デイゲーム・クエスト
ゲーム、漫画……そういったモノに触れずに、かれこれ二十と三年。ふと間違いで押してしまった携帯ゲームの誘導画面が人生を変えた。
RPG、シミュレーション、アドベンチャー。誘惑の波、衝撃の嵐、極彩色の興奮。
そして私はゲーム脳に開眼した。仮想の人生に、はっきりと数値化される自分の実力。面白いじゃないか。面白すぎて没頭した。
あまりに豊富なゲームの種類。あまりに少ない日々の時間。全てを網羅するには時間が足りない。
効率的にゲームを楽しむためにはどうすればいいのか。私は考えた。考えた結果、一日二十四時間というデイゲームのレベリングに勤しむ事にした。
つまり発想の転換。日頃ゲームが出来ないなら、日頃をゲームにしちゃえばいいじゃない。
早朝クエストは早い。五時、または六時に開始されるソレは、最大級の難易度を誇る連続クエストである。そして一日を過ごす上で大変重要な意味を持つ。
『早朝クエスト:目覚まし時計を止め二度寝をするな、が開始されました』
解析、想像力、一人芝居のレベルを上げた結果、ナビゲーションボイスが実装された。今の所自分の声でしか出来ないが、声優さんの声を頭の中で自動再生できるようになれば何れは好きなキャラクターでのナビゲーションも可能だろう。
じりりりりりりと濁点付きで鳴り響く時計を一発で落としてやった。たわいもない事だ。しかし、クエスト達成のファンファーレが鳴り響かない。こ、これはまさか……!
気がつけば状態異常:入眠準備、現在位置:お布団の中という苦境へと立たされていた。忍び寄っていた睡魔との戦闘が、いつの間にか始まっていたのだ。睡魔の発生率は前日夜のコンディションに左右されるが、それにしたってバックアタックとは卑怯なり。薄れゆく意識の中、私は咄嗟にケータイへと手を伸ばした。
ピピピピ♪ ピピピ♪
『目覚まし時計を止め二度寝をするな が達成されました。起床時間に+三十分のボーナスが入ります』
ふっ、念のため昨日の夜。携帯電話のアラームをセットしておいたのが役に立ったようだ。しかしスヌーズ機能まで使わされるとは迂闊であった。ふらふらと湯を沸かしている間に顔を洗い、歯を磨く。こういうのは、我に返ったら負けなのである。
『連続クエスト:朝食をしっかり食べろ が達成されました。コンディション変動率が上昇。細胞成長率にボーナスが加算されます』
コーヒー、パン、目玉焼き、サラダ。十五分で作り、五分で食べる。優雅なものだ。
『連続クエスト:朝刊を読む 情報番組を見る が達成されました 五月七日の情報に2%の読解ボーナスが入ります』
情報屋へと支払う金は少なくない。しかし、日々の情報収集がどんな時役立つか分からない。
そこまで終わると、次は装備品だ。今日は平日故に会社ダンジョンへと行かねばならない。会社ダンジョンの前に、駅ダンジョンをクリアする必要がある。
現在私はアパートギルドに一室を借りた状況だ。自家用車などと言った移動手段は維持費も購入費もかかるために所持していない。この駅ダンジョンは移動手段を使用するために、何としてでもクリアしなければならない初級ダンジョンの一種だ。しかし人気ダンジョンが故に朝は混む。スペシャル混む。
健康の為に一駅歩くのもいいだろう。しかし、残りHPの事を考えると今朝は素直に最寄りの駅ダンジョンに挑むべきだと考えた。
駅ダンジョンを攻略するには、体力、敏捷性を上昇させる装備が必要となってくる。しかし、大半を過ごす会社ダンジョン必要なのは持久力、知力。
ここでの擦り合わせが難しい。私のアイテムバッグでは装備品を幾つも持てず、結局、会社ダンジョンのロッカー宝箱に自らの装備品:スリッパなど低レベル帯の装備品を放り込んで置き我慢するハメとなる。
念入りに装備品を選択し、そして通勤鞄に厳選されたアイテムを入れていく。あまり数が多すぎると、体力に-補正がかかるだけでなく、「女らしさ」という隠しパラメータに若干の影響が出るのだ。いかに効率よく、必要なアイテムを、少なく所持するのかが基本だ。
最後に化粧である。化粧という言い方はまどろっこしくて苦手だが、要するに呪法である。
ペインティングを使った、攻撃力、防御力、対人間相手の威嚇呪法が化粧だ。
美人であれば魅了効果が発生するが、私の様な凡俗には、若干の好感度補正が関の山である。世の中にはメイクを極めし呪法マスターや付与師が存在するが、天職パラメーター:デザインセンスと並々ならぬ器用値が必要なので、そちらの方面は諦めている。
私のパラメーター成長方法は平均タイプであり、需要の高い特化型とは一線を画している。かと言って、体育会系でも文系や理系でもない。狙うはサブスキル:器用貧乏である。
とは言え、威嚇呪法も繰り返しやっていれば、ある程度まではレベルが上がる。化粧品のメーカーだの、紫外線に対する防御力だの、老化現象に対する抵抗力も自然と上がるという恩恵を享受することが出来るのだ。
装備品の装備適正があるように、化粧品にもある程度の色調補正がある。自分の肌の色に合った色を選べば、かなりの印象操作が可能になるという高レベル精神コントロールだ。もっとも、これは相当呪術レベルが高く無ければできない芸当なので、芸術/色彩スキルの取得をおすすめしたい。
颯爽とコートを羽織り、普段よりも幾分早い時間に外に出る。『連続クエスト ゴミ出し』も達成し、意気揚々と駅へと向かう。これで朝に発生する連続クエストは全て完遂したはずだ。余す事なく取得した経験値の量を考え、ひそやかに笑う。
しかし、何故だろうか。全てのクエストを達成したというのに、早朝クエストオールクリアという気がしない。もしや、何か忘れているのだろうか……?
私は駅のエスカレーターを登りながら考える。そして、売店のコンビニにぼんやりと映る自分の姿を見て危機的大ダメージを受けた。
そう、『連続クエスト 頭髪のセット』を忘れていた!!! ついでに言えば、錬金術:弁当作成をしていれば料理に対して更なるボーナスポイント加算と、所持金の減少が防げたというのに……!