第15話
語彙力がなくて、自分の表現したいことが表現出来ないこの悲しさ。
時を少しさかのぼり、ルイたちが食べ物を探している頃、ソフィアとカリーナは王都に行くために、ミンガイルから少し離れた街道を馬車で走っていた。
「暇ね…」
「キュー…」
何も刺激がない馬車の旅に、早々疲れてしまっていた。カリーナも座っているソフィアの膝の上でぐったりしてしまっている。
「外の景色でも見ていてはいかがでしょうか?」
「もう見飽きたわよ…」
「……それもそうですね…」
御者台に座っている執事も同意見のようだが、それくらいしかやることがないので、ぼーっと外の景色を眺めていた。
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「暇だったけどこういう面倒事は来て欲しくなかったわ…」
いま、ソフィア達は馬車から降り、この世界で数えるほどしかない大きな川の前で立ち往生してしまっていた。
なぜかと言うと、本来川にかけられているはずの橋が決壊してしまっていたのだ。これでは先へ進むことができないので、どうするか考えているところだ。
「どうする?」
「たしか、ここの橋を管理を任されている村がここの近くにあったはずです。話を聞きに行くのはどうでしょう?」
「なるほどね。じゃあそこまで頼むわ」
「かしこまりました」
ソフィアたちは再度馬車に乗り込み、橋の管理を任されているという村へ行くために、川沿いに進んでいった。
「川があるとまた景色が変わっていいわね。中には魚もいっぱいいるし」
「キューーーー!!」
「あ、こら!危ないから戻ってきなさい!」
出発してから数十分ほどあと、ソフィアが窓から外を眺めていると、カリーナが突然馬車から飛び出し、川に飛び込んでしまった。
「ちょっと!1回馬車止めて!」
ソフィアの叫びに、執事はゆっくり馬を止めるが、ソフィアは馬車が止まるやいなや、すぐにカリーナが飛び込んだ川の方に駆けていってしまった。
それを見た執事は、小さく嘆息すると、川岸の方に馬車を横付けする。
「キュー!」
「きゃっ!もー何するの!服濡れちゃったじゃない!」
「キュキュー!」
「こうなったら仕返しだ!えい!!」
「キューー!」
ソフィアがカリーナのそばに着いた途端、カリーナが水をかけてきた。それに仕返ししたソフィアだったが、逆に喜ばせることとなってしまう。
もちろん最初は、カリーナが危ないから駆けていったソフィアだったのだが、いつの間にかカリーナと川で遊んでいるだけになってしまった。
いままで暇だったぶん、体を動かしたくなってしまったのかもしれない。
「村がもう近いので!私は一足先に村の様子を見てきます!!」
執事が、馬車の隣に立ちながら大声でソフィアたちに声をかけると、ソフィアたちはそれに手を振って答えた。それを確認した執事は、歩きで村の方へ向かっていった。
「キュー!」
「なに?今度は魚を取って遊ぶの?いいわよ!カリーナには負けないわ!」
「キュキューー!!」
執事が道の先に消えていくのにも目をくれず、ふたりはソフィアがよーいドンと言った瞬間、すごい勢いで魚を追いかけ始めた。
「あー。もう服がびしょびしょね…着替えるから馬車に戻りましょ」
「キュイ!」
すっかり遊びほうけてしまい、時間がだいぶ過ぎてしまった。ちなみに、魚取りに勝ったのはカリーナである。小さいからだをうまく使い、魚を追い詰めていたのだ。
ソフィアが馬車の中で、着替えが終わった頃、執事が駆け足で戻ってきた。額には汗が浮かび、服は乱れている。
「村が大変です!壊滅しています!!」
「えっ!どうして!!?」
「わかりません!分かったのは、もう人の姿はなかったということです!」
「…と、とりあえず村へ向かいましょ!」
「かしこまりました!」
村の壊滅の報告を聞いたソフィアは、行動しなければ何も始まらないと思い、状況を確認するために村へ向かうことにした。
