07:新米たちのゲーム
戦闘艦『けいちつ』は領海の境目を
ふらふらするように移動していた。
目的は敵との交戦、そして新兵たちのレベルアップである。
あれから数日を経て、
何度かネイチャーとの交戦を繰り返した。
大規模作戦を控えてるので、
わざわざ両軍の境界をうろついて小競り合いをするのは、
敵も味方も新兵が殆どであったので、
適度に勝利も敗北も繰り返してきた。
訓練の時に和弘はゲームみたいだと評したが、
それは実戦に出ても変わることはなかった。
むしろ、ますますその認識が深まった、の方が正しいか。
最初に艦を直接攻撃してはいけないというルールが存在する。
これは全世界共通でやってはいけないことになっていた。
地上が無いこの地球ならば、その意味は分からないでもない。
戦闘の流れは、まず艦から機体が射出。
空中で機体制御をして飛び立つ。
自分の艦と敵艦が挟んで中央、丁度三機同士で並び立つ。
(もちろん艦の数によって機体の数は変わる)
その後、相手を選ぶようにそのうちの一機の前に立ち、
どちらともなく動き出した時が戦闘開始の合図である。
始まるのは一対一。そこにチームプレイもへったくれも無い。
倒したらまだ戦っている味方に加勢する……ということはない。
何故か。
それはこの戦争によるシステムが操縦士の戦果は撃墜した者に加算されるからだ。
加勢して敵を倒しても横取りするなと味方から文句を言われることになる。
チームプレイで弱った相手に好きにトドメを刺すといった行為もない。
この戦争で機体が壊れることは無い。
コーティングバリアで覆われた機体は、
いくら追い詰めようと機体は十全の性能を発揮し、
そして直撃すれば逆にやられてしまう可能性は大いにある。
敵だって一機じゃない。
そんな中で好きにトドメを刺すことは難しい。
従って味方がやられた場合に限り、その敵と交戦することになる。
ただ殆どの場合、一度交戦した後はテツビトの稼働時間に
限界が来るので、自分の艦に戻ることになる。
その後、やられて海に浮かんでいる味方機を回収して敵艦と別れる。
これが一連の戦闘の流れであった。
他人に迷惑を掛けないが、常に自己責任。
それが、この戦争におけるテツビト同士による戦闘のルールだった。
この撃墜することでの戦果の合計で
シーブルーとネイチャーの領海が増えたり減ったりしているらしい。
(本当に戦争してるのか?)
和弘が最初に思ったことがそれだったが、
和弘以外の全員が至って真面目に言うので、
今のところ言うとおりにしている。
命の危険が無いだけで気分が重くなることもないのが救いだ。
その代わり、この戦争が終わるビジョンはまるで見えなかったが。
ともかく、今出来ることは目の前の敵を倒すことである。
敵にも様々な相手が存在するし、勿論その中には強敵も存在する。
圧倒的というわけでは無く、
基本的な行動を取れる相手は、
それだけである程度の脅威だ。
しっかりと射程を把握して、
適切な回避行動をし、隙を逃さない。
基本的に攻撃は当たらないので、活動限界まで撃ち合って、
両者痛み分けで艦に戻ることになる。
今日の敵は……弱い方だった。
目の前でクルクルと回避行動を取り続けるのは
ネイチャー側が使う緑のテツビト≪ラエカゴ≫。
こちらが何か行動しようとするとクルクル回る。
(とにかく回避行動を取っていれば
当たらないという気持ちは俺にも分かる)
ゲームでは良くあることだ。
しかし、ここは残念ながらゲームではない。
そんな行動を取られても、現実はもう少しファジーに狙えるのだ。
一度フェイントを入れて回避行動を取らせる。
オートロックは常に敵を標準に抑え、回避行動の終わる所を狙う。
ビームが直撃し、相手はカプセルバリアを展開して海に堕ちていった。
レーダーをチェックして周囲を見渡す。
残った敵が襲ってくるとも限らない。
(裕樹がやられてるな。栗生は……まだ戦ってるか)
残った敵に向かおうとした時、
麻由からの通信が和弘の手を止めた。
『お見事です和弘さん!
