06:独りよがりの不安
「私は、この戦闘艦『けいちつ』の艦長を務める高森輝一だ。
諸君らも知っての通り、近々大規模作戦を行うことが知られているが、
我々も偉大な先輩達に負けないよう……」
そんな話をしている映像を和弘は食堂で眺めていた。
目の前にあるラーメンは先程、食堂で注文したもので、
食べながら聞いているその内容は右から左に素通りしている状態だ。
(校長先生の話とか誰が聞いているんだろうなあ……)
残りのスープも飲みながら和弘は思う。
夏とか熱射病で倒れる子供もいるし、
どうせ話も聞かないのだから、
あれは意味が無いのではと子供心に思ってはいたが、
いざ、こうして違う答えを目の前に出されると
何か違う気がすると思うのは、
あれは実は意味のあることだったのか、
それともただの郷愁か。
「おいおい、真面目だなあお前!
あんなのちゃんと聞く必要なんて無いって!」
考え込む和弘の様子を真面目に見てるように見えたのか、
眼鏡を掛けたひょろっとした青年がからかうように言う。
「そういうわけじゃ……いや、そういうわけなのか?」
「俺に聞くなよ。
ほら、隣見ろよ、栗生なんて雑誌読んでるだろ?」
眼鏡の青年が言った栗生と言う青年は
不満げに口を返す。
「あんな話より、情報収集の方が大事だろ」
「その雑誌だっていつだって読めるだろうが。
早く食べないとラーメン伸びるぞ」
栗生は雑誌から目を離すと
その雑誌を和弘に向けた。
「それもそうだな。
そうだ和弘、お前読むか?」
「いいのか?」
和弘は軽くお礼を言って
栗生から雑誌を受け取る。
「もう食べ終わってるみたいだからな。
あんまり汚すなよ」
この眼鏡の掛けてる方は、田崎裕樹、
雑誌を読んでいた方は、栗生義秀と言って、
どちらも和弘と同じくして配属された操縦士だ。
聞けば名前呼びのつもりが、栗生だけは苗字で呼んで欲しいとか、
そんなどうでもいいことから、みんな似たような境遇であったことや、
判定プログラムの難易度など、共通する話題には事欠かない。
同性の同年代、ついでに同期ということに加え、
今まで麻由以外にまともに会話した人物がいないないこともあってか、
和弘達の話は大いに盛り上がった。
「おい栗生。
和弘に渡した雑誌って、月間のいつものか?」
「今日配信日だったからな。
ちょうど専用機持ってる操縦士の特集やってるぞ」
会話好きということもあるのか、裕樹は感心するほど口が回る。
わいわい騒げるのも彼のお陰と言っても良かった。
今回の話題は今さっき栗生が見ていた雑誌の話だ。
「専用機?」
「凄い戦果上げたヤツは自分専用のテツビトを貰えるってことだ」
話題についていけるように和弘は雑誌に目を通す。
内容の割にはアイドルのグラビア雑誌みたいな印象を受ける。
どうも想像とは違うのに面食らってしまう。
「専用機持ってるヤツの特集ってマジか!?
