第12話
「ルイのバカ!!」
そういいながら職員の入れてくれた紅茶を一気に飲む。いま、ソフィアは盛大に機嫌が悪かった。理由は言うまででもなくルイが消えたことについてであろう。
「まあまあ、あの性格であの強さだったら悪いことにならないだろ」
隣でソフィアをなだめているのはギルである。ギルはルイの奴隷であったが、ルイがいなくなってしまったので今はソフィアの奴隷となっている。
「いまシンバとかがルイを探しているから落ち着きなさいよ」
向かいで呆れているのはチルスである。三人は今、ルイがいなくなったことで、緊急集会をギルド長室で開いている。
「いなくなるのはまだいいけど置き手紙くらいはちゃんと書きなさいよ!!」
ソフィアが怒っていた理由は置き手紙にもあったようだ。
「確かにあれはなかったな…」
「私まだ見てないのよ。見せてくれる?」
ソフィアは鞄から一つの紙を取り出すとチルスへ渡した。
「えーっとなになに?」
手紙にはこう書いてあった。
みんなへ
なんか事が大きくなっちゃったのでこの街を出ます。ギルはソフィアの奴隷ってことで。みんな仲良くやるんだよー
ルイ
「……一体何から目線なのよ!?」
「絶対上からだな」
「ほんとよね。なにがみんな仲良くやるんだよーよ、あの精神年齢5歳児め…」
チルスは手紙をぐしゃぐしゃに丸めてゴミ箱に投げ捨てる。ルイが数秒で適当に書いたのが丸わかりの文章を読んで、次会ったら殴るという気持ちが大きくなったチルスであった。
「あ!!」
「うん?」
「どうしたんですか?」
「ルイまだGランクのままじゃない!」
チルスは髪をかきむしりながら「あーもう!!」と叫ぶ。髪がぼさぼさになってしまったが、気にする様子はない。ルイはランクアップの申請を受けずにいなくなってしまったみたいだ。
「どこまでも迷惑かけていくのね…」
「ルイには無意識に他人に迷惑をかける才能があるのかもな…」
今度は3人で大きなため息を吐くと、突然ドアがノックされた。チルスがどうぞと言い、入ってきたのはシンバだった。報告があるらしい。
「かなりの範囲を捜索してみましたが見つかりませんでした」
残念そうにシンバが言うと、他の3人は目に見えて落胆する。
「そう…あまり遠くには行ってないと思ったのだけれど…」
確かにシンバの身体強化で探せばかなりの範囲が探せるだろう。しかしルイは転移を使い魔の森に中にある洞窟に帰っている。流石に転移の速さには勝てないだろうし、そもそも魔の森は探さないだろう。結果、いくら探しても見つからないのである。
「また会えるのを待つしかないのかしらね…」
全員しぶしぶ頷き、この意見に賛成した。なんだかんだ言ってルイとは一緒にいたいのである。ソフィアは窓の外を見るが、そこには雲一つない空といつも通りの街の景色が広がっているだけだった。
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ある日の昼下がり、ソフィアが宿の部屋の中でカリーナと遊んでいると、唐突にドアがノックされた。
「失礼します。お手紙が届きましたのでお届けに来ました」
妖精の家にいる数少ない従業員は、1枚の上質な紙でできた手紙をソフィアに渡した。その手紙を受け取ったソフィアは、届け人の名前をみて大きなため息をつきながら手紙を読み、読み終わった時にも盛大なため息をついた。
「とりあえずギルとかに言っとかないとね…」
ソフィアはカリーナを抱きかかえてのろのろと立ち上がると、ギルの部屋に向かった。
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「実家に帰る~?」
ギルは新しく新調した大剣を丁寧に手入れしながら、急に訪ねてきたソフィアに聞き返す。
「王都にいるお父さんから手紙が来てね。「事件があったなんて聞いていなかったぞ。念の為に帰ってきなさい」って言ってきたの。一体どうやって事件があったことに気づいたのかしら…」
ソフィアはやれやれというふうにため息をついた。今日はため息をついてばかりである。実はぺガー公爵がソフィアのお父さんのところへ謝りに行ったのだが、もちろんソフィアはそれを知らない。
「じゃあ俺はどういう扱いになるんだ?」
ギルは武器の手入れを終わらせ、ソフィアが座っている椅子の反対側にある椅子に座った。確かにいま、ギルはソフィアの奴隷ということになっているから、ソフィアがいなくなると困るのだ。
「うーん。ついてくるのは流石にダメだから…ギルドマスターに聞いてみる?」
ギルは顎に手をおき、少し考えると、「そうするか…」とそれに賛成した。
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「ソフィアも大変ね〜」
「はぁ……それで、ギルドマスターは何やってるんですか…?」
いまソフィア達は、実家に帰る際ギルをどうするかを相談するために、ギルド長室に来ていた…のだが。
「ああこれ?ルイに前教えてもらった遊びよ。滅多にない仕事のない日だからね、きちんと遊ばないと」
何故かチルスは、木で出来た円状の物を回して遊んでいた。所謂コマである。
「こう見るとほんとに子供にしか見えな…」
「ああ?なんか言った!?」
「すいませんなんでもありません!」
「アホだろお前ら…」
