師に掴み掛かる。
積み重なった不満や恥辱、嫌悪感は殺意に昇華され、一喜の勢いで高く舞い上がった感情は再度底の底に叩きつけられた反動でその全てが同時に開花、爆発を唱和し制御を離れて暴れ始める。
抱えていた暗い感情から一瞬とはいえ解放された後だけに、溢れ出た憤怒はもはや収めることも叶わない。
「カップ麺2個買って湯を入れて箸つけて400円だと!?
ふざけたことばっか言ってんじゃねえぞ!!」
じゃららららら。
少女の細腕から離れた筒は宙を舞い、内容していた木製の食器を地面にぶちまけていた。
先端は赤や緑に着色されており、印のないものも見受けられる。
散乱した割り箸を一瞥した少女は、
「地面に落ちた割り箸126本分もあわせて、4,856円のお支払いをお願いします」
無表情で男に言い放った。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛
ああああ あ あ あ! ! !」
この期に及んで更に金を強請ろうとする少女の言葉は、男の最後の理性を打ち砕く。
ついには激昂のままに振り絞られた男の拳が小さな物売りの顔面を捉えた。
無防備なまま吹っ飛んだ華奢な体躯に、二撃目を加えんと近づいて行く男。
直後、何処からともなく現れた警官が男の身柄を確保。
その対応はあまりにも迅速で、男が殴りかかるのを待っていたようだったという。
顔面骨折、かつ歯が数本折れており、それに伴う口腔内裂傷有り。慰謝料、治療費、代金――名目はさておき、男は228万4,856円もの支払いを求められた。
支払い能力がないことは承知の上だったようで、少女の保護者を名乗る男からは船上の仕事を紹介された。
何処からが失敗だったのだろうか、と男は想起する。
しかしその後悔が先に立つことは、もうない。
――― ――― ――― ――― ――― ――― ―――
少女は病室のベッドで、来客を待っていた。
「あ、おとうさん!」
部屋へ踏み入れた高齢の男に、無邪気な笑顔で話しかける。
「今日ね、買ってもらえたんだよ!」
少女の売りである笑顔が一際の輝きを放つ。
「けんか!」
それは、彼女が唯一見せた本物の笑顔だったという。
おしまい。
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