おい和弘、俺にも見せてくれよ」
裕樹に急かされながら、
ペラペラと律儀にページをめくっていくと
なんだか凄そうなオーラのある人物の姿が並んでいく。
ふと、あるページで和弘の目が止まる。
「あれ、これネイチャーのヤツじゃないか?」
「九条姫香じゃないか。
ここ最近で目立ってきた新進気鋭の操縦士って聞いたことあるぞ」
説明の所には『専用機を貰える戦果にも関わらず
専用機を使っていない変わり者』と書かれてある。
なんとなくその言葉に親近感を持ってしまう和弘であった。
「変わり者……か」
「それにしても美人だな。
一度会ってみたいもんだぜ」
「出会ったとしても機体越しだろ」
そんな気楽な会話を栗生が一蹴する。
「馬鹿野郎。九条姫香って言えば、
今一番出会いたくない操縦士の一人だろうが。
確かここ数年で一度も撃墜されてないって話だぞ」
栗生からすれば実力で彼女を見ているのだろう。
しかし裕樹は容姿から彼女を見ているため、
話が噛み合ってるようで噛み合わない。
「でも機体性能が同じだったら、
俺でも勝てると思わないかね栗生くん?」
「その性能で彼女と同じだけの戦果を上げてから言え」
ただ噛み合わないなりに会話を楽しんでいたのだろう。
彼らは適当なところで話を切り上げた。
「まっ、流石に大規模作戦を控えてる今は会わないだろうがよ。
でもお知り合いになりたいと思わないですかね栗生君」
「思わん」
そのタイミングで和弘が疑問を挟む。
二人は盛り上がっているが、
和弘が疑問に思ったのはそこではない。
「いや、そうじゃなくて……敵の操縦士だろ?」
「何、当たり前の言ってるんだ。
この雑誌、向こうにだって配信されてるぜ」
さも当然と言った風の会話に
和弘は内心「しまった」と思う。
もうこれで何度目だろうか。
「そ、そうだったか……?」
「訓練ばかりしてるから、
そんなボケたこと言ってるんだよ」
和弘はハハハと笑って誤魔化す。
いちいち考えても無駄だと分かってからは、
そういうものだと思うことにしている。
お陰で天然扱いされることもあるが、
変に付き合い悪くなるよりマシだろうという思いがある。
訓練艦のいざこざもあったせいか、
なんとかやっていけそうで和弘は安堵した。
◇◆◇
操縦士の男三人の話が盛り上がってる机の二つくらい先。
女三人が話に興じていた。彼らの整備士である。
女三人揃って姦しいとも書くが、しかし和弘達の盛り上がり方に比べると、
少しばかり抑え目で多少上品と言えなくもない。
こちらもこちらで、同じ苦楽を共にしてたこともあり、
話も弾んでいたのだが、しかし麻由の方はというと、
和弘に比べてかなり肩身が狭い思いをしていた。
と、言うのも……
「だからさ、大規模作戦に出れるわけないって言うの。
出てもやられるだけなのに、何がロマンなんだか」
麻由はちらりと右隣を見やる。
田崎祐樹の整備士である彼女の名前は川部智。
すらりとした体格にショートボブ。
ややキツそうな目つきをした顔。
そしてスラリとした手足と大人らしい女性の体つき。
「またトモはそんなこと言ってる。そこが可愛いんじゃないの?
男ってプライドも大切なんでしょう。ねぇ?」
今度は左隣を見やる。
智をトモと呼ぶのは栗生の整備士である榊美紀。
麻由よりも長い髪、やや垂れ目に乗った細い眉は憂いを帯びた表情を見せ、
それが同性の麻由ですら大人の色っぽさを感じざるを得ない。
こちらはトモと大差無さそうに見えるその体はしかし、
あふれ出る(ように見える)大人のフェロモンによって、
彼女より成熟したイメージを彷彿させる。
トモがキャリアウーマンなら、
美紀は包容力のある憧れのお姉さんと言ったところだろう。
(ほ、本当に同年代……?)
さり気なく目線を下に移すと見えるのは、
二人に比べるべくもない胸および貧相な自分の体躯である。
「麻由、あなたの所もそうよね?」
「え、あ、はぁ、えっと……」
「もう、あなた話聞いてたの?」
「ご、ごめんなさいトモさん……」
「トモ、あなた言い方がキツいんだから。
イジメて怖がらせちゃ駄目よ」
麻由が思考に沈むのをトモが引き上げて、
美紀がフォローをする。
さっきからこの繰り返しだった。
「い、イジメてるわけないでしょ。何言ってるのよ!」
「だってほら、麻由が怖がってるじゃない……」
「だ、大丈夫ですから!」
別に彼女たちが悪いわけでは無い。
意味も無く気圧されている麻由が悪いのだ。
さっきから美紀が麻由を構ってくるのも、
自分のせいであり、また居辛い原因でもあった。
最初はそっちの気でもあるのかと疑ったが、
よくよく考えると、なんというか子供をあやすそれだった為、
なんとも気恥ずかしい。
「美紀こそ、ちょっとベタベタし過ぎじゃないの?」
「いいじゃない、可愛いんだし」
「麻由が嫌がってるでしょ」
「あらそう?
