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外界機兵アナザイム  作者: 紅陽炎
9/31

09:私の遺産

九条姫香の戦闘から数日が過ぎた。

あの戦闘以降も和弘は何度か交戦はしていた。


相手は全て新兵ではあっても、

あのクラスの敵がいつ出てくるものかと、

当初は冷や冷やしていたのだが、

流石にあれがレアケースだと気づくと、

いつもの活気を取り戻していった。


日常では栗生が九条姫香が専用機に

乗り換えると言って息巻いているのが話題になり、

あの相手が九条姫香だったことに

気づいて皆で驚いていたりした。


戦闘では、栗生が着実な戦い方で順調に戦果を挙げる一方で

とにかくゴリ押しで返り討ちが多かった裕樹の戦闘スタイルが、

待ちを重視した慎重な戦い方になって戦果が増えてきたりと、

場数を踏んだ皆の成長も含めて、概ね順調だった。



◇◆◇



その日、麻由の作ってくれる夕食がいつもより豪華だった。

別の言葉に例えるならば御馳走だ。


「何これ?」


「何って……御馳走?」


その意味が分からない和弘と、

小首をかしげる麻由。


「何かやったっけ?」


「あ、えっと、そういえば和弘さんには伝えてないんだった」


(それ言っちゃ駄目だろ……)


麻由はいそいそとクラッカーを取り出し、おもむろに紐を引っ張った。

景気のいい音が鳴り、料理の上に紙屑らしきものが降りかかるが、

立体データで出来ているので、すぐに消えてしまうから問題は無い。


たった二人、ついでに一人はよく分かっていないこの状況では、

酷くシュールな光景だ。


「和弘さん、専用機ですよ!

 専用機が貰えます! やりましたね!」


専用機。

多大な戦果を挙げた者に配属される

個人用に調整されたテツビトであり、

トップエースのステータスでもある。


「どうせ嘘だって言うんだろ。それで、本当のところは何なんだ?」


つまり、今の和弘のキャリアでは

縁の無い代物のはずであった。


「嘘じゃないです」


「はいはい、それもういいから」


「嘘じゃないですって!」


正規兵になってから、和弘も色々知っている。

前の雑誌の件や、この世界の常識や戦闘のルールなど。

当然、専用機を貰えるレベルに達していないことも知っている。


そりゃ、名だたる相手を倒せば

力量を認めて貰える可能性はあるとは聞くが、

和弘にはこっぴどくやられた記憶しかない。


「ほら、九条姫香さんいたでしょ?

 和弘さん相討ちでしたけど、

 実力を認めてくれたんですよ!」


そのこっぴどくやられた事を実力と言われても困る。


「あれのどこが相討ちだよ」


「九条姫香さんがそう言ってたみたいですよ。

 再戦に燃えてるとかで」


「嫌味か!」


確かに雑誌には、そういう話はあった。

和弘はどうせ他人の話だと思っていたのだが、

麻由は和弘の事だと思ったらしい。


「知りませんよ。

 それにほら、あの人が専用機に乗るって話題だったじゃないですか」


「それは俺も知ってる」


栗生がそんなことを言っていたのは記憶に新しい。

ついでに言えば、あのラエカゴに乗っているのが

九条姫香だと知ったのはその時だった。


「でも理由は語ってたか?」


「あの人が海に堕ちたのって、

 和弘さんとの戦闘だけですし、

 他に理由なんてないと思いますよ」


確かに九条姫香は海に堕ちている。

たまたま偶然、そうなっただけなのに、

さも和弘の実力だと言われても、和弘には困惑しかない。


ありもしない実力を期待されているようで、

調子に乗るよりも不安になるのが和弘だった。


「偶然なのに敵に狙われるのか……」


「でもその偶然のお陰で専用機貰えるんですから!」


「……そうだな」


考えても仕方ないことは考えるだけ無駄だ。

もう決定したのだから前向きに捉えて行こう。


この世界に来てから、和弘はそうは考えることが多くなった。

何より、麻由が元気に笑っているのだから、

自分が落ち込む姿を見せることで

心配を掛けさせたくないな、と思う所も多い。


「専用機って言っても、勝手に支給されるのか?

 それとも何か機能とかカスタマイズできたりする?」


「そんなあなたに……じゃーん、データカタログでーす!」


麻由のクローズドスペースから冊子を取り出して見せる。

余程嬉しいのか分からないが、

今日の麻由のテンションはちょっとおかしい。

水を差すのも悪いのでそのまま冊子を受け取る。


「一応、この中から好きな部分を強化できます。

 私が調べたところ、一番人気はこの射程アップですね」


麻由に言われた場所のページをよく読んでみる。

確かに射程アップについて書かれている。


「これ、弾速は速くならないの?」


「ならないみたいですね。

 あくまでも有効射程距離を伸ばすだけみたいです」


実のところ、この世界のビームは遅い。

ゲームくらい遅い。撃ったところを見てから避けられる。

だから避けられるくらいの距離を保って撃ち合う形になる。

九条姫香はそこから近づいた上で避けたりするのだが。


射程伸ばしたところで、

避けられる距離より遠くで撃ったところで避けるに決まっている。

こういうのは障害物や身を隠す場所があれば役に立つのだろうが、

生憎、遮蔽物も無ければ、おまけに一対一だ。

不意打ちに使うなら有用かもしれないが、それは味方にも嫌われる。


「……意味無くないか?」


「……まあ、そうなんですよね。

 なんでかみんな気づかないんですよね」


知っててお勧めしたのか、と和弘は呆れたが、

一番人気なだけで麻由のお勧めではない。

あくまでも決めるのは和弘といった様子だ。


「知ってて使ってるのかもな」


「他に強化する所が無いのかなあ?」


ペラペラとめくって協議する。

見た所から順番にあれこれと意見を交わす。


「バリアエネルギーのアップはどうですか?」


「直撃受けたら終わりの時点で、あんまり意味無い」


「弾数を増やす」


「今でも余るのに、これ以上増やしてどうする」


「機動力と小回りは?

