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3話目。



「お買い上げありがとうございます! お湯はこちらで注がせて頂きましょうか?」


 少女からの流れるように繰り出されたその提案に、男は何の疑問を浮かべる事もなく、自身が買い上げたばかりの、50円のそれを、手放した。


 トクトクトク、と。

 手にした銀色の真空瓶から透明な液体が投入されてゆき、内部に刻まれた閾値を示す直線の上で停止。

 茶色の粉末が浮き上がる様を見届け、丁寧な仕事だと関心していると、少女が蓋を手で押さえて商品を差し出してくる。


「どうぞ」

「おう、ありが……ん?」


 手渡された瞬間、掌から圧倒的な違和感が駆け上がる。

 むしろ、それは確信に限りなく近い疑問であった。



『このカップ、さっき手渡した時より

         

       ――温度が下がってないか?』



「おい、嬢ちゃん。こいつぁ何の間違いだ?」


「何のことを仰っているか判りかねますが…」


 男は質問を投げかけながら、自身の違和感の正体を確かめんと受け取ったばかりのカップラーメンの蓋を暴く。

 3分待つ必要などあるものか。

 中身を観察していくと、粉末が浮き上がったまま(・・・・・・・・)になっている(・・・・・・)のが確認でき、間違っても湯気など漂っておらず(・・・・・・・・・・)、持っている右掌には()()()()()()()()()()()()()


 投入されていたのは極めて低温のお湯。早い話が水だったのだ。


「何のことをじゃねえだろ! 水なんか入れやがって、これじゃ食えねぇだろうが!」


「水ではございません、30円のお湯(・・・・・)でございます」


 少女が言いながら、再度銀色の筒容器を男に示してみせる。

 最初に受け取った際には中身だけに意識の全てを引き付けられていたため気付けなかったが、


 「30゜C(30円)」 と。


 黒く太い文字が、水筒の側面でその存在感を確かに放っていた。


 ギャラリーにとってはさぞ滑稽であったことだろう。

 中身に疑念を抱くばかりに、自身の掌で覆ったその文字に男は気付くことができず、ましてや「使用可能な分量」などと見当の大きく外れた事ばかり大真面目に問い詰めていたのだ。


 胸から首、顎下から鼻先までもが急激に熱を持ち、血液が逆流を開始。

 脳が沸騰するような錯覚を覚え、右手が反射的にカップラーメンを地面目掛けて叩きつける幻風景がはっきりとその眼下に浮かんだところで、男は辛うじて自我を取り戻す。


 今カップラーメンを怒りに任せて叩きつけたところで、80円を土に埋めて帰っているのと同じ事だ。

 それでは話しかけた分だけ、恥をかいた分だけ損をすることになる。

 自分が何を間違えたのか、再度確認し、少女の商売の作法に則って、納得が行く対価を提供させなければ。

 少しくらいの損はしてもいいから、その儲けのカラクリを暴いてやろう。

 そのつもりで話しかけたのではなかったか。

 男はたっぷりと自問自答を繰り返し、偽りの冷静で赤面を塗りつぶした。


「ほ、かの値段のお湯も、ある、のか?」


 油を差していないゼンマイ仕掛けのように、ぎこちなく平静を繕った顔で、少女に問いかける。

 先ほどの水筒の文字を見るに、もはや「30円」の意味はこれしかあるまい。


「はい! 60円、85円、96円がございます!」


 少女は、さもそれが当然であるかのように笑顔で応えた。

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