第11話
「ルイちゃーん!ソフィアちゃーん!ギルくーん!お客さんよー!!」
妖精の家のマスターがルイたちを呼んだ。三人は階段を降り、一階の食堂にいたお客さんである人物を見る。
「みなさんお久しぶりです」
そこにいたのは執事服の初老の男ーーシンバであった。
「こんにちは!!」
「うっす」
「おはこんばんにちは!」
シンバをよく見ると、なにやら袋のようなものを持っている。ジャラジャラいっていることからお金だろう。
「みなさんにはトルンジ伯爵の親であるポーク・ペガー公爵からのお手紙とお詫びのお金が届いています」
「おお!お金だやった」
「これでルイに貸したお金を返してもらえるわね。実際戦ったの私だけど」
「とりあえず手紙読もうぜ」
ルイたちは先に手紙を読むことにした。紙は上質な素材で出来ており、地球のものとあまり変わらなさそうだ。さすが貴族。内容はだいたいこんな感じだった。
こんにちはソフィア様。
今回の件は息子が迷惑をかけ、誠に申し訳ありませんでした。息子は廃嫡にし、身分を捨て気持ちを改めるように伝えておきました。お詫びとしては何なのですが、ある程度の金貨を同封しておきました。契約書には財産の半分とありましたが、そこはあなた様の優しさで許してもらうことを願っています。
ポーク・ペガー
見事に契約を無視している。だが貴族がこんなに下に出ることは滅多にないのだそう。それに免じて許してやることにした。文章がめちゃくちゃなのはルイがあまり細かく覚えてないからである。なので内容だけを頭に入れて、言葉使いなどは問題にしないでもらいたい。
「ここにあるお金は金貨50枚です」
「おおすげー」
「ルイに貸したのが金貨1枚だったから…これでチャラね」
ソフィアは袋の中から金貨を1枚だけ取った。
「そんなに貸したのか!?ソフィアって結構お金持ちか?」
「い、いやそんなことないよ?」
「なぜに疑問形…」
金貨1枚は日本円で言うと10万円であるから、ソフィアはルイに10万円貸したことになる。だいぶ大金だ。しかし今回手に入ったお金はざっと500万円ほどであり、それ以上の大金である。
「こんなのどこにしまうのよ」
「おれが持っとくよ」
「ルイが?持てるの?バックとか何も持ってないけど」
「行ける行ける。あとでバック買ってくるさ」
ルイはアイテムボックスもどきがあるのでどんなに大きな重い荷物がきても大丈夫である。しかしカモフラージュとしてバックを買うことにした。
「それからルイ様をギルドマスターがお呼びです」
「なんでだろう」
「あれじゃない?ランク関係」
「なーるほど」
「流石にGランクに負けたっていうままだと精神的に辛い…せめてAランクにはなれよ」
「ハードル高いな」
「ルイなら行けるって!」
そんなこんなでまたギルドに向かうことになった。
―――――――――
「よく来たわね」
ルイたちはいまギルド長室におり、向かいにはチルスとシンバがいる。
「こんにちは」
「今日はルイのランクアップの審査をするわ」
「審査?」
「具体的に言うとそこにいるシンバと戦ってもらうのよ」
「シンバさんですか!?」
「一応Sランクなのよ?」
シンバはこちらに会釈をしてきた。ちなみにシンバは執事服のままである。気に入ったみたいだ。
「おまえSランクと戦えるなんてこの上ない御褒美だぞ」
ギルが興奮しながら言ってきた。ソフィアもすごい勢いで首を縦に振っている。
「なんで?」
「知らないのか?この世界にSランク冒険者は3人しかいないんだぞ?そんな人と戦えるなんてすごい事なんだぞ?」
「ほー」
「お前事の重大さを分かってないだろ…」
ルイはこの世界の住人ではないので分かりっこない。まあルイがアホなだけかも知れないが。
「ということで裏にある練習場で模擬戦をしましょう」
この言葉を皮切りに、ギルドマスター一行はギルドに併設されている練習場に向かった。
―――――――――
「広いねー」
練習場ではたくさんの人が剣を振ったり槍で突いたり素振りをしたりしている。模擬戦をしている人もいるようだ。
「ここは一般の冒険者にも貸出しているのよ」
ここで練習しているのは全員冒険者のようだ。
結構こんでいるので、ルイたちは人があまりいない隅っこに向かった。
「あれギルドマスターじゃね?」
「白雷もいるわよ?」
「他のふたりも可愛いな」
「なんの集まりだあれ」
練習している人たちの話し声が聞こえる。練習場を歩いている間、周囲の人から奇妙なものを見るかのような目を向けられた。ギルドマスターが直々に出てくることは珍しいみたいだ。
