08:近接距離の射撃戦
(めんどうくさい……)
自身のテツビトのコックピットで九条姫香は一人、頭を抱えていた。
「だからこんなことは嫌だと言ったんだ!」
通信が切れていることを確認して一人叫ぶ。
叫んだあとでため息ひとつ。
「もうすぐ大規模作戦だって控えてるのに、
なんだって訓練艦を回らないといけないのよ……」
今や少し詳しい人ならば敵味方問わず知らない者はいない彼女が、
この座まで上り詰めることが出来たのは
ひとえに彼女自身の努力の賜物である。
彼女自身は気に止めていないのだが、
彼女自身の美しい外見も認知度に拍車を掛けた。
専用機だって現状のままで十分戦果も出るし、
使い慣れたものを変える必要が無いから使ってないだけで、
変わり者扱いされる謂れは無い。
自分の機体には赤い模様を一部にを入れることで、
見た目は差別化させてはいるはいるが、
これだって、あまりにも言われるのでやっただけである。
敵に警戒心を与えるだけなのに。というのが彼女の本心だ。
それもあって、訓練艦にてアドバイスして欲しいといった要望に、
ちょっとした気紛れで受けてしまったのがいけなかった。
そのせいで彼女は訓練艦の近くを通る度に呼ばれる羽目になったしまう。
一言二言、新兵に向かって何か言うだけ。
(特に何かするわけじゃないから、楽なのが救いだけど)
当たり障りのないことを何度も言っているので、
言った内容なんて覚えていないが、
それで新兵の目がキラキラするものだから余計に心が痛い。
大規模作戦が近い今、それを理由に休もうと思っていたが、
今日もそんなことは関係無く呼び出されてしまった。
本来ならば、今はゆっくり休んでいるはずだった。
というより彼女一人だけテツビトで戦闘艦と訓練艦を
往復していることが余計に彼女の不満を募らせていた。
「これ本当に何とかして貰わないと戦果に影響が出るんじゃないからしら?
ん……緊急通信?」
戻ったら現状改善の報告を出そうと文面を考えていた所、
自分の整備士から通信が入ったので通信を入れる。
「この近くで戦闘するって? スルーでいいんじゃないの?
この辺にいるのって……まあ最近戦果上げてないけどさ……」
どうも言葉の節々にストレスを
発散させておけといったニュアンスを感じる。
「新兵相手にしても退屈なだけでしょ……」
若干呆れながら、そんなに不満を
露わにしていただろうかと思う。
ただ最近戦果を稼いでいないのもまた事実だし、
大規模作戦を前の肩慣らしには丁度いい。
「でも、これはこれ。それはそれ。
状況改善はして貰うからね!
艦長に伝えておきなさい!」
九条姫香は、ひとまず自分の乗る戦闘艦「りっか」に
合流する為にスピードを上げた。
◇◆◇
それは一瞬の出来事だった。
目の前にいるのは見慣れたネイチャーの使う緑のテツビト。
違う所と言えば所々に赤い模様が入っているだけだ。
対峙するのは和弘の青いテツビトのみ。
周囲にいた味方はカプセルバリアを展開して海に浮かんでいる。
おかしい。
さっきまで三対一の状況はずだ。
確かに戦闘は一対一でやるものだが、
通常は多くても二戦もすれば稼働時間が限界のはずである。
はずだった。
和弘達はいつも通り戦闘が始まって出撃した。
しかし出てきた相手は一機のみ。
いつも通りの見慣れた敵機≪ラエカゴ≫であったが、
所々に赤い模様が入っており、デザインが違っている。
こちらが三機に対して相手は一機。
この前撃墜されたから、と言って裕樹が戦闘に立ち、戦闘開始。
そのテツビトは、まず問答無用で突撃を開始。
普通なら愚かでしかない、その行動。
しかし、いつもなら当たるはずの裕樹の撃ったビームの軌跡を、
まるで撃ってくるのが分かったかのようなタイミングで回避。
逆にその隙をつかれて逆に一撃。まず裕樹機が撃墜された。
次に敵機は栗生の方へ向かい正面に立つ。
戦闘開始かと思いきや、不意に和弘の方を向いた。
それだけ。
それだけで栗生の機体は海に堕ちていく。
始まってから数秒。
あっという間に戦況は変わってしまった。
「曲芸撃ちと言うヤツだけど、
こんなものが通用するなんて、やはりヒヨコか。
いや、そもそも私がここにいること自体、
大人気ないものだけどさ……」
姫香は一人、コックピットで自嘲した。
栗生にやったことは簡単だ。
オートロックしながら振り向いた。それだけである。
故にエネルギーガンを持って手首は妙な方向に曲がっていただろうし、
銃口は変わらず栗生を狙い続けていた。
人では無理なこの体勢でも、機械なら簡単に出来る。
後は引き金を引くだけで勝手に命中するというわけだ。
「こ、こいつ……ヤバいぞ?」
一方、和弘は戦慄していた。
同じ性能のテツビトでこんなことが出来るのか、という困惑。
そして、それをやってのけた相手に対して感じる戦慄。
(で、でもやるしかない……!)
