第9話
『決闘』
それは戦闘を一対一で行い、勝敗を決めるやり方である。基本、お互いの欲しいものを賭けて行うのが通例であり、契約書にその旨を記載し契約を結ぶ。決闘には二種類あり、公式にギルドが行う正式なものとそうでないものに分けられる。正式なものではない方では賭けたものが違法のものであったり、ルールが無視されたりすることがある。正式なものではギルド職員が審判を行い、公平に行われるので大体の『決闘』と言われるものがこちらである。
というのが決闘の説明だが、決闘とだけ言って正式なものではないことを隠す人がいたりする。今回のルイたちが受けた決闘はこちらの正式なものではない方だ。しかし、ルイはともかくソフィアまでもこれをしらなかった。
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「これからドラゴンと半分の財産を賭けて決闘を行います。双方こちらの契約書にサインをしてください。」
審判の男がそう言った。いま、街から少し離れた所にある自然にできた広場のような所にいる。カリーナを人目に見られないようにする配慮だと貴族ーートルンジ・ぺガー伯爵が言っていた。
こちら側はルイ、ソフィア、カリーナがおり、向こう側にはトルンジ・ぺガー伯爵とルイに声を掛けてきた執事、身の丈ほどもある大剣を背負った赤髪の男がいる。
「双方の対戦者は前に出てください」
ルイやトルンジ伯爵などは後ろに下がり、前に出たのはソフィアと執事だった。
「大剣持った男が出てくるんじゃないのね」
「あの方は私が戦っている間、トルンジ様を守る護衛でございます」
「双方、準備はいいですか?」
その審判の声にソフィアは背負っていた弓を手に持ち、右手は矢入れに添えられた。執事は自然体のまま右手に細剣を持っている。おそらくスピード重視なのだろう。
「始め!!」
審判がそう言った瞬間、ソフィアは弓に矢をつがえて放った。しかし執事は半身になって避ける。ソフィアが次々と矢を放つが、すべてが執事に避けられてしまった。
「そう来なくっちゃ!」
ソフィアは三本の矢を同時に持ち、また放つ。執事はこれは長くは受けてられないと思ったのか、矢を避けながらすばやく近づき、剣を突いてきた。これをソフィアは横に飛んでかわし、また三本矢を放つ。執事は矢を剣で弾いたが、残りの2本が行動の邪魔をしその場に一瞬止まってしまう。この一瞬は対人戦での大きな隙となってしまった。その証拠にソフィアはその一瞬で執事に近づき、矢を執事の喉に当てた。
「これで勝負ありでしょ?」
「…参りました」
「勝者!ソフィア!!」
審判がそう言うと契約書が薄くひかり、二つに分かれた。そして紙が両者のところへ飛んでいく。
「この紙がこの決闘を証明するものになります。なくすとこの結果が無効となってしまうので気をつけてください。それでは。」
それだけ言うと審判の男はすたすたと立ち去ってしまった。
「ソフィアすごい」
「当たり前じゃない。こんなの瞬殺よ瞬殺」
ソフィアは上機嫌そうだ。カリーナが取られずに済むのだから当たり前だろう。
「申し訳ありません。負けてしまいました」
「ふん。お前は所詮雑魚だったという訳だな。まあいい、こちらには保険がある」
「保険とは何でしょうか?」
「まあ見ておけ」
トルンジ伯爵はルイたちの方を見て意味深そうに笑う。その姿をみて執事が少しルイたちを心配そうに見たが、トルンジ伯爵に見られないようにすぐにいつもの表情に戻った。
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「カリーナを取られないで良かったね」
「本当ね…ルイが決闘を受けたって言い始めた時はどうなるかと思ったわよ」
「ははは…」
「キュー!」
カリーナはいまソフィアに前で抱かれている。とてもご機嫌そうだ。
「でも妙に弱かったのよねあの執事…あの感じだと魔法も使ってくるのかと思っていたのだけど…」
ソフィアは頭を傾げながら「手加減とかしてたのかしら…」と言う。実際に手加減をしていたんだということなど知るよしもない。
この話は、決闘が終わり街に戻っている最中でしている。貴族はその場に残って何か話していたが、どうせ財産を上げるのが嫌だなどということを喋っているのではなかろうか。そんなことを考えながら歩いていると、物陰から物音が聞こえた。
「やあ、ちょっと止まってくれ」
「あんたは?」
「俺か?おれはまぁ…Aランク冒険者だ」
そこにいたのは貴族の隣にいた大剣を背負った赤髪の男だった。
「なんであんたがここにいるのよ」
ソフィアがそう言うと、赤髪の男は「なにって証拠隠滅に決まってるだろ」とにやりと笑いながら近づいてきた。そして背負っていた剣を振り下ろしてくる。ルイたちは後ろに飛びその剣を避けた。
「銀髪のほうもまあまあ体動くんだな」
「ルイ!逃げるわよ!BランクとAランクの間には決定的な格差があるの!勝てっこないわ!!」
「………」
ソフィアはそういいながら走ろうとするが、ルイは動かない。赤髪はゆっくりルイに近づいていく。
「もう諦めたのか?まあ楽でいいんだけどよ」
「ルイ!!はやく!!!」
(…勝てるんじゃないか?)
この時ルイはそう思っていた。赤髪よりも森の中で会った魔物達の方が圧倒的に剣の速度が速かったのだ。その魔物達と素手で戦っていたルイからすれば、赤髪の男など楽勝で勝てるのではないかと考えていた。
赤髪がゆっくり近づいてくるのを見ると、ルイは腰にさしていた初心者用の剣を抜く。そしてだらりと自然体の形になった。その目はしっかりと赤髪を捉えていた。
「なんだ?やるのか?」
「うん。さっき2時間ほど剣術の練習をしていたから、それの腕試しにと」
「はぁ?2時間だけだと?舐めるんじゃねえよ。瞬殺してやる」
赤髪は憤慨し、先程とは全く違い素早い動きでルイに迫り、大剣を袈裟斬りに振るった。
(やっぱりおそいな…)
ルイは少ししゃがみ剣を両手で持つと、斜め上に振り上げ大剣を斬った。斬られた大剣の先の方はその場でザクッと地面に刺さる。
「……な……なんだと…?」
そう赤髪が狼狽しているスキに、ルイは剣先を赤髪の喉に当てた。
「これで俺の勝ちだね」
「おまえ…何をした?」
「うん?ただ斬っただけだけど?」
「斬っただけって…あれは一応ミスリル製だぞ?」
そう、あれはミスリルというこの世界で2番目に硬い金属でできた大剣であった。対してルイの剣はただの鉄で出来た初心者用の剣である。普通、二つの剣がぶつかりあった時、折れる又は斬られるのは鉄製の方であるのは明確であった。しかし人間にあるまじき身体能力を持つルイは剣を大剣の一点に当て、そのまま剣を負担をかけないように手前にスライドさせ断ち切ったのだ。
「で?どうするの?」
「やめだ。こんなところで死にたくないからな」
「じゃあさっさと立ち去ってね」
「………ちょちょっと待って!!」
急に固まっていたソフィアが言い始めた。
「なに?」
「一応こいつをギルドに連れていかないと!」
「なんで?」
「なんでって…殺しに来たじゃない。こいつもギルドの一員なんだからバツか何かあるでしょ」
「あ!なるほど」
「…ってなわけで逃がすことはできないよ。ごめんね?」
「くっそ…まあ死ぬよりかましだ」
その後、ルイたちは赤髪の手を縄(木の枝を割いて作った)で縛り街へと向かった。