6話目。
「それでは、お箸についてご説明させて頂きますね」
先刻、モノの説明はきっちりしろ、と言っていたのが聞き入れられたようで、少女が箸についての説明を始めようとしていた。
しかし、この数分のやり取りで判り切っていることだが、割り箸がロハで手に入るなんてことはあり得ない。
自分の迂闊さを呪いながら、男は無表情で少女の言葉を待つ。
自覚したあまりにも甚大な失態から湧き上がった恥辱は、視界が白黒に明滅するほどの動悸を滾らせる。
高熱に支配された脳髄は全霊の逃走命令を下す寸前であった。
それを押し止めている物はその身を硬く縛り上げんばかりの憤りに他ならず、男は眼前の詐欺師に殴りかかる機を今か今かと待ち構えていたのだ。
そして、少女が語り始める。
「今回ご用意したお箸はこちらの八角形状の紫檀箸なのですけれど、平均的な成人男性の手に馴染みやすい最大径6.8mmの長さ235mmで、使い勝手は抜群。東北地方の職人が漆で仕上げた芸術品! 箸箱もお付けしてなんとお値段びっくりの18,800円です!」
沈黙。
今にも殴りかかろうとしていた男は、少女の流れるように紡がれた商品説明に、振りかぶった拳の行き場を失っていた。
1万8千8百円。
あまりに高すぎる買い物だ。
いや、高級箸なら妥当な値段なのか?
実はすごい掘り出し物だったりするのだろうか?
突拍子のない売り文句に面食らったが、順序立てて考え始める。
そうだ、俺は冷静なんだから順を追って考えれば良いんだ。
ここから導かれる結論は――
「そうじゃないだろう!」
既に冷静とは程遠い脳をフル動員して数秒。
振り上げた拳で空気を殴り付けて男は叫んだ。
「割り箸を出すところだろ! 割り箸を! 割り箸をよこせ! あるのか!? ないのか!?」
「あっ…割り箸ですね。大変失礼しました」
頭を下げる少女は、粛々と応える。
箸が割り箸を指している事を汲めなかった自分が、自信満々に高級な箸を披露した自分が悪いのだと言わんばかりだ。
少女は荷物入れに半身を飲み込まれているように見えるほど、奥へ奥へと手を伸ばし目当ての物を手繰り始める。
一方で気勢を殺がれた男は立ち尽くしていた。
水が流れるかのような箸の紹介は男の怒りをすら押し流し、放たれる寸前の銃弾にも似た感情を解放から遠ざけ、爆発の瞬間を僅かに遅らせていたのだ。
もはや自分が割り箸を要求したことの意味に気付くこともできない。
「では、こちらからお選びください」
少女が取り出してきたのは、彼女自身の顔の大きさほどの太さの筒。
筒の中にはびっしりと割り箸が詰まっている。
男にはそれが、己に向けられた機関銃のように見えた。