 九条姫香さんとの戦闘の時とか有利になりませんか?」


「あれは普段使うものじゃないけど……今までのよりはマシか」


「じゃあ、取りあえずこれは候補に入れておきますね」


ひとつずつ見てみるものの、どれも基本機能の強化でしかなく、

和弘も麻由も、これだと思うようなものが無かった。

九条姫香が専用機を嫌がった理由がなんとなく分かった気がした。


「後はこれですね」


そう言って麻由が見せる最後のページ。

そこには空白のスペースが乗っている。


「何も書いてないぞ」


「ここは希望技術ですね。

 何か希望があれば……と言うヤツです。

 和弘さん、結構アイデアあるんじゃないですか?」


和弘は急にテンションが上がるのを感じた。

自分の思った性能を発揮するのであれば、

文字通り自分だけの専用機と言えるだろう。

これほど嬉しいことは無い。


「なんだ、面白いのあるじゃないか。

 先に言ってくれれば……」


「言っておきますけど、実現不可能な事を書いても無駄ですから」


「……それは、そうだな」


なんだか一気にテンションが下がってきた。

今までの技術を見る限り、技術水準は遥かに高いが、

それを実現できるかは想像出来なかった。


「取りあえず、言えるだけ言ってみて下さい。

 どうせ判断下すのは私達じゃないですし」


「分かった。言うだけ言ってみるよ」


思いつくままに色々言って、麻由がメモする。

言いたいことを言ったせいか「HP回復」とか言って

「何ですかそれ」と突っ込まれたりもした。


一通り終わって麻由が見直す。


「結構出てきましたけど……武器についてはあまり無いんですね」


「コックピットに当てれば終わりだから。

 範囲が広ければ他の味方の邪魔になるし。

 それなら動きを早くして相手に当てられるようにしたいな」


「なるほど。そういうコンセプトを中心に組む感じですね」


なんか専用機という割には大したこと無さそうだと思いながら、

冊子をめくってみると、ふとある一文が目についた。


「この『知り合いから譲り受けても構いません』っていうのは何?」


「文字通りですね。一番多いのはエネルギーガンの二丁持ちですね。

 例えば、もう引退した操縦士が知り合いにいて、

その人のテツビトの武装を譲って貰うとかです」


「俺達はそういうの無いかな」


「無いですね」


そこまで言って、数瞬後。

二人で「あっ」と顔を見合わせる。


「「春日和弘!」」


「確か凄い腕前だって聞いたから専門機があるかもしれないな」


「そ、そうですね。ちょっと姉さんに聞いてみます!」


「姉さん? 麻由って姉がいるのか?」


「あれ、言ってませんでしたっけ?

 私の姉さん、この世界での春日和弘の整備士をやっていたんです。

 私の100倍は凄い人ですよ」


どうしてその人じゃなくて妹の麻由が?

そう聞こうとして止める。

それは麻由を侮辱する以外の何物でも無いと気づいたからだ。

しかし、その心中を察したのか麻由が話し始めた。


「姉さんは『どうせ別人だから合わない』って言ってました。

 私は同じ人だと思ったんですけどね」


「まあ、顔は似てるけど、中身がね」


それには和弘も苦笑するしかない。

データを見る限り、この世界の自分は遥か高みにいた。

同じ存在のくせに何が違うのかと悩む理由の一つでもある。


「いえ、違いますよ。顔も全然違ったんです。

 姉さんの言った通りでした。最初はそっくりだと思ったのにな」


そう言ってクスリと笑う。

和弘はそれに心当たりがあった。


春日和弘のデータを貰った時、その顔写真に違和感があった。

鏡の前でそれを見比べた時にハッキリ分かったのだ。

顔の輪郭から始まって目や鼻、口の形なと顔を構成するパーツは、

まったく同じのくせに、その表情が全然違っていたことに。


写真に写っている自分は生真面目勝つ自信にあふれている男の顔があった。

対する鏡の顔はどこかぼけっとしている頼りない顔だった。

比べれば比べるほど、自分の顔が間抜けに見えてくるので、

それ以来、見比べてはいない。


「それじゃ、後で連絡しておきますね!」


「ああ、任せた」


「はい!」


我ながら楽してるな、と和弘は思うものの、

それが普通なんだと裕樹や栗生と話して分かってきた。

過剰な遠慮は逆に心配を掛ける。

麻由がやると言うのなら、それを任せることも信頼だ。


「手伝えることがあったら、言ってくれ。

 俺の専用機でもあるんだからな」


でも一応、釘は刺しておく。

和弘自身、何が出来るとも思えなかったが、

自分に出来ることなら、なんとかしてやりたいとも思う。


「そのときは頼りにさせて貰いますね」


麻由の笑顔を見ながら、上手く乗せられてるな、と和弘は思う。

ただそれも悪い気分じゃない。


今日は専用機が貰えることも決まって、

御馳走もとても美味しかった。

それで十分だ。


(しかしなぁ……)


九条姫香が再戦に燃えているとの言葉が頭をよぎったが、

どうせただのリップサービスだろうと思うことにして

思考の隅に追いやった。


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