それじゃ、もう時間なので帰還して下さい』
「そんなに時間が掛かっていたのか」
『そんなにって……言うほど時間掛かってませんよ?
稼働時間だっていつも通りだし……』
忘れた頃に繰り返される会話。
こういうことはいくら言っても無駄なことは身に染みて分かっている。
異常なのは和弘の方ということは自覚しなくてがいけない。
「いや、いいんだ。
やられた裕樹を回収して帰還する」
『はい、お願いします』
見ると残った敵が和弘が撃墜した機体を回収している。
「俺もやるか」
海に触れると運が悪い場合は機体が
機能停止してしまう為、テツビトの回収は慎重に行う。
とは言っても、何度となくやっているので慣れたものだ。
カプセルバリアを展開して浮かんでいる裕樹機の真上に位置取り、
回収用のワイヤーフックを射出、カプセルバリアを通過して
裕樹の機体を固定する。
(しかし中途半端だよな、これ)
カプセルバリアは流れ弾を防止する機能はあるが、それだけだ。
死なないことはありがたいが、もう少しマシにならないものかと思う。
こんな戦闘体系だし、回収する時にだけバリアを切れば問題無いだろうに。
それとも何か理由でもあるのだろうか?
『いや、やられちまった。悪いな』
「気にするなって」
裕樹から指向性の通信が入る。
こそこそ話をするには持って来いと思われがちだが、
整備士と通信が入っていれば聞こえるし、
通信を切ると何してるか分かるしで、内緒話には意外と適さない。
『お前、意外と撃墜されないよな。コツでもあんのか?』
「避けるのを優先してるだけだよ」
『それじゃ戦果上げられないだろ?』
「撃墜されるよりは良いと思ってるんだよ。
価値観の違いだろ」
こうして会話してると自分の考えが変わっているのかと思える時がある。
例えば和弘とってはやられないことが当たり前であっても、
裕樹にとっては戦果を取ることを重要視する。
『確かに今回みたいにやられただけだったらなあ。
せめて相討ちだったら良かったのに』
「その辺はトモさんと話してくれ」
『うぇー……また怒鳴られるぜ』
通信のスイッチは入ったまま。
おそらく、この後の展開は分かっているのだろう。
裕樹は隠そうともしない軽口を叩きながら、艦へと引っ張られて行く。
「けいちつ」のアームが裕樹機の回収に向かってくることを確認し、
ワイヤーを切り離して、和弘は通常通りに帰還した。
機体を寝かせてハッチを開ける。
外に出ると、麻由が出迎えてくれた。
「お疲れ様です。和弘さん」
「お疲れ様。ワイヤーフックを使ったから」
「了解です。次の補給のリストに入れておきますね」
整備士は操縦士のオペレーターの他に、
帰還後の機体のチェックを行う。
必要ならば戦闘考察を操縦士と話し合うこともある。
いくら機械任せの分があるとは言え、
やはり実際にこうして見ると、
負担が大きいような気もしてくる。
(麻由は、この他に飯も作ってくれるわけだけど……)
この前の雑誌を見た時のことを思い出す。
移る写真は全て操縦士のもので
整備士に関しては特に言われていない。
(操縦士に比べると整備士の方が階級が低いって言ってたっけ)
アイドルとマネージャーの関係を連想したが、
詳しいことは分からないので実際どうかは分からない。
アイドルはアイドルで分単位のスケジュールだろう。
こうして楽してる和弘とはやはり違うのかもしれない。
何回か出撃を繰り返したお陰で、多少は余裕も出てきている。
ここで暮らす分には操縦技術も問題無いし、
何よりこの戦争では死ぬことなんてない、と……
(……あれ? 何か変だな?)