ソフィアとチルスの漫才のような会話を聞き、ギルは呆れた目を向ける。もう完全にツッコミ役である。
閑話休題
「とりあえずギルはこの街のギルドの雑務要員ってことで」
「了解です」
「俺は一応Aランクなんだけどな…」
「あら。残った依頼とかの処理も雑務に入るわよ?」
「…へいへい」
本題出会ったはずのギルの扱いは一瞬で決まった。
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早朝、街道をゆっくり、周りの景色を目に焼き付けるように歩いている少女がいた。ソフィアである。既に宿に置いてある荷物は引き払っており、あとは王都にある実家に戻るだけだ。街道をしばらく進み、門を出た後森の方に少し歩くと、木陰に見ただけで上質だとわかる馬車が1台止まっていた。ソフィアは、馬車を視界に入れると真っ直ぐそれに向かって歩いていった。
馬車の手前まで来た時、一人の執事服の男が馬車から現れ、ソフィアに向かって深くお辞儀をしてきた。
「おかえりなさいませ。ソフィアン王女」
ソフィアーーソフィアン王女は執事を一瞥し馬車に乗ると、執事は御者台に戻り、静かに王都に向かって動き始めた。
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少し時はさかのぼり、ソフィアが手紙をもらった頃、ルイは洞窟の中でのんびりぐったりしていた。
「暇だぁー」
いままで勝手に出来事に巻き込まれながら過ごしていたため、急に何も無い状態になり、やることがなくなってしまったのだ。しばらくのんびりしたルイは、久しぶりに龍状態で活動してみることにした。
ルイは洞窟の外に出て、大きく息を吸い森の空気を楽しむと、勢いよく大空に飛び立った。飛び立った瞬間、あたりに暴風が吹き荒れたがルイは気にしない。
「きゃー!!!」
その暴風に吹き飛ばされ、きりもみ回転しながら木に激突していたうさぎがいたような気がしたが気のせいだろう…
ルイは魔の森の周りを回るように飛ぶ。まだ魔の森を外からじっくり見たことがないからだ。また空を飛ぶということを楽しむ目的もある。大空を飛ぶという体験は人間の状態ではすることが出来ない。地球では飛行機などで飛ぶことはできるが、直接風を感じることはできないだろう。そんな貴重な体験をこの世界ではできるのだ、テンションが上がっても仕方が無いだろう。
「グルァァァァ!!!(フォー!!!)」
現にルイはテンションがかなり上がっていた。一回転したり、ロールをしたり、急上昇したと思ったら急降下したり。戦闘機のアクロバット飛行と言えばわかるだろうか。とにかく普通ではない飛び方をしていた。
超低空飛行で木にぎりぎり当たらないように飛んで遊びながら、魔の森の南の方に来た時、視界にミンガイルの街が入ってきた。空から見ても街で一番大きいだけはあり、ギルドに併設されていた練習場が相当な威圧感を放っている。
しばらく空中にとどまり街を眺めていると、門の外にいた人がこちらを指差し、慌てたように街の中に走り去っていった。なにがあったんだろうと思い見続けていると、門の中からたくさんの武装した人間が集まってきてこちらに武器を向けてきた。その兵士たちの表情には、恐怖の色が感じ取れる。
(あ、いまおれ人間の姿じゃないじゃん)
その原因はルイにあった。いまルイは龍の姿であり、傍からみると龍が街を襲おうとしているように見えるのだ。この世界で龍は恐怖の象徴とされており、ドラゴンの怒りを買ったら最後とまで言われている。人間たちは、なにか自分が龍の怒りを買ってしまったのかと考えてしまって、恐怖におののいているのだ。
そこでルイは勘違いを払拭しようと、地上に降り立った。さらに人間を恐怖させることになったのだが、ルイは気づかない。人間たちの目の前に着地したルイは、ゆっくりと人間達に近づいていく。人間たちはルイが一歩踏み出す度にあとすざりをする。その繰り返しだったので、ルイはどうすればいいのかわからず、その場で考え込んでしまった。人間たちもまた、どうすればいいのかわからずに武器を構えたまま立ち止まる。数分間、あたりには風が木をざわつかせる音が余計に響いた。
「グルァ!?(うわっ!)」
しかし、ルイが叫び声をあげ、静寂をぶち壊す。その原因は1匹の白いうさぎがルイに体当たりをしてきたことにあった。ルイはうさぎが当たっても衝撃が来ただけで全く痛くなかったが、うさぎは相当痛かったらしく、頭を抱えて地面を転げ回っていた。しばらくして、痛みがおさまったのか転がるのをやめる。そしてルイと目が合うと、今度はルイのことをぺしぺしと叩いてきた。なぜか相当ご立腹のようだ。
「…グルグルゥ?(…ごめんなさい?)」
試しに謝ってみると、うさぎは叩くのをやめ少しその場で考える素振りをみせた。そしてすぐに、魔の森の方を指さし、ルイの背中によじ登ってきた。
(行けってことか…)
ルイはしぶしぶ魔の森の方に向き直り、空を飛んでその場から去る。残された人間たちは、恐怖の象徴である龍と、どう見たって戦闘力のなさそうなうさぎとの邂逅を見て、その場にポカンと口を開けたまま立ち尽くしていた。
その後、銀色のドラゴンとうさぎとの出会いの場所として、何故か有名な恋愛のパワースポットになったのだが、それはまた別の話。
ちなみに、そのパワースポットは毎日訪れる人が大勢おり、ミンガイルの売り上げに大いに貢献しているとかなんとか。