じゃあ、今日はこれまでにしようかな」
パッと手が離れる。
さっきから嫌がる一歩手前で止めてしまうので、
注意するわけにもいかず、かと言って悪印象は持てず、
ただただ、やりにくいといった感じである。
(うう……和弘さんの所はあんなに楽しそうに……)
ふと和弘と目が合った。
駄目元でも何とか目で救い求めてみる。
(なんとか話を切り上げられませんか!)
(……)
和弘はそれに気づいたのか、少し考える仕草をした後、
その手は「ゴメン」という謝るわけではなく、
見事な軌跡を描いて十字を切った。
麻由が初めて和弘に対して「このやろう」と思った瞬間である。
◇◆◇
男三人の方は食事も終わり、談笑も一区切りついた所だった。
和弘はこの世界に来て初めて読む雑誌をまだ読んでいる。
「しかし熱心に読むなあ、お前」
「初めて読んだ……じゃなくて、ずっと訓練しどうしだったからさ」
雑誌を返そうとする和弘を
栗生は押しとどめた。
特に興味も無さそうに言った。
「じゃあ、やるよそれ」
「いいのか?」
思ってもみない言葉に和弘が声を上げる。
雑誌というのは、そういうものかもしれないが、
無駄に物持ちがいい和弘にとっては、
ちょっと申し訳ない話でもある。
「読みたくなったら、また貰えばいいしな」
「じゃあ先に部屋に置いてくるよ」
「何馬鹿なこと言ってるんだ。しまえよ」
栗生が言ったと同時、持っていた雑誌が
光の粒子になって和弘に吸い込まれていく。
和弘は一瞬唖然とするが、すぐに現状を理解し、そして混乱した。
「な、なんだ!?」
「落ち着けって。
俺達も最初はそんなんだったぜ。なぁ?」
「そうだな。和弘は娯楽が少ない
ハズレ訓練艦を引いたってわけだ」
裕樹と栗生が笑う。
それは馬鹿にしたような笑いでは無く、
俺も最初はそうだった、という思い出したような笑い。
「これ、どうなってるんだ?
雑誌はどうやって……」
「だから落ち着けって。
所持者が栗生から和弘に変わっただけだって。
出したいと思えば出てくるぞ」
「詳しいことは整備士が知ってるだろう」
「まっ、雑誌を読むのは後でいいだろ?」
既に二人の興味は雑誌から離れていたので、
和弘も取りあえず興味を雑誌から移す。
常識的なことのようなので、麻由に聞けば分かるはずだ。
「取りあえず格納庫行こうぜ!