決断は一瞬。
和弘のアートラエスは横に飛ぶ。
訓練艦の正規兵を相手にで使ったあの戦法。
相手が知りえない(だろうと思う)手段で一撃必殺。
それしかない。そうでなければやられると和弘は直観していた。
「む? 追えと言ってるのか?」
だが九条姫香は慌てない。
釣られて飛び出しても駄目だ。
オートロックで真っすぐに撃たれるビームは
移動している相手には早々当たらない。
重要なのは撃っても当たる位置に移動するか、
誘導することにある。
「無理に撃ってこないのはいいが、それは迂闊な行動だ!」
タイミングを計って、姫香のラエカゴは和弘のアートラエスを追った。
それを見た和弘は自分のしたことが失策だと気づく。
『和弘さん! このままだと後ろにつかれます!』
表示された情報によって、和弘は相手の思惑を読んだ。
直線状ならば外れようがない。
方向を変えようとするなら、減速する瞬間を狙われる。
この状況を打破する為の手段はただひとつ。
『敵の射程内に入るまで、カウント6、5、4、3……』
(2、1……!)
敵が引き金を引く、その瞬間を狙って回避行動。
グルリと側転するような行動を取りながら反転。
先程まで和弘が居た場所を光が通り抜ける。
相手の撃つタイミングがはずれれば終わりの賭けにはひとまず勝った。
だが、九条姫香が有利なのは変わらない。
「少しは知ってるヤツがいるようだな!」
一瞬、相対する二機のテツビトの視線が交差する。
撃つには近い距離。少し離れで射撃戦。
姫香はそう思っていた。
しかし、和弘は分かっていた。
普通に戦ったら負けると分かっていた。
故にアートラエスは反転後すぐに急加速。
視線の交差は一瞬。その一瞬後、二体のテツビトは
互いに肉薄する距離まで近づいていた。
「これに賭けるしかない!」
「フッ……面白い!」
零距離における射撃戦。
引き金を引いても直撃しなければ意味は無い。
外したらその瞬間に自分がやられる。
回避は見てからでは遅く、常に動き続けるしかない。
姫香にとっては言うに及ばず、
和弘にとっても未知の領域ではあるが、
まったく知らない話ではない。
距離が離れれば、いつもの戦闘に戻りやられる。
しかし近づき過ぎて接触すればコーティングバリアが干渉して弾かれる。
適度な距離を保ちながら、敵の照準を外し、隙を狙い撃つしかない。
二機は踊るように目まぐるしく位置を入れ替える。
互いの銃口は相手から離れない。
コックピットから絶妙に外し、時には腕、肩、足で射程を塞ぐ。
通常ならば撃たれた場所は吹き飛び誘爆もしようものだが、
この世界では機体は壊れない。
やるからには一撃で仕留めなければならない。
撃ったその瞬間、それが一番の隙になる。
和弘にとって幸運だったのは、
姫香には新兵相手に対するエースの意地があり、
和弘の用意した土俵に乗ったこと。
そして和弘にとって不運だったのは、
姫香の才能と歴戦がそれに対応したことだった。
ひっきりなしに機体を動かさなくてはならない忙しさと、
常に狙われてるプレッシャー。
久しぶりのスリルが姫明の顔に浮かぶものは
――――笑み。
焦燥感を闘志に変える。
そのまま飲まれるならば、今更エースなどやっていない。
「はああああああ!!」
姫香の裂帛した気合に押され、
焦燥感に飲まれそうなのは和弘の方だった。
「くそっ!!」
無我夢中で腕を動かす。
和弘の顔に浮かぶのは
――――焦り。
もはや何を考えて動かしているのかすら分からなくなっている。
操作は覚えた。他の人が知らない動作まで出来る。
しかし頭と体が直結しない。
思考と操作が噛み合わず、そのズレが隙を生む。
和弘の機体が持っているエネルギーガンが
上方にぶれ、機体のバランスを崩した。
ほんの一瞬。しかしそれは致命的な隙だ。
「貰った!!」
「やられる!?」
姫香はここでエネルギーガンを向ければ当たると分かった。
和弘はこのままだと撃たれることが、分かってしまった。
それでもなお足掻こうとしても、
変えられない事実を前に思考がデッドロックを起こして体が硬直する。
『和弘さんっ!!』
無慈悲に堕とされていただろう。
ただ一人の名前を呼ぶ声が、
和弘を正気に戻さなければ。
「うわあああああ!」
ほんの一瞬の出来事。
姫香のラエカゴはエネルギーガンの銃口を
アートラエスのコックピットに向ける。