「白雷って誰のことですか?」
「シンバのことよ。白髪で雷属性の魔法を使って戦うからそう呼ばれるようになったのね。」
「「「へぇ」」」
「あれ?なんでソフィアもギルも知らないの?」
「この街にまだ来てちょっとしか経ってないからよ。というかあの貴族ともめてる時が初めてこの街に来た時よ」
「噂は耳にしたことはあるけど本人の見た目とかは全く知らないな。裏の仕事で忙しかったし」
みんな結構知らないみたいだ。するとチルスが「シンバはね」と話し始めた。
「一年前の事件で有名になったのよ」
「事件?」
「魔の森って知ってる?ここから北に行ってちょっとするとある森なんだけど」
チルス曰く魔の森とはAランク冒険者でも苦戦するような魔物が無数にいる森のことで、近隣の人間に恐れられてる森である。まあ滅多に魔物が外に出てこないから被害はあまりない…なかったのだが…
「ある日突然大量の魔物がいっせいにこちらの街の方に攻めてきたのよ」
大勢の冒険者で防衛をし、見事街を守りきったらしい。そこで活躍したのがシンバだったようだ。
「でも魔物は全く連携が取れてなくて、どちらかと言うと慌てて逃げているようだったって報告が来てるのよね……急に攻めてきた理由も不明なままだし…」
チルスは首を傾げながら言い、ルイはそれを聞いてふと考えた。
(一年前か…この世界に来て1ヶ月ほどたった時だな。あの時は確か……どれだけ大きな声が出るか試しながら遊んでたんだっけか?)
当時のルイは龍の姿になって1番高い木の上で馬鹿でかい声を出して遊んでいたのだ。それはほかの生物から見れば恐怖でしかなかっただろう。
(あれ?一年前の事件って俺のせいだったりする?)
ルイが顔を引き攣らせながら冷や汗を流していると、ソフィアが顔をのぞき込んできた。
「ルイ、どうしたの?」
「い、いや、なんでもない」
「そう。ならいいんだけど」
「…その事件での被害ってどんなかんじでしたか?」
「そうね。シンバが活躍してくれたから建物が少し壊れた程度で済んだわ」
「よかった…」
それを聞いてルイは胸をなで下ろす。
そんなことを話しているとようやく練習場の隅にたどり着いた。練習場の広さがうかがえる。
「ではシンバとの模擬戦をやってもらうわ。ランクの判定はシンバにやってもらうけどいいわね?」
「かしこまりました」
「あんたまだ執事ごっこしてるの?相当気に入ったのね…」
ルイとシンバは向き合って剣を抜く。ルイは剣を持つ右手を引き半身になって構えており、シンバは自然体のままである。
「よろしくお願いします!」
「手加減なしで行きますよ?」
「では、はじめ!!」
チルスの掛け声と同時にシンバは剣を空に掲げた。そして、
「雷よ!!」
そう叫ぶと剣がバチバチと電気を帯び始めた。
「これが魔法か…」
ルイが魔法を見るのは初めてである。シンバは剣が電気を纏ったのを確認すると、その場で剣を勢いよく振り下ろした。
「うわっ!」
すると電気の一部が飛んできた。ルイはそれを間一髪で避ける。そこから瞬発的に前に飛んで剣を横に振るった。シンバはその剣を防ごうと剣を前に出すが、ルイは急に振るのを途中でやめバックステップで元の場所に戻った。今の間、シンバはその場から一歩も動いていない。
「よく気付きましたね」
「危なかったですよ」
実はシンバの剣にはまだ電気が帯びており、それに触ってしまうとこちらも感電してしまうのだ。それをあたる前に察知し感電を避けることができたのは、ルイの身体能力の高さゆえである。
「次はこちらから行きます」
そう言った瞬間、シンバは一瞬でルイの目の前に現れ、剣を振るった。
「っ!!」
ルイはまたもや間一髪で避けると距離をとる。今のシンバの動きはまるで瞬間移動のようなものだった。
「ほう。これも避けますか…」
「なんですか今のは…」
「秘密です」
またシンバは瞬間移動のようなものをしてきて、剣を振るってくる。それをルイは人間ではありえないほどの瞬発力で避けまくる。シンバの剣には当たってはいけないので避ける他ないのだ。
(くそ!これじゃ拉致があかない…)
しかし避けられるのはいいが、攻撃につなげられないので勝つことが出来ない。そこでふとシンバの体を見ると、瞬間移動のようなことをする前にシンバの体に電気のようなものが走っているのが見えた。
(なるほど!体に電気を流して無理矢理身体能力を底上げしているのか!)