俺達の乗る機体を見によ!」
「好きだなあ、お前」
「いいだろ! ほら、行くぞ!」
男三人が席を立つのを目ざとく見つけ、
麻由がこれ幸いと理由にする。
「あ、ほら皆さん、移動するみたいですよ」
「どうせ格納庫でしょ。
ホント、ガキなんだから」
トモがやれやれといった仕草をする。
美紀はからかうようにトモに告げる。
「あら、私達だって実際の機体は
見ておいた方がいいと思うけど?」
どうせ私達が管理するのだから、というニュアンスだ。
麻由もそれに同調する。
ただ、麻由の方は、この場を離れたいだけだったが。
「そうですよ。どんな違いがあるか分からないですし」
「麻由もちゃんと機体を見ておくのよ。操縦士じゃなくてね」
「あなた達は仲いいもんね~」
「そ、それは関係無いです!」
どうも今日はいじられる日のようだ。
◇◆◇
「見ろよ、これがシーブルーのテツビト『アートラエス』だ」
裕樹が差したその場所に、青のカラーリングが施された鉄の巨人が
三機、仰向けに倒れた形で並べて置かれていた。
「想像していたより小さいんだな」
「想像って、お前シミュレーターで大きさなんて想像できるだろ」
「そ、そうだけどさ……」
和弘が見てきたアニメのロボットは
昇降機がなければコックピットに
乗れないくらい大きいものだった。
これだと立てひざをついただけで、
コックピットによじ登れそうな大きさだ。
それに違う部分もまだある。
「俺はてっきり立ったまま置かれてると思ってた」
「このままカタパルトに乗っけられて射出されるんだろ。
射出後の姿勢制御の訓練はしてただろ?」
(アレってそういう訓練だったのか……)
こうして他の人と話をすると会話にボロが出るのが自分でもわかる。
(どうもアニメとかの想像を引っ張り過ぎてるな。
気づかないうちに俺ルールみたいなことを
しないように注意しなくちゃな)
そうでなくとも、和弘は特殊な状況にあるのだ。
これだけは忘れないようにしなくてはならない。
バレても問題は無いかもしれないが面倒は避けるに限る。
「よし、俺真ん中のヤツな!」
そう言って、真っ先に裕樹が走る。
呆れた様子の栗生に、疑問顔の和弘である。
「場所って意味あるの?」
「裕樹が勝手に言ってるだけだろ」
その言葉をどうやって聞いたのか。
遠くから裕樹の声が聞こえてくる。
「何言ってんだ。
真ん中はリーダーって相場が決まってるだろ!」
「関係無いだろ。どうせ置かれた順番だろうが」
「気分だよ、気分!」
真ん中はリーター。
この世界でもやっぱりそういう感覚は
一緒だという所に、なんだか安心する。
「何言ってるのよ男子!
それはもう誰が使うか決まってるのよ!」
格納庫の機体を誰が使うかと
騒いでいたら女性の声で一括される。
「そうなのかトモ?
ま、俺が使うのって、この真ん中のヤツだろ?」
「右の奴よ。認証システムで本人しか乗れないんだから、
ちゃんと覚えておかないと恥かくわよ」
「真ん中じゃないのかぁ~」
トモは裕樹を連れて右側の機体に歩いていった。
心なしか裕樹の肩が下がっていた。
「俺達は?」
「左よ」
栗生と美紀は一言交わしただけで左側の機体へ歩いていく。
取り残されたのは一組の操縦士と整備士、そしてテツビト。
「真ん中の機体ですね。
和弘さん。リーダーですよきっと」
「関係無いって聞いたけど?」
「それよりも和弘さん、
今のうちに機体の乗り方に慣れておいた方がいいですよ」
その言葉に思わず驚く。
「乗っていいのか?」
「あなたの機体じゃないですか。
出撃は出来ませんけど」
麻由に言われるまま機体に乗り込んでみる。
下手な所を触って動かしても大変なので、
恐る恐るろいった感じでシートに座る。
機体は仰向けなので、コックピットに座ると
顔が上を向いた状態になる為、若干の息苦しさを感じる。。
ハッチを閉じることで一瞬の暗闇の世界に埋没した後、
コックピット内のライトが点灯し、
シミュレーターで使った時のような明るさになった。
『聞こえますか? 和弘さん』
「通信は使えるのか?」
『動かさなければ問題無いんです。
調整とかありますから』
「大変だな」
『いいんです。その分、期待してますから』
向けられる麻由からの期待と屈託のない笑顔。
(参ったなぁ……)
どれだけ整備士が優秀でも、結果を出すのは操縦士の方なのだ。
気にするだけ損だとは分かってはいるものの、
そんな不安を笑い飛ばせるほど和弘は大物では無い。
精々が表情を出さないようにやせ我慢するくらいだ。
「まあ……なんとかなるさ」
ただ、ちゃんと笑えてるかどうかは分からない。