馬車で走り始めて数分、村があったと思われる場所に着いたのだが。
「ひどい…」
「キュー…」
そこの広がっていたのは、村があったとは思えず、ただなにかの残骸が転がっているだけにしか見えない惨状だった。ところどころに血だまりも見えるが、古いものだと分かる。ここがなにかに襲撃されたのは最近ではないのだろう。
「ここが何者かに襲撃されたのと、橋が崩壊しているのはなにか関係がありそうだけど…」
ソフィアが、おそらく家の残骸であろうものこそばで村だったものの光景を見ながら呟く。
少しの間呆然と眺めていると、視界の隅になにか光るものが見えた。
近づき、拾ってみると、それは小さなナイフだった。黒で塗られており、血で黒く変色していることから、これで村人が殺されたか、村人が使ったかであるということが分かる。
ソフィアはそのナイフをそばにあった布の切れ端で覆うと、ポーチの中にしまった。今後、この事件の糸口になるかもしれないからだ。
「とりあえずもう日も暮れて来そうですし、野宿をする場所を探しますか?」
「そうね。これも最近のことじゃなさそうだし、大丈夫でしょ」
執事に呼ばれ、ナイフを拾ったところから馬車のところまで駆け足で戻ると、馬車はゆっくりと動き始めた。
行先は先ほどの川である。先ほど遊んでいたところが野宿にちょうど良さそうだったのだ。
川のほとりにつき、馬車を止めたソフィアたちは、早速薪に火を炊き夜ご飯の用意を始めた。食材はソフィアとカリーナが遊んでいる時にとった魚だ。川で洗った木の枝で串刺しにし、火のそばの地面に刺した。火はパチパチと弾け、魚を焼いていく。
「こら。まだだよ」
ソフィアはカリーナがすごく食べたそうな目で魚を凝視し、今でも飛びつきそうだったので、自分のところへ引き寄せた。残念そうな表情を見せるが、ダメなものはだめだ。
しばらく待っていると、あたりにはいい匂いが漂い始め、魚自体がもう食べごろだということを教えてくれる。カリーナはヨダレを垂らしながら、魚を見ていた。そこで、一つ魚を取りカリーナの前に差し出してみると、カリーナはすごい勢いで食べ始めた。昼間遊んだのもあってか、お腹が空いたのだろうか。ソフィアはそんなカリーナを見て、ふふっと笑うと、自身も一つ魚を取り、食べ始めた。
「うーん。おいしい!」
「キュー!」
「それはようございました」
執事はまだ食べていない。いつもこの執事は最初に食べ始めることはしないのだ。ソフィアが以前なぜかと質問したところ、「私は主人たちが美味しそうに食べている姿が好きなのです」と言っていた。誠に主人思いの執事である。
「これからどうするの?橋はないし、それを管理していた村もなくなっちゃったし」
一足先に魚を食べ終わったソフィアは、馬車の中に簡易布団を敷きながら執事へ質問した。
「この川沿いに下ると、もう一つ小さな橋があります。そこを通っていくつもりですが、少し時間がかかってしまいますね」
「いいわよそのくらい。行ければね」
布団を敷き終わり、火なども片付け終わったソフィアたちは、あと寝るだけとなった。ソフィアとカリーナは馬車の中で睡眠を取り、執事は外で見張りをすることになる。執事は1晩くらいの徹夜はどうってことないように訓練されており、戦闘能力もそれなりにあるのだ。
「じゃあ、見張りよろしくね?」
「かしこまりました」
ソフィアとカリーナは馬車の中に入っていき、すだれをかけた。既にカリーナは半分寝ているようなものになってしまっている。激しく運動したことと、お腹がいっぱいになったことにより、睡魔が襲ってきてしまったのだろう。
横になり、布団をかぶったソフィアは、カリーナと同じようにすぐに強烈ば睡魔が襲ってきて、わずか数分で眠りについてしまった。
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キン!!キン!!