それが分かったルイはただただ耐久戦に持ち込むことに決めた。もっと他になかったかと言われても、龍の状態になるなどしかルイは考えられなかった。
実際、この作戦は有効に働いた。もともと無限ともいえる体力をもつルイと体に無理をさせて戦っているシンバである。戦える時間が全く違い、しばらくするとシンバの移動のキレが落ちてきた。その隙を突き、ルイはシンバの腹に蹴りを入れる。
「ぐほっ!」
シンバは後ろに少しふっ飛び、仰向けの状態のまま地面に転がった。ルイはそんなシンバに迫ると顔に剣を向けた。
「勝ちですかね?」
「完敗でございます」
ルイはシンバに手を貸し、立たせると観戦していたみんなの方へ向かった。
「「「………」」」
「あれ?みんなどうしたの?」
観戦組はルイが来ても目を大きく見開かせたまま何事も発しなかった。時が止まっているようにも見える。ルイがしばらくの間手を顔の前で振ったりしていると、ソフィアが目を見開かせたままなんとか言葉を発した。
「……ルイって……何者なの……?」
「何者って……なんだろう……一般人?」
「あ、あんな速度に素で対応できる一般人なんていないわよ!!」
「こんな奴に負けたなら納得だ…」
「シンバが負けるところを見るなんて何年ぶりかしら…」
ギルやチルスも小声で何かを発した。時が動き始めたようだ。
「いやはや。身体強化を使っている状態であんなに避けられたのは生まれてこの方初めてですよ」
シンバは朗らかに笑いながらそう言う。確かにあの速さで動かれたら、ただの人間では対応できず瞬殺だろう。
練習場でやることも終わり、さて帰ろうとルイが周りを見ると、それぞれ練習していた人たちが全員もれなく口をあんぐり開けたり目を見開いたりしたまま固まっていた。しかしルイは、ソフィアの時のように言われたらめんどくさいので、そそくさと一足先にこの練習場を立ち去っていった。全員がそれを見送るしかできない。しかしシンバはルイの後ろ姿を笑みを浮かべながら見ていた。
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「外に出るのは無理だな…」
つぎの日、ルイは妖精の家の部屋の中にいた。時間は既に昼頃だ。なぜそんなに中にずっといるのかというと昨日の出来事が原因である。
昨日、ルイはシンバに勝ってしまった。これはSランク冒険者に勝つ人が現れたということである。それを周りに人が大勢いるところでやってしまったので、この出来事はミンガイル中に広がってしまった。
よっていまルイのいる宿の前にはルイを一目見ようと大勢の人が集まってしまっている。そこでもうこの街とは少し離れることにしようかと思った。ここまで噂が広がってしまうとこの街にいても居づらいだけである。
ルイは机の上にスラスラと置き手紙を書くと、いままで住んでいた部屋にさよならを言い、転移で洞窟に戻って行った。
このあと、Sランク冒険者に勝ち、煙のように急にいなくなってしまった女性がいたと、ミンガイルの秘話として語られることとなる。
余談だが、置き手紙を読んだ後の反応として、ギルは呆れ、ソフィアは憤慨したという…