和弘のアートラエスは自分のエネルギーガンを手放し、
その腕を盾代わりに振り下ろす。
エネルギーガンを手放した所で間に合わず
銃口はコックピットに向けられる。
振り下ろされた腕は姫香のエネルギーガンを叩き落とす格好になった。
下がった銃口から放たれたビームの軌跡はアートラエスの足に命中する。
「悪あがきかっ!」
しかし回避出来た所でアートラエスには武器が無い。
肩に担いだエネルギーキャノンでこの距離では狙えない。
足を撃たれたアートラエスは衝撃で後ろに流れ、
適切な距離で改めて狙い撃ちして終わり。
そう思っていた姫香の思惑はまた外れることになる。
目の前の風景は、流れて下がるアートラエスではなく、
足を撃った衝撃で縦回転している上下逆さになったアートラエスの背中。
「食らえっ!!」
和弘が選択したのは浴びせ蹴り。
ラエカゴの肩口にかかとが突き刺さる。
だが、和弘の行動も所詮悪あがきの動きでしかない。
嫌な音を立てて強いフラッシュが発生する。
コーティングバリアの干渉による衝撃で今度こそ両者は吹き飛んだ。
先に足を撃たれた和弘のアートラエスの
バリアエネルギーの残量はゼロになり、カプセルバリアを展開する。
浴びせ蹴りとは逆の回転しながら、
アートラエスは海に突っ込んでいた。
◇◆◇
(……怖かった)
和弘は自分が生きてることを確認する。
あの時は無我夢中だったが、
落ち着いた今になってようやく怖さがぶり返してくる。
死ぬことが無いと分かっていても、怖いものは怖い。
向けられる銃口。吹き飛んだ瞬間、
バリアエネルギーがゼロになることで
消える一部のモニターとスイッチランプ。利かない操縦桿。
衝撃は無いものの、回転する景色。
全てが恐怖の対象だった。
(なんで他の連中は平気な顔をしてたんだ……)
育った環境の違いとしか思えなかったが、
これもそのうち慣れるだろうかと不安になる。
「撃墜されなきゃいいと思っていたけど、
全然余裕じゃなかったってことか……」
この世界の春日和弘はトップクラスのパイロットと言っていた。
ならば、あのクラスを相手にして
互角に戦えないといけないということだ。
「それにしても完敗だったなあ……」
自分が打てる手を打って、これだった。
デザインが違うので、それなりに強い奴だろうとは思っていた。
その想像を超えて強かった。強すぎだ。
(もう二度と会いたくないな)
そう思ったとしても、何も対策しないわけにいくまい。
この事を麻由にどう話そうと思いながら、
和弘は回収される時を待った。
◇◆◇
姫香は機体の中で笑っていた。
愉快だった。とても愉快だった。
「本当に久しぶり……やられちゃうなんて」
彼女の機体はカプセルバリアを展開して海に浮かんでいた。
あの後。
和弘の放った浴びせ蹴りは真上から肩口に命中した。
その衝撃で機体は真下に弾かれて海に足が触れた。
彼女にとって運が悪かったのはあの時、海面の近くにいた。
ただそれだけだった。
今まで撃墜されたことなんてなかった。
どんな相手だろうと倒してきた。
専用機が相手でも負けるつもりは無かった。
それだけの技量を持っていると自負していたし、
それだけの結果は出してきたつもりだ。
(評価下がるか。
まあ、訓練艦に呼ばれなくなるのは嬉しいけどね。
しかし今。
通常機によって、自分は海に浮かぶ羽目になっている。
しかも相手はまだ戦場に出てきたばかりの新兵のはずだ。
(それにしても……)
姫香は思う。なんだか妙な相手だったと。
変わった手段を使ってきた。彼女が初めて見る戦い方。
そして最後の格闘攻撃。全て姫香の知らないものだ。
(ま、殴ったり蹴ったりすると
痛み分けで吹き飛ばされるってわけだ……)
あの機体のパイロットに興味が湧いた。
今まで色々な相手と戦ってきたが、そのどれもと違う相手。
「……会いたいな」
もう一度、会いたい。
会って、戦いたい。
今までそれらしい目標が無かった彼女にとって、
世界が輝いた瞬間であった。
「そういえば専用機が作れるって話よね。
でも落とされたからなあ、今でも有効だったらいいな。
ああ、そうだ。相手がどんな奴か調べておかないと……」
ああでもないこうでもないと、
これからやる事に思いを馳せる。
次に出会った時はどうなるだろう。
それを想像するだけで彼女は楽しみでならなかった。