違和感。
昔は感じていたのに、
今ではすっかり鳴りを潜めていた違和感が、
ここでまた首をもたげてきた。
パネルを操作している麻由の背中に質問を投げる。
「戦闘中に大怪我を追うような事故ってあるのか?」
「ありますけど……どうしてですか?」
「気になっただけだよ」
作業しているせいか麻由の顔はパネルとモニターから離れない。
操作しながら和弘に返事を返す。
「えっとですね……良く知られるものなら、
ワイヤーフックを戦闘中に使って空中で絡まって爆発したとか」
「ほ、本当か!?」
「今だと戦闘中はロックが掛かってるから使えないはずですよ」
こっそり使おうかと画策していたが、
使う前にやらかさなくて良かったと和弘は内心で思う。
「そ、そうか……まあ、事故あったなら、そうなるか」
「まあ物理攻撃は禁止されてますからね。
あんまり褒められたものでもないです」
この際だからと和弘が有効だと思っている武装について
聞いてみることにする。
「そうなの? じゃあもしかして実弾兵器とかは?」
「破片とかで海が汚れるじゃないですか。
それ、重大な禁止行為ですよ」
和弘の世界でもある程度問題になっているが、
ここまで神経質ではなかったように思う。
実際に大地が沈んでしまっている以上、
より強い危機感を持つようになったのだろうか。
しかし戦争を止めない辺り、賢いんだか馬鹿なんだか判断に迷う。
(とにかく実弾兵器が無い理由がはっきりしたな。
提案しなくて良かった……)
和弘は誘導性の実弾兵器は有用じゃないかと思っていたのだが、
そもそも禁止されている理由がちゃんとあるわけで、
テツビトの武器は今の戦争に適した形に違いなかった。
「他には墜落場所が同じだった場合とかですね」
「ああ、なるほど。
カプセルバリアはビームしか防げないしな」
今日の裕樹機を回収した時のことを思い出す。
ワイヤーフックは容易に機体に組み付いていた。
そうじゃなければ、そもそも回収自体が不可能になる。
だからこそ墜落場所が同じ場合は接触事故が起こるというわけだ。
やっぱりカプセルバリアは少しおかしいと和弘は思う。
この際だから色々聞いてみるかと思ったが、
麻由が先手を取ってそれを止めた。
「あんまり不安になるようなことは言わないで下さいね。
操縦士のいない整備士の扱いなんて酷いんですから」
「そうなのか?」
「戦闘艦から配属変わりますけど、それって単純に左遷ですし、
そこだって居場所なんて無いですよ。
人員なんて間に合っているんですから」
ようするに和弘が事故になった時のことを
聞いているのだと思われていたわけだ。
麻由が嫌だと思うのも当然だろう。
「……ごめん、嫌なことを聞いた」
「いいんです」
そう言って振り向いた麻由の顔は笑顔だった。
しばしの沈黙が和弘と麻由の間を流れる。
何か話そうと言葉を探してる和弘を他所に麻由が話し始めた。
「前に話しましたよね? 相性を決めて決定されるって」
確か訓練艦にいた時の話だ。
和弘達は事情が違う、とも言っていた。
それにしてもまた妙な単語が出てきたものだ。
「知ってますか? 操縦士ってなれる人が少ないんですよ」
「自分でもなれたのに、そんな馬鹿な」と
言いたくなりそうな口をすんでのところで止める。
麻由の言葉にはそれだけの真実味を感じられたからだ。
「整備士候補はたくさんいます。
整備士になれるって本当はラッキーなんですよ。
それだけ操縦士の立場って高いところにあるんです」
雑誌に写っていた専門機を貰えるほどの操縦士を思い出す。
今の立場でも高いものだと言うのなら、彼らは実力もさることながら、
どのくらいの立場にあるんだろうと和弘は思っていた。
「文字通り一蓮托生であることを望まれるんです。
だから和弘さんももっと遠慮しないで下さい」
そう言って振り向いた麻由の顔は笑顔だった。
それは整備士がここまで操縦士に心を砕く理由。
当然それだけでは無いし見返りも当然あるのだろう。
ただ整備士に悪いと思うなら、操縦士のあり方も考え直す必要がある。
(それに応えなきゃいけないのが、操縦士か……)
そうは言っても、今まで和弘が戦ってきた中では、
それほど脅威という存在はいなかった。
和弘が自分でもそれでいいのか疑問に思う部分はあったが、
今の話を聞いてそれでいいと思った。
今は和弘達しか知らない技術もある。
大いに活用して戦果をあげておこう、と。
しかし和弘は気づいていない。
もし和弘と同じ世界の人がこの場にいれば、
こう言っただろうからだ。
それはフラグだ、と。
事実、彼らのターニングポイントはすぐそこに迫っていた。