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5話目。


「それでは、今回もお湯はこちらで注がせていただきますね」


 男が首肯を送ると、少女は慣れた手つきでカップ麺の包装を剥がし、お湯を注ぎ始める。

 「96円のお湯」は赤色の真空瓶から投入されてゆき、内部に刻まれた閾値を示す直線の上で停止。

 茶色の粉末は浮き上がると同時に透明の奔流に呑み込まれ、食べ慣れ親しんだ香気を孕んだ湯気が立ち上った。


 よく思い出すまでもなく、先ほどは湯気の有無など気にしていなかった。

 「お湯」と言いながら低温であるという想定をしていなかった事だけでは言い逃れができないほどの大きな見落としであったと、男は今になってようやく飲み込む。

 男が数分前の出来事に考えを巡らせていると、少女が蓋を手で押さえて差し出してくる。


「どうぞ」


 男は神妙な面持ちでしょうゆ味のそれを受け取る。

 受け取ったカップが内に秘めた熱を掌に伝達、高温の湯を湛えていることを男は確信した。


 ふう、と一息つくと、醤油の芳香が鼻をくすぐる。

 カップラーメンは待っている時間に受ける匂いや温度の刺激が期待感を高め、本来よりも美味く感じるように設計されているという。


 ただカップラーメンを手にするためだけにする苦労ではないと思うが、やっとの思いで自分のよく見知った状況、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という日常へと戻ってくることができた。

 3分という時間は何も考えない為には長すぎる。

 男が安堵の中で知覚するのは、強い空腹感。


 少女、カップラーメン、お湯。


 目の前の出来事への対応に追われていた男が、初めて()に起こることに意識を向けた瞬間だった。

 必然、()に必要な物が思い浮かぶ。

 思い浮かんでしまう。


「そういやぁ…箸はあるか?」


 ぽろりと、まるで日頃の自分が口にする言葉を少女に投げかけてしまってから、男は自分の過ちに気付く。

 「湯なんて無料に決まっている」という思い込みを絡め取られ、安くない買い物をしたばかりだというのに。

 そのお湯の()()()に一度失態を晒したばかりだというのに。


 少女に箸を求めるとは、どうかしている――


「はい! ございますよ!」


 少女は先ほどまでと何一つ変わらぬ笑顔で応える。

 その笑顔は、男から一切の平静を奪っていく。


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