どこか遠くで金属がぶつかりあうような甲高い音が聞こえる。
ソフィアは寝ぼけた頭でなんだろうか、なにかあったのだろうかと、その先も考えようとするが、そこで思考は止まってしまう。1度浮き上がった意識が再び底へ沈もうとしたその時、さらに大きな金属音が聞こえ、
「ソフィア様!!お逃げください!!」
と言う叫び声が聞こえた。
その瞬間、ソフィアの意識は急激に冴え、飛び上がると、今まで寝ていた馬車から外に飛び出す。
そこで目に入ったのは、剣で鍔迫り合いをする執事と黒ローブを羽織った人物の姿だった。
「大丈夫!!?」
ふたりは何度か剣をぶつかり合わせると、少し間をとる。
「私は大丈夫です!ソフィア様はお逃げください!!」
執事はそう言い、再び黒ローブに斬りかかった。黒ローブは執事の動きを完璧に捉え、対処する。ソフィアの目には、黒ローブの技術が圧倒的に執事を上回っていることが見て取れた。
「そんなことできない!私だってBランク冒険者よ!」
ソフィアはそう叫ぶと、馬車に置いてある愛用の弓を取るためにその場を一旦離れ、馬車に駆け寄って中に入る。馬車の中には未だすやすやと寝ているカリーナの姿があるが、今はかまってやることが出来ない。
ソフィアは弓を見つけると、すぐさま執事のところへ向かった。
「一旦離れて!」
その声を聞いた執事は、黒ローブからすぐさま距離を置いた。すかさずソフィアの矢が黒ローブへ向かう。しかし、黒ローブはそれを半身になってかわすと、再び執事へ斬りかかってきた。
執事と黒ローブは近距離で剣撃の応酬をする、こうなるとソフィアが矢で攻撃ができない。味方に当たってしまう危険性が出てくるからだ。
「もう1回離れて!」.
何度か同じ手を使い、執事と黒ローブを引き離そうとするが、黒ローブは執事に密着をし、なかなかソフィアに攻撃をさせなかった。
「っ!?」
このままでは埒が明かないと、戦い方を考えていると、黒ローブが急に執事からソフィアへ標的を変えた。急いで距離をとると、ソフィアは黒ローブと距離を保つように動き、矢で攻撃する。そして執事はソフィアの矢の攻撃の間に、ヒットアンドアウェイで攻撃を与えていく。
しかし、そのすべては黒ローブに回避され、受け流されてしまった。
「っ!!?…ぐほっ……」
執事は急に血を吐いた。その胸にはなにか本来あるはずのないものが突き出ている。槍だ。実はもう一人の黒ローブが執事がソフィアの攻撃の間で、攻撃に出る隙を図っている時、後ろの物陰から槍で執事の胸を後ろから貫いたのだ。黒ローブが標的を急に執事からソフィアに変更したのは、仲間の到着が済んだからであった。
「っ!!」
それを見てしまったソフィアは体が硬直してしまう。この間は致命的な隙になり、結果後ろからの接触を許してしまった。
後ろから剣を突きつけられたソフィアは、それでもあきらめず、1歩離れ弓を向けるが、また後ろから出てきたもう一人の黒ローブに首を手刀をされ、意識を失ってしまう。ソフィアたちを倒した黒ローブの3人組は、倒れ込んだソフィアを担ぎ、刺した執事を川に放り投げ、闇に消えていった。
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「キュー?」
しばらくして起きたカリーナ。あたりを見回したが、もう既にソフィアも執事もいない。しかし、ドラゴン特有の嗅覚でふたりとは別の人物がいた事を知った。地面のあとなどを見たカリーナは、なにか良くないことが起こったんだと悟る。
そこで、遠くにいるある人物の匂いを嗅ぎ分けると、その方向に向かって空に飛び立った。
白い龍に助けを乞うために。